第百夜 ありえない

 ハクヤ達の中で大きな亀裂が入ってから一夜が明けた。そして、いち早く起きたハクヤは未だエレン達と会っていない。


 顔が会わせずらいということもあり、もとより部屋が男一人と女三人と別れていたこともあり、それを好都合だと思ったハクヤはすぐにギルドに向かっていた。


 すると、ギルドはまだ朝七時頃だというのにもかかわらず、結構な数の声が聞こえてきた。

 冒険者ギルドが開き、新着クエストが早い者順ということもあり、人が多いことはそれほど珍しくないのだが、今回はまるで空気が違うのだ。


 明るくがやがやした感じではなく、どことなくピリついたような緊張感にある空気。しかも、外に漏れて朝から並んでいる冒険者の戦闘力が総じて高い。


 職業病で相手の戦力は見てだいたいわかるのだが、上中下の三段階で表すなら間違いなく全員が「上」に入る強者ぞろい。


 「何かがおかしい」と思うのはもはや当然のこと。しかし、ハクヤは何事もなかったようにその冒険者達の列に並び、最後尾の人に話しかけてみる。


「何かあったんですか?」


「ん? 知らねぇのか? ってなると参加者じゃねぇのか」


「参加者?」


「昨日の二十三時頃に緊急でこんな紙が配られてよ」


 その冒険者が差し出した紙には「ダンジョンに現れた人斬りを倒してくれる人に声をかけています。良かったら朝七時にギルドへと来てください」と書かれている。


 報酬はその人斬りに対して金貨千枚。もう人生遊んで暮らせるほどの額である。

 確かにこの人斬りを行っている人物はダンジョン内でかなり多くの人を斬っているという噂がある。それがあまりにも多いが故のギルド側の対策なのだろう。


 とはいえ、この噂も気になるのが全く出所がわからないということと急にポッと話題に上がって出たことだ。


 ハクヤ達がここに来たその日にミュエルが大まかな情報収集はしてある。しかし、その情報はどこからも出てこなかった。


 だが、ハクヤ達が来てから翌日にはその噂が聞こえ始めたらしいのだ。まるで自分達が来たタイミングを見計らったように。しかも、その噂が広がったのは冒険者よりも民衆の方が先だったらしいのだ。


 まるで誰かが意図的に噂を流したように。とはいえ、考えすぎもある。変に邪推して勘違いをしていたり。


 しかし、暗殺者というのは慎重に動く者なので、その情報が正しいかどうか精査したいのだ。とはいえ、今はエレンのことが気がかりなのでダンジョンに潜ることはないが。


「あんたはこれに参加するのか? 確かにギルドの印が押されているが、なんというか内容が不確か過ぎないか?」


「それだけ生きてダンジョンから潜った数が少ないんだろうよ。それにこの手書きの文だって、恐らくギルドが閉まる時刻にダンジョンから潜ってきた冒険者が戻ってきたんだろうよ」


「それを聞いたギルド職員が危険度を跳ね上げてこうまでしても急いで人斬りを討伐すべきだと考えて動いたと?」


「そういうこと。まあ、この人数はあまりにも過剰だと思うがな」


 そう告げる冒険者の前にはギルドの外で待つ冒険者が何人もいる。そして、ハクヤの後ろにも気が付けば人が数える程度だが並んでいた。


「恐らく、あまり人が来ないと踏んだんだろうな。お前のように文章から深くを読み取った奴が怪しいと感じて」


「なら、あんたは怪しいとわかっていながらも金に目が眩んだとも思われてしまうが?」


「お、言ってくれるねぇ。けどまあ、ここにいるのは自分の強さを自負している奴かお前の言ったようにバカな奴のどっちかだ。ちなみに、俺は前者だぞ」


「そうか、なら俺に言われる筋合いもないだろうがくれぐれも油断すんなよ」


「わかってる。ってことぁ、お前は参加しないならそのままギルドに入っていっても大丈夫だぞ」


「そうか。それは助かる」


 ハクヤその冒険者と話を済ませギルドの中に入っていくと外にいる連中よりもさらに強い闘気を放つ冒険者がいることを確認した。


 この連中はさっきの冒険者の言葉を借りれば前者組の人達であろう。まあ、その中でも自分の力を証明するタイプか正義感に溢れる奴のどっちかであるが。


 その中であれば前者は特に苦手である。自分の戦闘術の原型を教えた人物がまさしく世界最強を目指すタイプの人間だったから。


 ハクヤはそっと目を逸らしていくとギルドの掲示板に貼られているクエストを見渡していく。

 今回は結構上級者向けのクエストが残っている。恐らくいつも持っていく連中が現在後ろで列をなして並んでいるからであろう。


 ともあれ、それはハクヤにとっても好都合。昨日から引きずってる気持ちの憂さ晴らしをするためにも、多少は手ごたえのあるクエストでなければ。


「それじゃあ、これにすっかな」


 適当にクエストを手にしたハクヤは別口にある受付嬢にそのクエスト用紙を渡した。


*****


「......参加した冒険者の大半が帰って来ない!?」


 その次の日時刻はお昼時、相変わらず気持ちを引きずっていたハクヤは今日も同じように憂さ晴らしをしようとクエスト用紙を受付嬢に持っていくとそんな話を聞かされた。


 どうしてそんな話を聞かされたのかと言われれば、ハクヤはその参加した冒険者と同じ高ランクであったからだ。


 とはいえ、参加はあくまで任意。あの用紙を渡されていなくても、このように受付嬢から聞いたことでも任意。


 しかし、問題なのは聞かされていることという事実だ。それはたとえ任意であっても、ギルド側からすれば参加してなんとかして欲しいという気持ちがとても伝わってくるのだ。


 ハクヤはダンジョンの問題が思ったより大きくなっていることに危機感を感じながらも、冷静に質問していく。


「確認させてください。噂程度ですが、自分と同じかそれ以上の冒険者はこの国いある大規模ダンジョンでも一日で帰ってくる、遅くても一日と半日で帰ってくると聞いてますが......それは本当ですか?」


「ええ、本当です。ここに長くいる冒険者様ならもう完全にダンジョンの地形を把握していますので、どれだけ効率よく進んで依頼を達成して帰ってくるかを重視しています」


 例えるならRTAといった感じだろう。いわば、そのダンジョンを知り尽くした者しかできない動きということだ。


 つまりはその全てがベテラン。その人達の成果にギルド側は絶対的な信頼を置いているからこその子の言葉なのだろう。


「しかし、その人達が帰って来ないとなると事態はかなり深刻な問題になってきます。なので、失礼ながらこうして話させてもらいました。

 あまり大事にしたくないのもあり、内々に処理できればと思っていたんですが......想像以上の数で」


 ハクヤは特に何もなければ動いていいとも思った。ダンジョン内に人斬りがいるのなら、いつかエレンがダンジョンに潜った時のために危険分子は排除しておかなければならないと思ったからだ。


 しかし、現状はエレンの正体があまりにも早く現聖女またはその他に伝わってしまったせいで、未だ動き出しのタイミングがわからないということ。


 きっと今頃はかなりの噂が広まっていることだろう。となれば、どこかの過激派の誰かが争いを先導していても何もおかしくない。


 優先度がどちらかの方が上かと問われれば、間違いなくエレンの方だ。最悪エレンにはダンジョンに潜らせないようにすればいいだけのこと。


 人としては非情だが、エレン可愛さのためだ。この判断は覆ることはない。


「すみません、もう内々に処理が難しくなってきたのなら早くこの国の騎士団にでも事情を伝えるべきだと思います。

 俺達、冒険者も慈善事業というわけにはいかないんです。それほどの危険が潜んでいるのなら、最悪ダンジョンごと封鎖するのも手です」


「そうですか.......いや、そうですよね。命を張る冒険者も人間なのですから当然です。変にお願いしようとして申し訳ありませんでした」


「こちらこそ、力になれそうになく申し訳ない気持ちです」


 ハクヤは丁寧に断って出したクエストを受諾して出入口に向かおうとするとポツリと受付嬢が呟いた言葉を聞いた。


「はぁ......『“死神”は存在する。俺はただ奴と殺し合いをするだけだ。昔のようにな』ってこっちに伝えるために生かされた冒険者も可哀そうだけど、その死神を探すこっちの身にもなってよ」


 ハクヤはふいに聞こえたその言葉に思わず立ち止まる。その言葉にハクヤはとても心当たりがあったからだ。


 そして、まるで全力疾走したように心拍数が上がっていき、胸に手を当てたわけでもないのにドクドクと心音が聞こえてくる。


 そして、その言葉から思い出すのはただ一人の暗殺者――――【斬撃王】と呼ばれる男だけ。


 もとよりハクヤは自分が狙われていることは承知だった。しかし、こうも人の多い場所にいるのは相手はあくまで自分と戦いたがってるだけ。その結果周りを巻き込んでしまうだけで。


 しかし、その男は違う。ただ自分の快楽のために仲間でも手をかけることがある暗殺者の中では異端のシリアルキラーだ。


 【斬撃王】と呼ばれる所以はただ一つ。唯一の魔法も身体強化しかないにもかかわらず、圧倒的な戦闘センスで他を圧倒し、斬られるよりも先に斬った結果周辺には屍が転がっていたから。


 その相手がダンジョンの中に潜んでいるとすればどれだけ手練れの冒険者が殺されたのかも納得する。どれだけ高みを目指して鍛えようと戦いの才覚だけで潰すのが奴だから。


 だが、どうしてこんなタイミングでその男の情報が出てくるんだ? そいつは正面からの戦いを好むし、相手が誰であろうと強いか否かで判断して戦うイカレ野郎だ。


 たまたまタイミングが重なった気もするが......いや、それだったら奴がわざわざダンジョンに潜って待ち伏せするような行動がおかしい。


 奴は絶対に自分の利が働く時しか動かない。ということは、ダンジョンに潜って待ち伏せすることが奴の利に繋がるということになる。


 そんな手間を奴が好むとは思えない。奴だったら時間も場所も気にせず、俺を見つけたのならすぐさまに攻撃を仕掛けてくるはず。


 エレンのことが気がかりだが、【斬撃王】をほっとくわけにはいかない。もし奴がダンジョンから出てきてエレンと接触したなら、躊躇うことなく斬る。


 ハクヤはギリッと歯ぎしりして拳を強く握ると再び受付嬢のところへ戻っていく。


「すみません、ダンジョンのマップってありますか?」

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