第八十三夜 討伐レッドドラゴン
左目を潰され怒りの炎を宿した瞳で認めるレッドドラゴンは三人の乙女に対して、鋭い殺意を向ける。
しかし、その殺意に満たされた空間の中でもミュエルやルーナはおろかエレンでさえも尻込みせずに立ち向かっていた。
そんなエレンの姿をミュエルはたくましく成長したと思いながらも、心配して声をかける。
「エレンちゃん、これからの戦いは先ほどみたいに不意がつける戦いじゃなくなってくる。
先ほど以上の危険が私達を襲ってくる。それでも、エレンちゃんはここに残る?」
「残るよ。だって今ならわかるから。ハクヤが私から取り除こうとした脅威ってこんな恐ろしい相手も含まれるんだって知ったんだから。
私はただ守られる存在から隣に立つ存在へと変わりたいの。そのための試練がこの敵であるというのなら、私はさけちゃいけない」
「.......決意は固いようね。それじゃあ、死なないことを優先に考えなさい。ハクヤを悲しませたくないのなら」
「それはミュエルさんも同じことが言えるんじゃない? 内に秘めた想いを墓場まで持って行かせやしないよ」
「全く迷惑なおせっかいだこと」
軽口を叩くルーナにミュエルは思わず呆れたため息を吐く。されど、空気的には程よくリラックスできた最高のコンディションである。
そして、三人がレッドドラゴンを見据えるとレッドドラゴンは高らかに咆哮した。
それから、レッドドラゴンは口に灼熱の炎を溜め込むと三人に向かって解き放つ。
直線状に伸びていく炎の渦は森をどこまでも焼き尽くし、さらに首を横に動かして左右に振りながら三人をバラバラに散らしていく。
すると、レッドドラゴンは力強く大地を踏みしめるとそのまま走り出し、炎を跳躍で避けたミュエルに対して口を大きく開けたまま突進した。
「
ミュエルは自身の前に雪の結晶のような盾を作り出すとレッドドラゴンの噛みつきを防ごうとする。
「させるかあああああ!」
しかし、レッドドラゴンの噛みつきがミュエルに届く前に素早く戻ってきたルーナが金槌でもってレッドドラゴンの顎を打ちつけた。
その一撃によってレッドドラゴンの口が閉じ、頭が上にあがる。
しかし、ダメージはほとんどなかったのかすぐに頭を下に向かって振り、ルーナを顎で打ち返す。それによって、ルーナは地面に叩きつけられた。
とはいえ、ルーナによってレッドドラゴンの意識がわずかにルーナに逸れたのは確か。
「
ミュエルは自身の両手に身の丈以上の氷の大剣を作り出し、それをレッドドラゴンに向かって振り下ろす。
それに気づいたレッドドラゴンは素早く硬い額の部分でその一撃を受け止めた。額に入ってるヒビにミュエルの剣がわずかに刺さり、ヒビを大きくしていく。
踏ん張りが弱かったレッドドラゴンは受け止めるので精一杯だったのかミュエルを押し返すことが出来ずに拮抗している。
「
そこにエレンは頭上へと作り出した太陽の如き光を放つ球体を作り出し、手に持った杖をレッドドラゴンに向けて撃ち放つ。
光の咆哮ともいうべきそれはレッドドラゴンの側面に当たり、絶対的な強度を誇る鎧を熱で溶かし弱体化させながらダメージを与えていく。
そのダメージでレッドドラゴンはミュエルとの拮抗が保てなくなると段々と頭を下げていく。
しかし、圧倒的な力と耐久度を誇るが故にどの種族からも恐れられているのが竜種である。
レッドドラゴンはミュエルとエレンの攻撃に耐えながらシッポを動かしていき、側面いいるエレンへとエレンの身長など優に超える太さでもって打ちつける。
「キュー!」
「んぐっ!」
エレンへの攻撃は咄嗟にグレイがエレンの前に割り込んだことでシッポの直接ダメージを防ぐことが出来た。されど、その衝撃を殺せたわけではない。
エレンは人生で一番ともいえる痛みが全身に伝わってくる。痛みで意識が飛びそうになり、呼吸が苦しくなる。
「エレンちゃん!」
「エレンさん!」
エレンが吹き飛び地面に転がっていく様子を見てミュエルとルーナは思わず叫んだ。その隙がさらに二人を襲う。
「ぐはっ!」
レッドドラゴンは大地を踏ん張り、ミュエルの攻撃を跳ね除けると体を起こして前足でミュエルを地面へと叩きつけた。
そして、起き上がってレッドドラゴンに攻撃しようと走り出したルーナに対しては右足でタップをするように地面に振動を送りわずかにルーナを浮かす。
「いぎっ!」
そして、シッポを横なぎに振るってルーナを払った。それによって、ルーナは水切りした石のように地面を跳ねていく。
レッドドラゴンは満身創痍の三人に勝ち誇ったような顔をしながらも、恨みが勝っているのかその右目に“油断”の二文字は感じ取れない。
ミュエルは全身に響く痛みを堪えながら、額から流れてくる血を気にする様子もなく立ち上がるとエレンに声をかける。
「エレンちゃん、大丈夫?」
「かはっかはっ......はあはあはあ、うん......まだ戦える。なるほど......こういう痛みだったんだね......これは早く強くならないと」
エレンは歯を喰いしばって地面に手を立てながら、少しだけ嬉しそうにしていた。それはハクヤの痛みを知ることが出来たような気がするから。
まだ物理的な面でしか感じられていないが、それでも今まで近づいているようで近づけていなかったハクヤの心に近づけた気がしたから。
だからこそ、その痛みを超えてハクヤのことをより知ることが出来るのならば、それはこんな痛みで挫折するに値しないのだ。
エレンはグレンに「庇ってくれてありがとう。もう少し頑張れる?」と尋ねるとグレンはカラ元気が伝わって来ながらも元気に返事した。
そして、ルーナも「まだまだ~!」と気合を注入するような声を挙げながら大地に両足を踏ん張らせて立ち上がる。
「エレンちゃん、ルーナ。このドラゴンは私達が必ず倒す。そして、敵大将はハクヤに任せよう」
「この痛みを背負ってハクヤは守ってきたとなれば、一概にハクヤに殺すことは良くないと否定できないのが悲しくなるけどね」
「こういうのは決めつけるもんじゃないよ。複雑に千変万化していくのが人の心というもの。だったら、今に正直に生きようじゃない」
「行くよ、二人とも!」
「うん!」
「おう!」
そして、ミュエルが正面に走り出し、エレンとルーナがそれぞれ左右に回り込み始める。
その姿をわずかに目で追っていくレッドドラゴンであったが、標的を正面にミュエルに絞る――――とみせかけて、同時にシッポも動かし始めた。
ミュエルには巨大な手の
しかし、ミュエルはその手に氷の矢を作り出すと手が迫っていることにも構わず走っていく。
そして、レッドドラゴンの手がミュエルを押し潰そうとした瞬間、レッドドラゴンは鋭い痛みに襲われた。
左目を潰されているため確認できないが、わかることはシッポが動かなくなっているということ。
それもそのはず、エレンが迫ってきたシッポに向かって魔力の大半を使って巨大な<
一瞬痛みが走ったことで止まった手からミュエルは外れると空中に向かって三本の氷の矢をミュエルを襲った右腕に放つ。
「凛氷連華」
ミュエルが等間隔に射った氷の矢が腕に当たった瞬間、三つの大きな花が出来始める。
そして、その三つの花は瞬く間にレッドドラゴンの右腕を覆い隠し、氷漬けにしていく。
レッドドラゴンは右腕から来る痛みを感じるとともに、右腕自体の感覚を失っていくことを感じた。
その感覚は氷で覆われているせいだと思い、右腕を地面に打ち付ける。
その瞬間、普段表情の変わらないミュエルはわずかに頬を緩めて告げた。
「バーカ」
「グオオオオォォォォーーーーーー!」
レッドドラゴンの右腕はものの見事に砕けた。まるで彫刻を殴り壊したように右腕はバラバラなブロック状と成り代わった。
あの一瞬で壊死していたのだ、その右腕は。ミュエルの氷の花がレッドドラゴンの右腕を覆い隠したその時にはもうすでに。
レッドドラゴンは失った右腕に思わずのけ反る。すると、ミュエルはレッドドラゴンの胴体に刺さった氷の剣を手元に引き寄せると血濡れた赤い氷を弓と矢に変えていく。
すると、レッドドラゴンは胴体から地面に滝のような出血をしながらも、大きく翼をはためかせて空中へ飛び立つ。
それを見てもミュエルは構わずにほぼ真上へと巨大な矢を空へと放ち、さらに矢を作るとそれを片方の翼に向ける。
その時、すぐ横に一人の少女が現れる。
「私にも手伝わせてください」
それはティアであった。ティアは覚悟を決めた瞳でレッドドラゴンに向かって矢を番える。
その姿にミュエルは「お願いするわ」と告げると同時に弦を大きく引いた。
「
エレンは状況を察すると<
それからさらに、エレンはグレンを使って巨大な火球を何発も放ち、少しでもダメージを稼ぐと同時に意識をエレンへと向けさせる。
そして一方のミュエルとティアは番えた矢を撃ち放った。
「
「
その白い尾を引く氷の矢と風を味方に螺旋の風を起こす矢はレッドドラゴンの翼に当たると一方は凍り付いて、もう一方は大きく風穴が空いた。
すると、レッドドラゴンにこっそりとよじ登っていたルーナはエレンのエンチャント強化を利用して頭の上で一気に跳躍する。
そして、タイミングよくレッドドラゴンの頭上に落ちてきたミュエルが放った氷の矢の尻部分をルーナが金槌の方で叩きつける。
「鬼壊伝『衝壊』いいいぃぃぃぃ!」
ルーナの叩きつけられてさらに速度が増した氷の矢はその質量も合わせて驚異的な攻撃力となってレッドドラゴンのヒビ割れた頭に直撃する。
――――ピキッ、ガッ
氷の矢はヒビ割れた部分に押し入りレッドドラゴンの固い表皮を破り、頭蓋を割り、脳へと深く刺さった。
そして、ダメ押しとばかりに氷の矢はレッドドラゴンの脳を凍結していく。
それによって、レッドドラゴンの生死は致命的なものとなり、レッドドラゴンから殺気がなくなりピクリとも動かなくなった瞳のまま地面へ落下する。
ドゴーーーーーンと地響きとともにレッドドラゴンが起き上がることはなかった。
それから、レッドドラゴンの頭に着地したルーナは武器を肩に担ぎながらにこやかな笑みでブイサイン。
そのルーナの様子にエレンはその場で力が抜けたようにへたり込み、グレンを膝上に乗せて労う。
ミュエルはふらついたところをティアに支えてもらい、まだ終わっていない戦いへと視線を向けた。
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