第七十夜 異変
「はい、できますよ。本来は村長が許可しないと案内してはいけないんですが、今回は特別に私が許可を出しちゃいます。二人だけの内緒ですよ?」
「......ああ、わかった」
先ほどのティアの衝撃的な話の内容のせいか、言い回しが妙に変に聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
ともあれ、ハクヤはティアの案内で皆よりも一足先に聖樹のもとに。
村の一か所にある通り道を真っ直ぐ通っていくとある場所に弓を持ったエルフの戦士らしき男性が二人立っている。
ティアの顔パスで会釈しながらと通り過ぎると一転、突如として周囲の景色がガラリと変わった。
先ほどまでは遠くまで見通せるような感じであったのに、急に鬱蒼とした森に囲まれている。
後ろを振り返れば、先ほどまで歩いてきた道がなくなっている。いや、厳密にはなくなってるように見せている?
「ハクヤさん、意外にリアクション薄いですね。ただ目を見開くだけなんて」
「まあ、これはこういう質だから......とこれは結界にあるようなものと一緒か? 外から視覚的に騙すようなこの景色」
「さすがハクヤさんですね。実は聖樹様の場所に行くにはいくつかの結界が張ってあるんです。
それは聖樹様が作ったものじゃなくて、聖樹様を守る我々が何百年と受け継ぐように守ってきている結界なんです」
「そうなのか......って、そんな話余所者の俺に話していいのか?」
「大丈夫ですよ。森を知るエルフしかその道に辿り着けないですし、もし案内するよう脅されても自害するように教え込まれてますから」
「守る覚悟が違うな......」
ニコニコと笑いながらさも当たり前のように告げるティアにハクヤは少し引いた。
しかし、それほどまでにエルフにとって聖樹という存在が大きいものであり、人が神を信仰するよりも強く信仰することは当たり前ということらしい。
神をこちらから見限っている存在であるハクヤとしてはそれほどまでの信仰心を抱く理由はあまりピンと来ていない。
されとて、その考えに対して「おかしい」と思っても告げるのはお門違いと言えよう。そもそもエルフでない種族にはあまり関係ない話なのだから。
すると、ハクヤが何気なく返答した言葉にティアは「守る、か」と呟きながらやや表情を暗くさせる。
「何か気に障ることでも言ってしまったか?」
「あ、いえ。そういうわけではなくてですね、あまり思い出さないようにしていた過去を思い出してしまいまして」
「もしかして、お前らの中にも信仰心が深くない存在がいたのか?」
「......」
「悪い。今のは失言だった」
ハクヤは今の反応で大まかなことを察した。
それはありていに言えばよくあることだ。簡単に言えば、神を信仰する人もいれば、当然信仰しない人もいるということ。
人の数が多ければ、その数の分だけ多種多様な考えが生まれ、各々の判断に基づき正解と思われる道へ進んでいく。
その中に神という超常の存在に自分の願いを届ける人もいれば、神など見たこともない存在をバカバカしく思う。それだけの話。
しかし、ことエルフにおいては少し勝手が違ってくる。
エルフの信仰対象は聖樹だ。そして、聖樹の存在は目視だけなら森のどこからでもその存在を確認でき、エルフにおいては見に行くこともできる。
信仰の対象が実際にいるというのは、架空の存在の可能性がある神とは違いよりその信仰心は強くなる。
その違いとはすなわち――――奇跡を見れること。
カルト宗教のようなものかもしれない。信者の目の前で実際に奇跡を見せて、本物の存在であると認識させること。
やや悪い例えであるが、そのようなことが聖樹とエルフの間では起こっているのだ。
聖樹が与える加護によって病から身を守る健康的な体にしてくれて、聖樹の葉から作る紅茶は能力を上げる効能を持っている。
これらはカルト宗教で言う所の「奇跡」に等しいだろう。力を授けてくれて、すぐ近くにいる。信仰対象にもってこいの存在だ。
そして、エルフは聖樹から生まれたという伝説もあるが故に、エルフにとって聖樹を信仰することは当たり前のことであり、同時に聖樹を守る戦士でもあるのだ。
そのため、子供のエルフはまず聖樹に対する信仰を教えられる。
もっとも信仰の深い親を見て勝手に同じように育っていくもので、ほぼ全員がそう育つ――――が、当然例外が生まれることもある。
「昔、私には仲のいい双子のエルフの兄弟がいたんです」
ティアは突然自分の過去について独白し始めた。何を思ってそのような話を始めたかはわからないが、その起因を作ったハクヤはただ耳を傾けることにした。
「その兄弟と私はよく遊んでいて、本を読むときは一緒に読んで、ふざけすぎて怒られることもあったけど、とにかく仲が良かった友達がいたんです」
ティアはふと駆け足に動き出したので、ハクヤはその後を追っていく。
すると、いつの間にか景色が変わっていて、短い木が碁盤の目のようにきれいに並んでいて、その間に地面から浮き出てきた巨大な根っこが見える。
その根っこの一つにティアが近づいていくとハクヤに向かって指を刺した。
「ほら、この傷。まだ聖樹様に対する信仰が浅かった時につけたんです。その兄弟がつけました」
「......この傷は?」
「本を見てつけたみたいです」
「そうか......」
ハクヤはその傷の跡を見て思わず顔をしかめる。そこにあったのはおおよそ子供がつけるには物騒な跡もといマークであったからだ。
ナイフとかで傷つけたのであろう不格好なドクロマークの頭から縦に伸びる線に、伸びた縦線の端の数センチ下に短い横線。
ドクロに突き刺さる十字架のようなそのマークの意味は「死の浄化」もしくは「生の解放」。どっちにしろ「死」という意味を表しているマークだ。
子供ならばカッコいいデザインとかで選びそうな感じでもあるかもしれないが、あまり使っていいマークではない。
なぜなら、それはハクヤがいた組織<影楼>と敵対していた組織の掲げていたマークであったからだ。
その組織は影楼によって破壊され、一部の有能な戦士が影楼に移ってきたなんてこともある。
ハクヤはその先の話を聞くのが妙に嫌になった。自分のことではないのに、なんだか自分のエレンにも隠している内情を暴かれているようで。
「このマーク、『カッコいいから』なんて理由で彫っちゃって、バレた時それはそれはとんでもなく怒られましたよ。
でも、このマークはきっとこの時からおかしくなる前兆だったのかもしれません」
「それは......どういう意味だ?」
ハクヤは聞くのが怖くなっていた。しかし、もしかしたらその存在を知っているような気がしてならないから無理にでも尋ねる。
「その子達、どちらともオッドアイなんですよ。いわゆる魔眼です。
能力は確か兄がエルフには使えない闇魔法を使えるようになる魔眼で、弟が生物にブーストをかける魔眼だったはずです。
それで、エルフにとって魔眼の子が生まれることは大変珍しいことで、それはとても重宝されました」
ティアは体の向きを変えると再び歩き出す。その後をハクヤは追って歩く。
「今のところは問題なさそうに見えるが」
「まあ、そうですね。その部分だけ拾い上げて話してますから......それで問題はここからで、その子達は本来なら疑問にすら思わないようなことを思い始めたのです」
「聖樹に対する信仰心の疑問か」
「はい、そうです。どうして聖樹様に信仰を捧げなければいけないのか、当然の疑問かもしれませんが、私達にとってはそれが理由なく当たり前のことで、まだ小さかった私には答えることが出来ませんでした」
「それは仕方ないことだ。そういう風習なのだからな」
「そう言っていただけると今でも胸が軽くなります。そして、その疑問には続きがあるんです。
その子達が思った疑問は段々と内容がエスカレートしていって、仕舞にはどうしてむやみに魔物を殺してはいけないのか、どうして長い時を生きるエルフよりも人族の方が人口が多いのかと言い始めました」
「......」
「『英知をその身に刻み続ける
ティアはおもむろに立ち止まり、下を見る。
「この子達は何かが私達と違う。そう確信した時にはいろいろと遅すぎました。気づけるチャンスはいくらでもあったし、もしかしたら戻せるんじゃないかという希望も存在していたかもしれないのに」
「......その二人は何をしたんだ」
ティアはそっとハクヤの方を見ると今にも泣きそうな目を必死に堪えた表情で告げる。
「その子達は自分の血を断ちました。血縁者全てを殺すという手段でもって」
「......」
「その子達はこう言ったのです。『俺達は選ばれた存在。この
当然、そんなことは誰も望んでいませんし、むやみな争いを起こす気もありません。ですが、その子達はやる気で、村で初めての死刑宣告がくだりました」
ティアは再び後ろを向くと重たい足取りで歩き出す。その小さな背中をハクヤは見つめる。
体がピリつくような痛さを胸の奥から感じる。気持ちがダイレクトに伝わってきたからだろうか。
「ですが、魔眼の力は凄まじく一方的な被害を出されその子達には逃げられてしまいました。
今はどうしてるのかわからないですし、知りたいとも思いません。身勝手な話ですけどね。
なので、ハクヤさん達が来たときは少しだけ安心したんです。まだ大丈夫な人がいるって」
「恐らく考え方が大人になって、むしろ人族社会の方が生きやすくなったりしたんじゃないか?」
「だといいですけど」
気休めの言葉だ。そのことをハクヤは当然理解している。しかし、ティアの苦しんでる表情を見れば言葉の一つでもかけてやりたくなる。
一体いつ頃に起きた出来事なのかはわからないが、人族より途方もなく生きるエルフにとってその苦しみはいつ心を壊してもおかしくない毒でしかない。
その毒気が少しでも抜けるのであれば、言葉ぐらいかけるのはいいことだろう.....毒?
ハクヤはふと周囲のニオイを嗅いでみる。あまり意識していなかったが、この周囲には妙なニオイが漂っている。
気が付けば、とまでの程度であるが、それによる効果が――――――あった。胸がピリつくように痛む。
「ティア、止まれ! 何かが変だ!」
「え?」
ハクヤが咄嗟に声をかけ、ティアが振り向いたその瞬間、ティアの進んでいた道から道を覆うような紫色の毒煙が迫ってきていた。
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