光海大学応援指導部へようこそ

のぶ

第1話 中庭

 青いジャケットに白ズボンと金色のサッシュベルト。スパンコールの飾りがついた黒いハット。同じ格好をした集団の一人一人が金色や銀色の管楽器を持ち、人気アイドルグループの曲を軽快に奏でる楽器たちは日の光を浴びて鈍く光っている。

 隊列の周りでは、ふわりとした素材でできた金色のフラッグを華麗に回しながら、銀色のラメできらびやかに輝くタンクトップを着た女性たちがステップを踏んでいる。

 曲がクライマックスを迎えると、ただ一人、白い軍服のような衣装をまとい、銀色のバトンを持った人が青い隊列の真ん中に出てきて敬礼した。


 パフォーマンスが終わり、ステージ脇に控えていた黒い学生服の男子学生が、メガホンを手にステージ中央に出てきた。


『私たち、光海大学応援指導部吹奏楽団は、いまご覧いただいたドリル、座って演奏する座奏、そして野球応援を中心とした応援の三本柱で活動しています。楽器経験者も、初心者も大歓迎です。熱い四年間を過ごしたい新入生の皆さん、ぜひ見学に来てみてください!』


 少ししゃがれた声がメガホンで拡張されて、ステージとなっている中庭いっぱいに響き渡る。

 学生服はバシンと手を太ももに打ち付けるような独特の仕草で気をつけをして一礼し、ステージを去った。


「マーチングねえ。かっこいいけど…」

 入学式を終えて講堂を出た夏樹を待っていたのは、大学に存在するありとあらゆる部活、サークルからの勧誘合戦だった。強引に手渡されるビラやパンフレットで、あっという間に両手が塞がり、ひとまず少し開けた中庭まで逃げてきたところで、応援指導部とやらのパフォーマンスが始まったのだった。

 パフォーマンスが終了し、さっきまで楽器やフラッグを手にしていた部員たちは、どこから取り出したのか、ステージ衣装のままで勧誘ビラを道行く新入生に配り始めた。

『君の知らない音楽だよ』

 黒地に白抜きの明朝体で書かれたビラを一枚だけ受け取り、夏樹は中庭を離れようと歩き始めた。

「あー、君!ちょっと、待って。」

 ふいに声がして肩を叩かれたので、夏樹は立ち止まった。

「僕、ですか?」

 振り向くと、そこにはさっきまでステージ最前列でフラッグを振り回していたタンクトップ姿の女の人と、青いジャケットを着た背の高い女の人が立っている。背の高いほうが手に持っている楽器は…ユーフォニアムか?

 フラッグの人は走ってきたのか、大きめな胸を上下させて、夏樹の目をじっと見て、肩に置いた手にぐっと力を込める。

「君さ、マーチング、興味あるでしょ。」

 彼女はにっこりと笑って問いかけた。

「え、ああ、いや、まあ。」

 フラッグ女子のタンクトップの襟ぐりから、少しだけ胸の谷間が覗いている。夏樹はあわてて目を逸らした。

「さっきステージから見てたんだけどさ、すっごい目をキラキラさせて見てくれてたから、ぜったいに声かけようと思ったんだ。」

 困惑して言葉を濁す夏樹に、フラッグ女子が言った。

 どうしよう。なんだか嫌な予感がする。話を変えないと。

 夏樹は焦って、背の高いほうが持っている銀色の楽器を指さした。

「えっと、それ、ユーフォニアムですか?」

「そうだよ。…ユーフォを知ってるってことは、経験者だね!吹奏楽の。」

 しまった、余計なことを口にした。夏樹は顔をしかめたが、遅かった。ユーフォ女子がニンマリと笑って、フラッグ女子とは反対側の夏樹の肩を掴む。

「まあ、ほら、新歓で声掛けられまくって疲れたでしょ。お茶もあるから、少しお話しようよ。」

 女子とはいえ、二人分の力でグイグイと背中を押され、夏樹はしぶしぶ彼女たちに連行されていった。


 応援指導部のブースへと歩く道すがら、女子部員二人はそれぞれ、フラッグのほうが下原千里、ユーフォニアムのほうが竹野優子と名乗り、下原は文学部、竹野は商学部の二年生なのだと自己紹介した。

「君、名前は?」

「大橋です。大橋夏樹。」

 夏樹が答えると、下原はふむふむとうなずいた。

「大橋くんか。楽器はなにをやってるの?」

「アルトサックスを。」

「吹奏楽部?」

 竹野が尋ねる。

「中学で吹奏楽部でした。」

「高校は違ったの?」

「はい。」

 本当は高校でも吹奏楽部に入部したかったけれど、高校の時のクラス担任から強制的にESSに入部させられた、などという面倒な説明は省いた。

「出身は?この辺なの?」

「いえ、福岡です。」

「おお。ぜんぜん方言出ないからわかんないね。」

 下原は大げさに目を丸くして言った。

「一人暮らしか。大変だねえ。」

 竹野がしみじみと言うと、下原はケラケラと笑った。

「優子だって小田原から通ってんだから、大変でしょ。一人暮らしより大変なんじゃない?」

 上京したばかりで関東の地理感覚がわからない夏樹は、小田原がどれくらい遠いのか今ひとつ分からなかった。

「さ、着いたよー。」

 下原がそう言って立ち止まり、目の前の教室の扉を開けた。

 当然ながら高校の教室よりも広々とした教室の中には、机と椅子が点々と置かれており、何人かの新入生が先輩部員と思われる学生から説明を聞いていた。

「あ、ちょうどよかった。水上さーん、連れてきましたー。」

 竹野が手を振ると、机に置かれたポータブルDVDプレイヤーをいじっていた男子学生が振り向いた。

「おお、ようこそようこそ。まあ、座ってくださいな。」

 水上と呼ばれた男子学生は夏樹に椅子を勧め、自身も机を挟んだ向かいの椅子に腰を下ろす。人の良さそうな笑みを浮かべて、水上は紙コップにオレンジジュースをついで夏樹の前に置いた。

「水上さん、大橋夏樹くんです。アルトサックス経験者ですよ!」

 下原が言うと、水上は、へえ、と呟いてニコリと笑った。

「大橋くん、水上さんはアルトサックス担当なの。私たちはまた外に出てくるから、水上さんにいろいろ聞いてみて。じゃ、ゆっくりしていってねー。」

 竹野がそう言って、下原と二人で教室を出ていった。

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