密室講義レポート

河原 采

プロローグ「密室講義の再分類」

「仮に今、この瞬間から一つの推理小説が始まったとしよう」


 彼女はどこか楽しそうにそう言った。弾んだ声は狭い空間に響く。

「今から何か事件が起きて、ワタシたちの中から犯人役と探偵役が現れるとしよう。初対面のワタシたちが冒頭でやるべきことは何だ? 読者は何を望む?」

 彼女と机を挟んで対面している三人は、すっかり黙り込んでしまった。相手の意図するところが全く分かりかねているようだ。

「そう、それは自己紹介だよ! ということで、みんな名前とクラス、それから好きな推理作家を挙げていってくれ」


 ここはとある高校の『ミステリ部』の部屋だ。季節はまだ肌寒い春先であり、新入生が部活を決める時期でもある。ここミステリ部にも活動を知りたいという生徒が足を運んできたわけだが、そんな一年生三人を圧倒するのは変人と名高い副部長であった。

 しかし、自己紹介しろと言われては、いくら何でも黙りこけている訳にもいかない。一人が渋々口を開く。


「一年四組、梅上善人です。好きな推理作家は江戸川乱歩です」


 梅上の言葉に背中を押されたように、二人も続いて自己紹介をする。


「一年二組の松下地真。兄貴に影響されてアガサ・クリスティが好きっす」


「一年五組、竹中美天と申します。私が好きなのは……ポーですかね」


「ほう、そうか。ワタシは副部長の二年三組山月弓夏、ミステリのすべてを愛する者だ。覚えておきたまえ」


 山月ははっきりとした口調でそう言い切るのだが、声は女性らしく高音でどこか拍子抜けする。一方の新入生諸君は彼女の傍若無人ぶりに内心戸惑っていることだろう。

「さて、自己紹介も済んだところで部活の説明といこうか。現在部員はワタシと部長の二人で、日々推理小説の研究をしている。ああ、余談だが部長は今日休みでな。……そして、見ての通りこの部屋には古今東西様々な推理小説とそのレポートが保管されているのだ。なかなか凄い量だろう?」

 十畳ほどある部室の壁際には、中心の大きな机を取り囲むように本棚が大小四つ置かれており、ハードカバーから単行本まで様々な本が並んでいた。

「君たちから見て左手の棚が欧米の、右手の棚が日本の推理小説だ。そして足元に置いてあるダンボールには今までのレポートが入っている。自由に取って見てくれて構わない。ああ、そこの縦長のロッカーは清掃用具入れだから期待しないでくれ」


「山月先輩、それよりもミステリ部らしくミステリの話をしましょうよ。折角の昼休みなんですから、もっと楽しく過ごしませんか?」

 そう進言したのは梅上だった。山月は「ああ……なるほど」と呟くと、少々間をあけてからそれに応じた。

「……では、有意義なミステリの話をしよう。君たちは『密室講義』というものを知っているかい? 密室殺人をトリックごとに分類するのだよ」

 沈黙。誰も知らないかに思えたが、梅上はどこか愉快な感情を孕んだ声でこう問うた。

「何故わざわざ密室を分類するんですか?」

 山月は微かに笑い、答える。

「“ワタシたちは推理小説の作中人物であり、そうではないフリをして読者を馬鹿にしてはいけないからだ”」

 これはアメリカの推理作家ジョン・ディクスン・カーの名作、『三つの棺』のセリフだ。登場人物であるフェル博士はこの言葉を皮切りに密室講義を始めるのである。



「それでは始めようか。カーはまず犯行時、犯人が密室にいた場合といなかった場合の二パターンに分けている」

 そして、彼女の話は続く。それはまるで自分のことを自慢するような、嬉々とした調子だった。

 彼女曰く、犯人がいなかった場合はさらに七パターンに分類される。一つは、【偶然密室を形成してしまった場合】だ。

「これは、事故や自殺に何か偶発的な要因が絡んで発生する。意外性はあるが読者としては腑に落ちないことが多いな」

 これと類似しているのが、二つ目の【自殺を殺人に見せかけていた場合】である、と彼女は付け足した。

 そして三つ目は、【標的を自殺や事故に誘導する場合】。

「大抵は“未必の故意”であることが多い。少々ネタバレになるが、既読の者はアガサの『そして誰もいなくなった』を思い出すと分かりやすいかもしれない。あれで彼女が鍵をかけていれば、これに分類されたわけだ」

 それを聞いた松下は「ああ、あれか」と声を漏らした。

 四つ目、【室内に設置された仕掛けによる場合】。

「これが一番素直かもしれん。俗に言う“物理トリック”だとか“機械トリック”の類だな」

 五つ目は【生者を死者と誤認させ、密室が破られた後に殺害する場合】。そして六つ目は、その逆に【死者を生者と誤認させ、犯行時間を錯覚させる場合】だ。

「日本の推理作家である天城一はこれを『時間差密室プラス』、『時間差密室マイナス』と呼称した」

 そして最後は、【室外での犯行を室内での犯行と錯覚させる場合】。

「つまりは“遠隔殺人”のことだな。ここでは、室外で負傷した被害者自らが密室を形成した後に絶命する、所謂“内出血密室”も含まれることにする」

 次は、犯行時に犯人が密室にいたパターンだ。本来は六パターンに分かれる。

「ここからは、カーのオリジナルから逸脱した分類を披露したい。なあに、少し整理しただけだよ」

 カーは六の分類の内、【外に出てから鍵をかける場合】を更に詳しく三項目に分けている。しかし、彼女はそれらをまとめて一つにしようと言うのだ。

「昔と今では錠の作りも大分違ってきている。今時かんぬきなんてそうそう見ないだろう? 古今東西の鍵のかけ方を詳細に分けると枚挙に暇がない。勿論古典ミステリを体系づけるうえでカーの分類は重宝するが、現代ではむしろ一括りにしてしまった方が何かと都合がいいからな」

 そうすれば、残りは三つ。【密室が破られた段階で密かに鍵を室内に戻す場合】、【鍵をかけた後に道具を使って隙間から室内へ戻す場合】、【蝶番ごとドアを外して出る場合】だ。



「これで分類は全てだ。これは推理をするうえでの選択肢になりうる。要するに、“密室殺人は消去法で解ける”ということだ。……あくまで持論だがな」

 予め全て可能性が提示されているとしたら、問題はずっと解決し易くなるだろう。たとえ同じ答えでも、記述問題と選択問題では難易度に雲泥の差がある。それを彼女は端的に“消去法”と表したのだ。



A.犯行時、犯人が密室にいなかった場合


①【偶然密室を形成してしまった場合】

②【自殺を殺人に見せかけていた場合】

③【標的を自殺や事故に誘導する場合】

④【室内に設置された仕掛けによる場合】

⑤【生者を死者と誤認させ、密室が破られた後に殺害する場合】

⑥【死者を生者と誤認させ、犯行時間を錯覚させる場合】

⑦【室外での犯行を室内での犯行と錯覚させる場合】


B.犯行時、犯人が密室にいた場合


⑧【外に出てから鍵をかける場合】

⑨【密室が破られた段階で密かに鍵を室内に戻す場合】

⑩【鍵をかけた後に道具を使って隙間から室内へ戻す場合】

⑪【蝶番ごとドアを外して出る場合】



「以上で密室講義は終了だ。おや、ちょうど昼休みが終わる頃じゃないか。ワタシは職員室にここの鍵を返しに行くから、君たちはもう帰ってくれたまえ。今日は来てくれてありがとう。気が向いたら是非放課後も顔を出してくれ」

 この言葉を合図に、部室はまるで堰を切ったように騒がしくなる。クラスに戻るために皆が席を立った音だ。

「おや、部室の鍵が見当たらないな」

 そう言ったのは山月だった。それに松下が食いつく。

「合鍵とかはないんすか?」

「他の部活は作っているところも多いようだが、我が部は作っていないな」

「山月先輩、これじゃないですか?」

 梅上が声をかける。

「ああ、すまない。そんなところに置いていたか。ありがとう」

「あの、山月先輩……少しお話したいことがあるのですが」

どこか自信無さげにそう言うのは竹中だ。山月と対照的な弱々しい声である。少し間をあけて、山月の返事があった。

「……ふむ、では竹中はここに残り、松下と梅上は急いで授業に戻りたまえ」

 昼休み、四人はこうして解散したのである。



 だが、彼らはこれから事件が起ころうとは知る由もなかった。


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