第17話 焦燥
廊下に出ると小杉先輩と森内の姿があった。二人は俺が出てくるのを待っていたようだ。彼らにしても田尻というマイナーな学問に興味を持つ同志として積極的にメンバーと関わろうとしているのだろう。
俺たち三人は自然と1Fの自販機の前に進み、各々が思い思いの飲み物を買い、廊下の長椅子に座った。 俺はいつも通り微糖のコーヒーを買った。
まずオカルト女子の和風美人、森内が俺に話しかけてきた。
「向坂さんはどうしたの?」
「ちょっと田尻に呼ばれて、直ぐ来ると思う」
「そう」
そして、森内は目を輝かせて俺の顔を覗き込んだ。
「ん?何?」
「でさ、櫻井君と向坂さんは付き合ってるの?」
俺は飲みかけた缶コーヒーを「ブハッ」と吐き出してしまった。
「な、そんな訳ないでしょ?」
「そう?とても近しい関係に見えたから、ねえ?小杉さん?」
と隣にいた小杉に森内は同意を求めた。
「けしからんな、君は。あんな綺麗な人と付き合うなんて」
だから人の話聞けよ?付き合ってないっていってんじゃん?
人の話にあまり興味を示さないオタク安定のリアクション。
「いやいや、付き合ってないです。つい先日会ったばかりだし」
「そう……ならよほど相性がいいのね。なんか二人のアイコンタクトとか……旧知の仲みたい……ねえ?」
森内はそう話すと、また小杉先輩に話を振った。
つか、なんで俺と向坂のアイコンタクトしっかり観察してんだよこのオカルト娘は?
「あれだ……櫻井と向坂さんはソウルメイトってやつだな」
いきなり小杉先輩が意味不明なことをのたまわった。
何いってんだこの人?
……ソウルメイトって、あんたもそんなスピリチャルなネタ好きなのかよ?
そんな話したら森内さん食いつくから……
「だよね?だよね?……私もそう思った……魂の伴侶、ソウルメイトか……いいなあ」
ホラホラ……何その目の輝きは?……ホントなんなのこの人たち。
森内はオカルト脳といよりは恋愛脳の方が強そうだな……注意が必要だ。
「でも、それなら俺らこうして会ったのだって前世のご縁だろ?」
って、なんで俺まで話し合わせて前世とか言ってんだよ?……だって俺もその手の話し嫌いじゃないからね!!
「そうか、ならば僕も向坂さんと前世の縁があったと……いや、櫻井、安心していいよ。だからと言って君の恋路はじゃましないから」
はあ?なんで”自分が邪魔すれば三角関係になっちゃうよ”的なポジション?それは絶対ねーから!……はームカつく!!
そんな話で盛り上がって?いると……
「ずいぶん楽しそうね?」
そう言いながら向坂が階段から下りてきた。
「あ、向坂です。あらためてよろしくお願いします」
向坂は、向坂らしく魅力的な笑顔を添えて律儀に頭を下げた。
田尻に呼び止められ、不安な顔をしていた向坂だが、今見る表情は少しばかり明るい。
「向坂、大丈夫か?」
「うん、平気。後で話す」
「そうか」
そんな俺たちの、淀みないやり取りをウットリ見つめていた森内がボソリと言った。
「いいわあ……」
だからその恋愛脳ヤメレ。
小杉先輩と森内と別れた後、俺と向坂はキャンパスを出て駅に向かっていた。
俺は田尻の得体のしれない能力を目の当たりにしてかなり動揺していたが、小杉先輩と森内との暢気な会話に付き合わされてすっかり平常モードに戻っていた。
俺は思いのほか、向坂の表情が明るかったので、少し安心して向坂に尋ねてみた。
「どうだった?田尻の話」
「うん。田尻先生、私の抱える問題、ほぼ理解しててびっくりした」
「まあ、だろうな」
「義人は、私が呼ばれた時、それに気付いてんだよね?」
「ああ、自己紹介の前に俺の考えを一瞬で読んで見せたからな。田尻ならそれくらいたやすいと思ったよ」
「そうなんだ。もう私は”なんで?”なんで”って驚いてばっかりだったよ」
「まあ普通はそうなるよな……あんなのもう超能力レベルだよ」
「田尻先生もそうだけど……義人だって結構そういうところあるよね?」
「え?俺はそうでもないだろう?」
「田尻先生が私に声かけた理由には少なくとも気付いてたじゃない?」」
まあ、あのシチュエーションでは田尻の能力を直接突き付けられたのは俺だけだ。だから俺以外、田尻の超人的な洞察力に気付けなかった。俺だってその能力が俺に向けられたものでなければ当然気付かなかったはずだ。
それくらい田尻の能力はあまりにスキがなく鋭利すぎた。それは音もなく相手を破壊するステルス戦闘機のような恐さがある。
「で、田尻はなんて?」
「うん、まあ……ね」
向坂は急に言い澱んでしまった。
そうか、まだ言いたくないか。
まだそこは踏み込んではいけなかった。
ついうっかりと距離を詰め過ぎた。
ついつい向坂の表情が明るかったので、見誤ってしまった。
向坂の男を惹きつけすぎる「魔性」は、彼女が特別美しいとか、天賦の魅力とか……そんな曖昧な話で片付きはしない。そうなってしまっている原因が確かにあるのだ。
それはきっと彼女の深い部分にその遠因がある。そして……そこには誰もが簡単に踏み込んでいい場所ではない。あれだけの異常性だ。その遠因が非常にデリケートかつプライベートすぎる内容であるのは間違いない。
それは今さまに向坂が見せた苦悩の表情から十二分にうかがえる。
俺は上條社長の前で宣言した「向坂に告白する」というミッションは、未だに実現していない。
情けないが、上條社長に啖呵を切った割に彼女の、その深い部分にまで踏み込む勇気が持てないでいる。
俺がこんな中途半端な状態なのに、彼女が心を開く訳がない。
「無理して話さなくていいからな?」
「ご、ごめんね……」
向坂は悲痛な顔でそう小さく呟いた。
その表情は辛いというよりも……少し寂しげに見えた。
その寂しげな表情は……向坂自身が心を開けないというもどかしさからくるものなのか?はたまた俺がいつまでも中途半端な状態で接するからなのか……ついには知ることができない。
「俺こそ申し訳ない。無遠慮に訊ねすぎた」
「義人は悪くないよ……悪いのは勇気のない私」
そうではない。
向坂に全く非はないんだ。
また俺は向坂にこんなにも辛そうな顔をさせてしまったことを後悔する。
「そういえば田尻先生、義人のことは評価してたよ?」
暗くなったしまった空気を断ち切るように、向坂は表情を明るくしてそう話題を変えた。
「え?そうなのか?……さっきは自己紹介でダメダメなところしか見せてない気がしたけど……」
どう考えても田尻が俺を評価するべきポイントが思い浮かばない。
「義人を頼ったのは正解だって」
「えっ!?そんなことを田尻が?」
「うん。それはちょっと嬉しかったかな、はは」
そうか、だから向坂の表情は明るかったのか。つまり向坂が勇み足で俺を頼ったことが間違っていなかったことを安心したんだ。
田尻が何をどう判断して俺が必要と言ったのか、俺には全く理解できない。
ただあの田尻がそう言ったのなら、確かにそうなのだろうと思う。
「田尻がそう言った」
今の俺にとってこのことがもっとも確実な説得力を持つ。
田尻はおそらく間違えない。
しかし、だとしても俺はこれから何をしたらいいのか?
もう躊躇していてばかりはいられない。
そう……もう向坂のあんな顔を見たくない……
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