第八十四夜 殺意の怪物
丁度、エレン、ミュエル、ルーナがレッドドラゴンと戦いを始めた頃、二人の男の戦いも始まろうとしていた。
竜の頭突きにによってまるで隕石かのように地面に激突していった二人はその多大なるダメージに軋む体を無理やり動かしながら、額から流れ出る血を拭くこともせず互いに鋭い目線をぶつけ合う。
この時、ハクヤは一時的な強烈なダメージと出血によってやや冷静さを欠いている、そのため、ユークリウスを殺す気満々であった。
「クソ痛てぇな。だが、どうやらうちの仲間がレッドドラゴンを引き付けてくれたようだ。これで堂々と殺りあえる」
「チッ、小賢しいハエどもめ。あのままこいつを押し潰していれば後は楽だったものを。まあいい。俺がお前を殺すということが出来そうだしな」
「お前が俺を? ハッ、笑わせるな。お前の近接戦で俺を殺すことはできない。それはずっと前に証明されたことだ」
「前と一緒にしてると死ぬぞ?」
「お前がな」
ハクヤは右手に剣を取り出して両手で握り上段に構えて腰を深く落とす。その一方で、ユークリウスは腰にある短剣の柄を両手で触れながら腰を落とした。
そして、レッドドラゴンが咆哮した瞬間、二人は一気に動き出した。
ハクヤは素早く袈裟斬りに、ユークリウスは引き抜いた短剣をそれぞれの手で逆手に持ちながら掻き切るようにクロスして振るう。
―――――キンッ、ギギギギッ!
その刃は二人が進んだ丁度中間あたりで交じり合い、金属音とともにオレンジ色の火花を散らした。
そして、最初に動いたのはユークリウスだ。
ユークリウスは拮抗状態が不利だと考えると左側へと剣を流していき、左手の短剣を刃に滑らせながら横に薙ぎる。
しかし、それはハクヤがそのままユークリウスの左側に逸れていくことで躱した。
だが、ユークリウスはすぐに左足を踏み込むと右足を後ろに回して上段蹴りを仕掛けた。
「チッ」
しかし、その攻撃もハクヤに左手一本で受け止められてしまい、思わずユークリウスは舌打ちを漏らす。
だが、すぐにニヤッとした笑みを浮かべるとすぐに右足をハクヤの右腕に絡ませ、体を思いっきりねじっていく。
「お前の体は固定させてもらった。左手貰うぜ」
「できるならな」
「!......チッ、厄介な魔法だな!」
ユークリウスはハクヤの足元から蔦を召喚しハクヤの両足を固定していくが、ハクヤは戦いのうちに冷静さを取り戻していきユークリウスの周辺に複数の剣を空中に点在させる。
ユークリウスは舌打ちして飛んでくる剣を避けようとする......が、ハクヤに捕まれた右足のせいでその場から逃げることが出来ない。
ユークリウスは咄嗟に召喚魔法で鳥を呼び出し、身代わりとして剣に衝突させると同時にハクヤの背後からオークを呼び出し襲わせる。
しかし、ハクヤはとても静かでその状況を見つめていた。先ほどの殺意の滾りはどこへやら。もはや人ではない何かと対峙しているようなそんな凍てつく瞳。
自身の足元に短剣を飛ばして蔦を切っていたハクヤは背後の金棒を持ったオークの攻撃に合わせてユークリウスを振り回した。
「がっ!」
ユークリウスは金棒が当たる直前でオークの
そして、地面に寝るユークリウスに剣の雨を降らせていく。それをユークリウスは咄嗟に横に転がって避けると跳ね起きして距離を取る。
「やはりこの程度か。いつかセンゴクを殺すとか言っていたが、到底足元にも及ばないな」
「うるせぇ。俺はまだ終わっちゃいねぇ。それに、俺はお前のことは高く買ってる。だから、誤算が出ないように調整したつもりだったが......こいつがなきゃもう片が付いてたかもな」
「......?」
ユークリウスは召喚魔法の要領で封印していた赤い透き通った液体の入った瓶を取り出した。
そして、その瓶のコルク栓を外すとハクヤに見せつける。
「この液体を知っているか? これを飲んだ鬼人族は大層強かったよな。まぁ、人殺しの領域を出ない、の話だがな」
「まさか......鬼神薬!?」
「ハクヤ。お前の唯一の弱点は一瞬で高火力が出せる魔法がないってことだろうな」
ハクヤは咄嗟に剣をユークリウスの周囲に展開させて放った。しかし、それよりも早くユークリウスは鬼神薬を飲み、心臓に訴えかけるような圧を感じ瓶を捨てて右手で心臓を抑える。
そして、ユークリウスが心臓の痛みで体を曲げたところで、背中に大量の剣が刺さっていく。
その光景を見ながらハクヤは何とも言えない表情で呟いた。
「無茶だ。人族よりもさらに打たれ弱いエルフがそれを使うなんて......しかも、ルーナから聞けばそれは通常よりも効果が高いもの。鬼人族でも耐えきれなくて死ぬレベルだ」
ハクヤは冷静さを取り戻した時にはすでにティアにユークリウスを合わせる算段も思い出し、ユークリウスと剣を交わらせた時にはそれができると確信した。
しかし、それは叶わなくなった。ユークリウスが通常濃度の倍の鬼神薬を飲んだことにより、心臓はもはや耐えられるものじゃなくなった。
きっと今頃破裂してるだろうし、加えて放った剣が背中に大量に刺さっている。もはや通常状態でも生きてることは難しい。
「......?」
しかし、ユークリウスの状態がどうにもおかしい。それは先ほどから姿勢がかわらないということ。
死後硬直も明らかに早いし、普通は地面にうつぶせになってもおかしくない。
その瞬間、嫌な予感がした。もっとも外れて欲しい予感が。そして、そういう予感ほど的中する。
「あああああぁぁぁぁぁ!」
ユークリウスの肉体はぶくぶくと膨張していき、もはや肉だるまともいうべき二メートルほどの筋肉質な怪物と変わり果てた。
目からは血涙していて、鼻からも血が出ており、ところどころ張り出した血管が血を噴出させている。
明らかに長時間持つものではない。ということは、答えは一つ。
「お前はその姿になってまで俺を殺したいのか......そんなにあの
「あああああ!」
もはや会話は成立しない。ただうめき声をあげたユークリウスだった肉の塊はふいによろめきドンッという音ともに姿を消した。
そして、ハクヤが猛烈な殺気を感じ取って右を向いた時にはハクヤの顔など握りつぶせそうな巨大な手で拳を作り振りかぶっていた。
「ぐっ!」
ハクヤはもはや脊髄反射というレベルで剣をクロスさせてガードする。
だが、そのただのぶん殴りは到底ハクヤが耐えきれる領域を超えており、ハクヤは勢いよく地面を転がっていく。
ハクヤは地面を転がりながらも素早く立て直し、しゃがんだまま地面を滑っていく。
そして、ハクヤがユークリウスを見た時にはすでにいない。感じる殺気は真上から。
―――――ドンッ
ユークリウスの一撃は地面をさらに凹ませていく。
「くっ! らぁっ!」
ハクヤは振り下ろされた右拳を左に飛んで避けながら、体を真上を向くようにねじっていき左手に取り出した剣でユークリウスに首を斬る。
「なっ!」
ハクヤの剣は確かに致命傷となる切り込みを入れた。しかし、シューという音とともに煙を出しながら斬られた部分が繋がっていく。
自己再生だ。だが、そんな力が鬼神薬にあるとは聞いていない。
「ぐはぁっ!」
ハクヤが地面に再び着地した瞬間、ユークリウスは左腕を横に払ってハクヤを襲う。
それを間一髪避けたハクヤであるが、払って発生した衝撃波がハクヤの服をわずかに破りダメージを与えていく。
するとさらに、ハクヤがその衝撃波でわずかにバランスを崩しているとユークリウスの左足の胴蹴りがしっかりとハクヤに決まった。
ハクヤは弾丸のようなスピードでクレーターの壁に衝突し、体を壁にめり込ませていく。
ハクヤは満身創痍だ。体の痛みからあばらがほぼ全部折れてることがわかるし、壁の衝突で腰を痛めたのもわかる。
だが、ユークリウスの進撃が止まるわけではない。
「
ハクヤは右手をかざすと無数と呼べるような剣を空中に展開して正面から向かってくるユークリウスに向ける。
「あああああ!」
ユークリウスは両腕をクロスさせて構わず突っ込んでいく。体に剣が次々と刺さっていき、まるで大量の針が刺さった針山だ。
しかし、自分のダメージなどお構いなしに突っ込んでくる。
「......いい加減にしろよ」
ハクヤは口に溜まった血反吐をペッと吐き捨てると右手に赤色でできた剣を作り出した。
ハクヤの持っている三つ目の魔剣である
ハクヤはその大剣を両手でしっかり握るとスッーと呼吸を整えていく。
ユークリウスが迫っているが、だからこそ冷静に肺に全身に空気を送り込み集中しなければできない技。
そして、一気に肺に空気を送り込むと歯を喰いしばり、殺意を滾らせた。
「センゴク流武術――――」
ハクヤは大剣を肩に担ぎ、相手の呼吸の間合いを見きりながらセンゴク流武術の一つである<縮地>をさらに応用した<影踏み>を使っていく。
それは意図的に自分を相手の認識から外し(無意識に入り込み)、相手が気づいた時にはすでに相手の間合いに入っているという究極的な間合いを詰める歩法。
それによって、ハクヤはユークリウスの正面に立つと大剣を頭上に掲げ、炎を滾らせて斬る。
「剣閃『落雷斬』」
それは雷を斬るがごとくに高速で斬りつける単純にして強烈な一撃。
その剣はユークリウスの左肩から袈裟斬りしていき、胴体部分で左腕を切り落とした。
「......っ!」
しかし、その一撃はそこで止まってしまった。いや、止められたというべきか。
明らかに即死してもおかしくない状態でユークリウスが筋肉で締め付けて体験を押さえつけたのだ。
だが、大剣は燃えている。その炎はユークリウスの全身を包み込み、激しく燃えてさらに追加ダメージを与える。
それでもなお、ユークリウスは動いた。
燃え移った右手で拳を作り、ハクヤの顔面に向かって高速で殴りつける。
ハクヤは避けれなかった。捨て身で倒しきるつもりであったからだ。故に、耐えられることは想定外で――――
「やめて! ユークリウス!」
その少女の言葉でユークリウスの攻撃はハクヤに当たる前に止まる。少女の声に反応して止まったのか、殴りつける前にくたばったのかそれは定かではない。
だが、ユークリウスは右手をだらんとさせると後ろ向きにバタンッ倒れ込んだ。
ハクヤは大剣を引き抜くと荒い呼吸をしながら自身も後ろ向きに倒れようとするが、そのハクヤをエレンとルーナが支えたことで倒れることはなかった。
こうしてハクヤ達の戦いは幕を閉じた。
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