第九十四夜 勇者の登場#2

「あれはどういうことだ? 見たこともない勇者紋だった? 俺が知らないだけか? いや、あの人が嘘をつくとは思えない。ということはイレギュラー? もしかして、本当に勇者は二人いるのか?」


「ちょっと、ハクヤ!」


 一人ぶつくさと何かを考えこみながら歩くハクヤは人にぶつかろうとお構いせずに歩いていく。

 そんな普段のハクヤとはかけ離れた姿にミュエルは戸惑いが隠せず、咄嗟に声をかけた。


 しかし、ハクヤがこちらに振り向く様子はなし。完全に自分の世界に没頭しているようであった。

 さすがのミュエルも痺れを切らして、ハクヤの肩を掴んで強制的に振り向かせる。


「ハクヤ、こっちを見て」


「......ミュエルか、どうした?」


「どうしたもこうしたも、こっちのセリフよ。あの勇者にあってからどうにも様子がおかしいわよ?」


「あ、ああ......それは......」


 ハクヤは何かを言いたくないようにミュエルから目を逸らす。その行動は今までのハクヤを知っているミュエルからすればあり得ないことだった。


 たとえどんな情報を聞かされようとも動揺を見せなかったハクヤがここまで狼狽えてる。そこまであの勇者が脅威であったのか、それとも全く別の理由か。


 どちらにしても、今のハクヤは正常な判断が下せない。そう考えたからこそ、ミュエルはハッキリと告げる。


「ハクヤ、いい? 私は好きであんたついてきてるの。だったら、こっちを巻き込むぐらい遠慮なしに言いたいことは言いなさい。それにあんたに巻き込まれるなんて今更よ」


 普段のクールなミュエルにしては饒舌な言葉であった。だからこそ、ハクヤは思わず面を食らった表情になり、「そうだな」と納得した。


「悪い、動揺が表面化しすぎてた」


「別にいいわよ。それよりも何が理由でそんな考えることに? あんたが言っていた勇者紋ってのがそうなの?」


「ああ、そうだ」


 ハクヤは一旦深呼吸すると頭を冷静に回転させて、ミュエルの質問に答え始めた。


「まず勇者紋ってのは勇者として選ばれた者に現れる紋だ。体の一部に刻印のように浮き出ている」


「それは知っているわ。でも、あんたはその勇者紋がおかしいって言ったのよね?」


「ああ、言った。正確には勇者紋の形だが。

 本来であれば、勇者紋の形は太陽と盾と剣が交わるような形をしてるはずなのに、あの勇者の紋は剣に蛇が絡みついていて月の模様が描かれていた。それがおかしいんだ」


「それじゃあ、単純に偽物ってことなんじゃ?」


「いや、勇者紋自体は本物だ。たたまた触れてわかったが、あの紋から聖なる魔力の波動を感じる......エレンと同じような、な」


「ハクヤが言うおかしいの根拠って例のあの人?」


「まあな。なんせその人が一番勇者とかかわりが強かった人なんだから。たった少し過ごした俺にも勇者紋のことを教えてくれた。

 そして、その人は言っていた『過去に太陽と盾と剣の紋以外に例外はなかった』と」


「.......そう」


「もちろん、だからといって断言できるものでもないが、あの人が嘘をつくとは思えない。だから、疑う余地はあると思う」


 ハクヤの考えてることはハクヤにしかわからない。それは理解している。だけど、ミュエルは知りたかった。

 だから、ミュエルはハクヤの言葉を聞いて確かめるように尋ねる。


「ねぇ、前も言ってたけど、ハクヤがいうあの人って......」


「聖女【アリアス=ロイ=オーラル】。十年前に滅亡したオーラル王国王女にして――――エレンの母親だ」


*****


 場所は移って西側女神像付近。そこには西側の教会に向かっていたエレンとルーナの姿があった。


「今日、なんだか人が多いね」


「う~ん、周囲から聞こえる噂じゃ、どうやら勇者が今さっきこの国に入ったらしいよ」


「え、勇者様が!? なんだ~来ると分かってれば見たかったのに~」


「お、ハクヤさんに色ボケと思っていたら存外俗っぽいですな~」


 エレンがハクヤ以外の人物に興味を示したことを物珍しく感じるルーナはここぞとばかりに弄っていく。

 しかし、それに対するエレンの反応は思ったより淡泊であった。


「まあ、どうせ会えるだったら見ておきたかったなぐらいだよ。たったそこらの男に心が移ろうようじゃ伊達に片思いなんかしてない」


「勇者をそこらって......」


「それにそもそも身分違いだしね。雲を掴むようなものだよ。差がありすぎると別に憧れってわかなくない?」


「意外と夢がないな~。それこそもし勇者と関われるような身分が実は自分にあったとしたらって乙女チックなことを考えないの?」


「そんな憧れだけで幸せがこっちに来てくれたらラッキーだけど、大抵は幸せは掴みに行くものだよ。それこそ肉食系になってでもね!」


「わぁお、思ったよりアグレッシブ......」


 だからこそ、ハクヤに対して人目もはばからずいちゃつこうとする精神が出ているのか。

 その胆力は見習うべきものなのか、はたまた感心するぐらいで留まっておくべきか。

 少なからず、ルーナは多少なりとも胸に負ったダメージを無視することにした。きっと気のせいだと思いたい。


 そして、教会が遠くに見えてくるとそこにはたくさんの人だかりがあった。その人達は教会の入り口の外にいようとお構いなしに、我一番に教会の中を覗き見ようとしている。


 その光景にエレンとルーナは顔を見合わせるととりあえず、同じように野次馬してみることにした。


 後ろからでは見えないので、人混みをかき分けてなんとか前へ前へ進んでいく。そして、やっとこさで教会入り口にいる人だかりの最前列に顔を出すと教会の中を眺めた。


 すると、そこには一人の青年と二人の少女が女神像に膝をつけて祈りを捧げていた。

 その瞬間、エレンは体に電気が走ったかのような痺れを感じる。

 誰かに攻撃を加えられたわけでもない。ただ勇者を見た瞬間、内側からそう感じたのだ。


 そして、エレンはその青年がどんな存在であるか知らないのに、まるで知っているように直感で感じて言葉を呟く。


「あの人が......勇者様」


「え......?」


 エレンの言葉にルーナは思わず声を漏らした。なぜなら、その言葉はまるで断言するような言い方であったからだ。


 確かに、青年からは強い気迫のようなものが伝わってくる。しかし、それは腕の立つ冒険者とあまり変わりないように思え、少なからず勇者と断定する材料はない。


 たくさんの野次馬がここに集まっているからという理由も付け加えられるが、エレンの表情はまるで初めから知っていたような顔であったため、どうにもエレンが断言した理由とは違うように思えた。


「どうしてだろう......知らないはずなのにずっと前から知っていたような感覚」


「さあ、あたしにはどうにも......って勇者もこっち見てる」


 ルーナが気づくと女神に膝まづく勇者も同じくしてエレン達の方を見ていた。

 周りの人達は「自分が見られた」と騒ぎ立てているが、エレンも同じ気持ちであるが確信を持って「こっちを見ている」と分かった。


 まるで見えない糸で繋がっているような感覚。もしかして、女神と話せたり、聖樹の言葉を聞けたことが何か関係したりしているのだろうか。


 勇者――――雄一は隣に立つ神父に何やら目配せして頷くとその場を立ち上がって、教会の入り口にいる人だかりに近づいていく。


 そして、周囲の野次馬が雄一がやって来たことに騒ぎ立てる中、雄一は最前列の人だかりにやってくるとそっとエレンの前に手を出した。


「あの神父さんから話を聞いてね。興味があったんだ。君が昨日女神様と話をした子で間違いないんだよね?」


「え......はい」


「少し話がしたくてね。こっちに来てもらっていいかな」


 勇者はニコリと笑みを浮かべるとエレンの手を引いて、最前列の人混みからさっと抜け出させた。

 しかし、エレンは色々と混乱と戸惑いがあるせいか未だ最前列に掴まっているルーナに思わずSOS信号をアイコンタクトで送った。


 しかし、最前列でがっつり動けなくなっているルーナは頭を横に振って「無理無理無理」とアピールしていく。


 ルーナの反応によってエレンが思わずしょぼんとした顔を浮かべると雄一が「仲間?」と聞いてきた。

 それにエレンが「うん」と頷くとルーナも特別枠で教会に入らせてもらうことになった。


 背後からの視線の痛さを感じながら雄一に連れられて女神像の前までやってくる。

 そして、二人の少女とも対面した所で雄一が仕切る形で自己紹介を始めた。


「僕は勇者の境雄一。下の名前で呼ばれることが多いからユーイチでいいよ。それから、こっちの獣人の子が【レンリー】で、魔女っ娘が【メイメイ】」


「よろしくっス」


「魔女っ子って止めなさいって言ってるでしょ」


 明るく活発そうなレンリー、若干ツンデレ感を匂わせるメイメイ。そして、落ち着いた物腰で俯瞰しているような雄一。パーティのバランスは悪くなさそうだ。


 とはいえ、エレン達にはそんなことはどうでもよく、さっそく本題に入ることにした。


「それで、お話ってさっき言ってた内容のことですよね?」


「ああ、神父さんから聞いてね」


「すまない。つい珍しいもの見たせいか話してしまって」


「いえいえ、私も勇者様を一目見てみたかったのね」


「おや、もしかして僕に興味があったり?」


「調子に乗るな!」


 エレンの言葉におちゃらけた雄一に対して魔女っ娘メイメイは頭をバシンと叩きながら突っ込む。まるで場の空気を和ませるようなやり取りだ。


「なんだよ~叩くことないじゃん」


「うっさい。あんたはいつも通り黙ってカッコつけてればいいの!」


「それ、なんか悲しいよ」


「まあまあ、とりま二人のことは置いといて、実はエレンさんの方にあたし達からお願いがあるっス」


「お願いですか?」


「はい、実はエレンさんには現聖女に会ってもらいたいっス」


「「......え!?」」


 その内容にはエレンだけではなく、ルーナも驚いた。まさかまさかの勇者直々に聖王国中枢へとご招待されるとはめったにないことだ。


 しかし、呼ばれる理由はわかってる。エレンの特別性に関することだ。しかし、そんなことをこの場で判断を下していいものか。


「まあ、出来れば今すぐに決めて欲しいっスけど、ご友人の方はどう思ってるっス?」


「え、あたし!? あたしは......」


 その時、ルーナはハクヤのことを思い出した。今の状況を考えれば、自分達が判断するよりもハクヤに委ねた方がいい。


 それだけ大きなことを言われているのだ。たとえこの返答で聖王国に行く機会がなくなったとしても、勝手な判断で事態を大きくするのは避けた――――


「どうですか? 行ってみたくはありませんか?」


 その時、ルーナはふと発言した神父と目が合った。その瞬間、意識が混濁していく。そして、告げた言葉は......


「エレン、行っちゃおうよ! 二人には内緒でさ!」


「え、ルーナちゃん!?」


「大丈夫、大丈夫。だって、近くに勇者様がいるし、ここは人族の本拠地みたいなものだよ? 絶対狙われないって」


「うん、まあ......そうだけど......」


「なら、決定! あたし達行っきまーす!」


 そのルーナの行動のおかしさにエレンは戸惑いながらも、この流れを止められずにエレンは現聖女がいるところに行くことが決定した。

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