第九十三夜 勇者の登場#1

「それじゃあ、行ってきます」


「行ってきまーす」


「ああ、気をつけてな」


「行ってらっしゃい」


 宿屋の入り口の前でエレンとルーナはハクヤとミュエルに出かける言葉を告げると二人は楽しそうに会話をしながら歩いていく。


 その二人の姿がある程度遠くに行った所で、ハクヤとミュエルは大人の話に入った。


「ミュエル、どのぐらい情報は集まった?」


「そうね。まだ半分というところかしら。まあ、黒い噂は当然ながら念入りに頭の中に収めるようにしてるけど、なんかあれね......気持ち悪いわね」


「それはどういう意味だ?」


「別にどこの町でも変わらないぐらいの黒さ。国単位で言えば少し少ないぐらいなんだけど......よくわからないけど、気持ち悪さを感じる」


「意図的に黒い噂が流布されてるってことか? 例えば、どんなこと?」


「主には殺人鬼が神出鬼没で現れてる話。その他は雑多な内輪もめの話とか。まあ、私達には関係ない話よ。けど、その話をする人達の目があまり正気に見えなかったのよね」


「黒い部分に触れてる奴にまともな奴はいねぇよ。そいつらは大抵悪いことしてる自覚がまるでねぇんだからな」


「それはそうなんだけど......もう少し探ってみることにするわ」


 ミュエルは伝えたいことが上手く伝えられない歯痒さを感じながらも、自分の勘違いかもしれないと思い一旦ここは引くことにした。


 狙われてる自分達にとっては情報は生命線。それをミュエルも理解してるからこそ、中途半端な確信度の情報はハクヤには提供できない。


 なんとも歯切れの悪い会話になってしまったせいか若干雰囲気は良くない。そこで話題と気分を変えるためにミュエルは新情報を開示することにした。


「そういえば、この町に勇者が来るらしいわよ」


「勇者が? どこから来る?」


「西側の門からじゃないかしら。丁度エレンちゃん達が向かってる所ね。まあ、時間帯は今丁度やって来てるかも」


「今は......午前十時半過ぎか。なら、間に合うな。一目見てみたい。行くぞ」


「はあ、たまに強引さあるわよね。ハクヤって」


 そう言いながらも動き出したハクヤの後ろをぴったりとついていくミュエル。

 すでにこの国の地図が頭の中にインストールされてる二人には裏道を使ってショートカットするなんざお手の物。


 これも職業病という奴なのかもしれないが、こういう所で役に立つから何があったもんかわからないものである。


 そして、途中めんどくさそうな闇住人に追いかけまわされたりしながらも、何の問題もなく路地から大通りへと出ていく。


 すると、大通りの両端にずらりと多くの人が並んでいた。一種の凱旋パレードに等しい。その人混みの一部に紛れながら歩いてくる勇者一行を観察した。


 勇者と思わしき少年は黒髪黒目でミスリルの甲冑を着た好青年だ。そして、その両端には犬の獣人の女の子と魔女の帽子を被り全身を覆うようなローブを着た女の子だ。


「まるで女の子を侍らせてるどこかの誰かさんみたいね」


「それは嫌みか?」


「ええ、そうよ」


「......少しは否定してくれ」


 ハクヤはミュエルのニタニタした視線に耐えながらその青年を観察する。その青年は両端に並ぶ人達に笑顔で手を振りながら、その声援に答えていく。


 その青年の後ろに並ぶ女の子二人は人の数に圧倒されているのか緊張した面持ちだ。特に獣人の女の子は獣人であるためかビクビクした様子でもある。


「なあ、ミュエル。確か今の勇者ってここに来るのってだよな?」


「ええ、あくまで私が知ってる限りではだけど。勇者の存在が周知されてからは勇者は一旦この国へ来るよう言われてるのだけど......」


 そう告げながらミュエルは周囲に耳を傾ける。すると、周りの人々は様々な言葉で勇者を称える。


「確か今の勇者様ってこの国に来る前に街に攻めてきた魔物を救ったらしいぞ」「それだけじゃねぇって。確か水の都の湖に住む大蛇も仕留めたんだろ?」


「きゃー、勇者様ー! こっち向いてー!」「ねぇ、見た! 今見た! 勇者様こっちむいた! あたしに向いた!」「何言ってんの私に決まってんでしょ!」


「いやはや、今回の勇者様はすごいわね」「だね、おばあちゃん! 僕もあんな風になりたい!」「なら、たくさん勉強や鍛錬を頑張って人に優しくなるんだよ?」「うん、わかった!」


「あれが街に降り注ぐ巨大な火球天の怒りを沈めてくれた勇者さまだべか」「確か、水の竜様を呼び出して止めたらしいだよ」「ああ、そうだそうだ。しかも、その時の竜の形は一見違ってたらしいだよ」


 各々が聞き知っている話をまるで我が子を自慢するように話す。その人々の感情には勇者に歓喜する感情しかなかった。


 まあ、とりわけ最後の話に限っては勇者のやったことじゃないと決定的にわかるのだが、勇者がやってくれたとなれば都合が良いのでハクヤはなにも思わない。隣のミュエルがニヤニヤ顔で見つめるだけで。


「とまあ、随分とここに来るまでに偉業を成し遂げてるわけで、すごいわよね。国に何を言われずともすでに勇者として何をなすべきか理解した行動をしているもの」


「ああ、確かに。あの青年は全くもって生まれながらの勇者らしい。だからこそ、俺もお前も同じ気持ちなんじゃないか?」


「ええ、そうね」


「「気持ち悪い」」


 ハクヤもミュエルも最初に勇者を見て思った感想がそれであった。

 別に勇者の姿に対して気持ち悪さを感じているわけではない。その過程に気持ち悪さを感じてるのだ。


 勇者というのは文字通り「勇気ある者」のことを指す。されど、その勇気は一朝一夕で手に入るものではないだろう。


 特に世界を救う覚悟なんて「自分が勇者である」と自覚した程度で背負える重圧ではない。

 それこそ、村で生まれ勇者としておだてあげられたとしても、国の更に偉い人からでも直接言われなければその本当の重さは計り知れない。


 加えて、勇者としてもっともなすべきことは“悪を斬る”ことだ。

 その場合の“悪”は大抵魔族のことであるが、場合によっては普通の人を斬ることもある。それを勇者は正義という名の免罪符で斬るのだ。


 しかし、その免罪符をかざせるのは国から直々に勇者として認められた後の場合がほとんどだ。

 いくら勇者が勇者である証の印を体に持っていたとしても、周りから勇者と言われようとも国の認知がなければただの人殺しだ。


 だから、それを避けるためにも勇者を見つけた場合速やかに聖王国へと招集され、認め人々に認知される。


 だが、今回の勇者はそのようなことをされずにここまでやって来た。それは自分が勇者であるという自覚をハッキリ持って、その上で行動しているから。

 加えて、「勇者正義のために行動した」という免罪符を持っていることをしっかりわかっていて。


 そこまで全てのことを自覚した上でここまでやって来ているから気持ち悪いのだ。

 きっとこの感情はもっと“普通の人”であるならば抱くこともなかった感情であろう。

 悪であったが故に気付く違和感と言うべきものであろうか。


 その時、ハクヤは背後からこちらに向けて殺気を放っている存在がいることを認知した。しかし、それを無視してミュエルに告げる。


「ミュエル、余計な手出しはするなよ?」


「試すつもりね。人が悪い。まあ、いいわ。私も気になっていたし――――勇者の実力をね」


 その直後、ハクヤとミュエルに向かって人混みを避けるように大きく跳躍してきたフードで顔を隠した二人組が手に持ったナイフで襲い掛かってくる。


 しかし、二人は動かない。ただじっと大通りを歩く勇者を観察する。

 すると当然、周囲の人達はその二人組の存在に意識を向け、さらに周囲の人達に認知させるかのように叫ぶ。


 その声を聞いたのか、それともその存在に気配で気付いたのか。どちらにせよその二人組を認知した勇者は剣を抜かず無手のまま動き出す。


 その姿は大通りから一瞬にして消えた。そして、周囲の人達から認知できたのは勇者が二人組と同じ高さで飛んでいた時であった。


 勇者はその二人の顔を鷲掴みにすると頭をかち合わせた。それによって、二人組は気絶したのか動かなくなり、勇者はその二人を肩に担いだまま人の列を避けるように大通りのはずれで着地した。


 その数秒後に兵士達がかけつけ、その男たちを縄で縛りあげて連行していく。その一連の勇者の行動に周囲の人々は歓喜した。


 しかし、ハクヤとミュエルはその行動をただ静かに見つめていた。まるで予定調和のような出来事だと。


「職業病かね、このすぐに疑っちまう癖は」


「じゃないと死ぬ場面がありとあらゆるほどに多かったから仕方ない。私も似たような感じだから」


「にしても、気づいたか?」


「ええ、あの二人組が持っていた武器......組織がよく支給するタイプの汎用型ナイフだった」


 ハクヤとミュエルは勇者以外にもそこが気になった。まるで組織はいつでもお前達を狙っているぞというアピール。


 エルフの一件からもうすでにここを嗅ぎつけられてることは想定内であったが、思った以上に行動が早い。ユークリウスの死体は確実に処理したはずなのに。


 加えて、こんなにも人目の多いところで襲ってくることがまずおかしい。どんなに中身が腐っていようと暗殺者であることには変わりない。となれば、人目をはばかるはず。


「大丈夫ですか?」


 その時、一人の青年が声をかけてきた。その存在にハクヤとミュエルは思わず一瞬反応が遅れる。


 そこにいたのは勇者であった。ただ周囲に笑顔を振りまき、悪を懲らしめ、平和に象徴であるかのような存在が二人の目の前にいた。まるでに。


「あ、ああ、大丈夫」


「そうね、何が起こったのかわからずに驚いちゃってたのかも」


「そうですか。無事なら良かったです。これも何かの縁ですし、良かったら」


「......え?」


 勇者はそっと手を差し出した。まるで握手を進めるように。

 その勇者の気さくとも思える行動に周囲の人々は自分のように喜び、差し出されたハクヤに対して「良かったなボウズ」とか「う、羨ましい~!」という声が湧いて出てくる。


 そして、周囲の人々から促されるようにハクヤは勇者と握手を交わした。その時、ハクヤは勇者の右手の甲にある勇者の証である勇者紋を見て目を見開く。


「僕は【境 雄一】って言います。まあ、知ってるでしょうけど一応。それじゃあ、向かう場所があるのでこれにて失礼」


 勇者は手を離すとそのまま大通りに出て二人の少女とともに歩き始める。

 しかし、その間もハクヤは固まったままだった。他の人達は嬉しさに固まってると思っているが、ハクヤのことを良く知るミュエルだけはその深刻そうな表情に気付いていた。


「......しい」


「どうしたの? ハクヤ? 何があったの?」


「あいつの......あいつの勇者紋がおかしい!」


 ハクヤはそう呟くとふらりふらりと人混みを抜けて宿場のある東側に向かって歩き出した。その後姿をミュエルは何も言わずに見つめ、そっと隣に並び歩く。

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