第七十一夜 静まらない悪
ハクヤは腰のポーチから素早く魔方陣が描かれた札を取り出すともう片方の手で短剣を作り出す。
そして、その短剣に柄に札を巻くと前方の紫色の煙――――毒煙に向かって投げた。
その短剣はティアを通り過ぎると毒煙に接触する直前で盛大に爆発した。
その爆風によって毒煙は一時的に散らすことはできたが、すぐに密度を増して再び迫ってくる。
「チッ、どうやらこの毒煙は自然発生した類じゃないみたいだな」
「聖樹様の領域で毒は無毒化されるはずです......なのにどうして......?」
ハクヤは素早くティアの前に出ると二投目、三投目の爆破短剣を投げると二人に襲い掛かる毒煙を散らした。
しかし、密度が高いせいですぐにまた迫ってきて二人を通過するのは時間の問題。
「考えるのは後だ。ティアは引け!」
そのためエルフの説得にはティアが適任だと思ったハクヤは咄嗟にティアに呼びかける。
「ハクヤさん、どうする気ですか!?」
「俺はこの元凶を止めに行く。一人で出すには明らかに過剰な毒煙だからな」
「無茶です! そもそもどうやってその中に入るつもりですか!」
「そんなのは俺一人ならばどうにでもなる。それに村にも報告して被害を最小限に抑える必要もある。
これは適当な判断だ。それとも、村の住人ともども全滅したいか?」
ハクヤはわずかに顔を後ろに向けると脅すようにギロッと睨んだ。
今のティアは想定外の事態に混乱している。このまま一緒にいたところでパニックを起こすだけだ。
こういう時の対処法は仕事を与えること。
パニック気味の人でも、一つのことに従事することぐらいはできるのでそれをさせたのだ。加えて、仕事をしているうちにパニックも収まるという理由もある。
「任せたぞ」
「......ハクヤさん、これを」
ティアは懐からネックレスを取り出すとそれをハクヤに向かって投げる。
それをキャッチしたハクヤが見てみると精霊のような小さな少女に羽が生えた模様が描かれていたペンダントであった。
「これは?」
「それは聖樹様までの道しるべがわかる魔道具です。実は本当はエルフでなくても聖樹様へと行ける方法があって、それがその方法なんです。
聖樹様の一部から作られていて、それに魔力を通せば同調して魔力のパスがわかるようになるはずです」
「そうか。ありがとう」
「ご無事で」
ティアは決して振り返らないように走り出すとハクヤは「ふぅー」と息を吐いた。
そして、両手を大きく広げると一気に胸の中心で両手を合わせる。
「止刃結界」
ハクヤは自分の背後の空中に横一直線に並ぶ剣を彼方まで作り出した。
そして、その剣は地面に刺さっていくと剣と剣の間に魔力の壁が出来、それが真っ直ぐ上にまで伸びて、半球状に広がっていく。
「それから、使わなきゃならないのが癪だが、死にたくなかったら使うしかないな。魔剣――――
ハクヤは見た目だけでもやばいとわかる短剣を取り出すとそれを右手に持ち、左腕を傷つける。
ハクヤの左腕には確かに切り傷が出ているのだが、そこからは血が一滴たりとも流れ出ない。
これがこの魔剣の最大の特徴である「吸血」だ。
この魔剣は使用者の血を吸うと同時にとある効力を発揮する。その一つが状態異常の無効化。
それによって、ハクヤは毒が無効化されたが、代わりに血もとい生命力が吸われることになったので、
つまりは時間との勝負が余儀なくされたということだ。加えて、
しかし、魔剣の中でこれだけしか現状で状態異常にかからないで使用できる剣はないので、仕方ない判断なのだ。
「やべぇ、吸われてる感覚が久々すぎてすぐにグラつきそうだな。急がねぇと」
そして、ハクヤは毒煙の中を走っていく。
毒の密度が高いせいで周囲が紫一色だ。煙の奥にわずかな木々が見えるが、あえなく毒によって枯れてしまっている。
ハクヤはその凄惨な光景に悲しく感じながら、首に下げたペンダントに左手で触れると魔力を通していく。
すると、そのペンダントが発光して魔力のパスが蛇のようにうねうねとして毒煙の奥へと続いていく。
その線の跡を追っていくと時には大きく右に曲がったり、左に旋回したりとおおよそ真っ直ぐ行っただけでは辿り着けないような道を通っている。
ハクヤは「ティアがこれを渡してなかったら死んでたな」と思いつつ、しかしどうにも曲がりくねった道ばかり進んでいくことに半信半疑で走り続ける。
すると、とある場所を通り抜けた時にやたらと密度が濃い場所に現れた。
紫色の霧とでも呼べるその場所は自分の手足でさえロクに見ることが出来ない。
ハクヤは左手だけで器用に短剣に札を括り付けるとそれらの柄にひもを括り付けて、それぞれの短剣の柄を指で挟むと投げる。
その短剣は周囲に横一直線で広がっていく。そして、一つが起爆すると連鎖爆発で他の短剣も起爆した。
それが一つの大きな爆風となって周囲にある毒煙を散らしていくとその煙で人影を見つけた。
「なんだ!?」「爆発? 敵か!?」「バカ言うな。こんな猛毒の中で俺たち以外がどうやって攻撃してくるってんだ?」
「だが、同じように無毒化する方法があるかもしれんだろ?」「それこそありえないね。あれはあのイカれ爺さんが作った特効薬さね。同じのなんてつくれやしない」「だったら今のはなんだ?」
明らかにエルフではない声が聞こえてくる。加えて、「イカれ爺さん」と言っていた。その言葉でピンと来るのは同じ組織の人間だけだ。
「数は六人、か......容易いな」
ハクヤは首や肩を軽く回して軽く息を吸うと瞳を凍てつかせた。
そして、空気に溶けていくように存在を消しながら毒煙の中を歩いていく。
そして、相手の気配を探りながら一人の男の背後に立った。褐色肌で耳は丸く、髪色は赤い。やはり魔族のようだ。
「さあ、魔剣よ――――食事の時間だ」
ハクヤは右手の魔剣を男の首に掲げ、左手で素早く口を押えた。そして、有無を言わさずにその首を掻き切る。
しかし、頸動脈を切られたというのに一滴たりとも血は出ずにその男は干からびて死んだ。
これが
吸血はなにしろ使用者だけではない。他者の血を吸うことで初めて成立する。
というのも、他者の血を吸っている限りその魔剣は使用者の血を吸わなくなるのだ。そして、一定以上はストックされる。
よって、血を吸われて死にたくなければ人の血を吸わせる――――つまりは殺し続けなければいけない。これが魔剣の名にある“悪魔”たる所以だ。
もっとも手から離せば効果はなくなるのだが、問題は血を魔剣に吸わせすぎると使用者の人格に影響を与えてくるので、大抵使用者は数人殺しただけで
とはいえ、逆に元から異常者であればその効果による影響は少ないともいえる。故に、ハクヤにとってはとっくの昔に“手遅れ”になっているので問題ないのだ。
ハクヤは干からびた男の背中を蹴り飛ばして一旦その場から消えるように離脱する。
「グラバ!?」「な、なんだこれは! 何が起きてる!?」「やっぱり襲撃されてるじゃねぇか!」
「だとしたら何者なんだよ!? 魔物はおろか他の種族にも耐えられないはず――――」
「おい、ランドリュー? 急に話を止めるなよ! ランドリュー! ふざけるのもいい加減にしろ!」
「どういうわけかお前らにはこの視界の中、仲間が確認できるようだな」
「誰だ! 今の刃確実に俺達じゃない声だった!」「人の声よ! ありえない! 私達以外でこの中で生きていられるなんて!」
「くそ、一旦動作を停止さ―――」「ガルスト! ま、まさか!?」
「どういう目的かはお前ら一人に聞けばいい。さて、誰が死にたい?」
「ふざけるのも大概にしろ!」「いや、嫌あああああ!」「落ち着け、リドリー。俺がここにいる。敵は一人の相手に闇討ちしている。互いに視界を補えば大丈夫なはずだ」
「クーランは? クーランはどこ?」「確かに、クーランもすぐ近くで作業していた......はず」
「さて、尋問を始めよう」
「何言ってやがる! お前こそ、ただで済むと思ってるのか! リドリー、二人で周囲に向かって魔法を放つぞ! アレはそう簡単に壊れは......おい、リドリー? 返事をしろ! リドリー」
「お前らの目的はなんだ?」
「う......そだろ......嘘だといってくれよ! リドリー、おい! 血も出てないのに心音がしない......これはなんの冗談だ!」
「目的はなんだ?」
「クソ、クソクソクソ! 殺せよ! 俺もあいつらと同じように――――があああ! 手があああああ!」
「左手の次は右手だ。その次は左足、そして右足―――――」
「わかった。話す......わけねぇだろ――――うがっ!?」
「奥歯に自害用の毒を仕込むのはお前らの常套手段だ。言っておくが、俺はお前よりも遥かにお前の組織のことを知ってるぞ」
「うぐっ......げほっげほっ、わかった話す。話すからもうやめてくれ......俺達はエルフ及び聖樹を殺すよう指示されただけだ。それ以外は何も聞いてない。本当だ!」
「なら、安らかに逝け」
そう告げてハクヤは座り込む男の首を掻き切った。
しかし、情報を聞き出したハクヤの目は虚空を見つめたように感情がハッキリしていなかった。
それはもう二度と戻りたくない過去の最悪の自分に返り咲いているような気がするからだ。
圧倒的な
そんな自分の嫌な部分ばかりが目に付くからこそ、自分という存在に誰も“本当の意味”で近づけさせたくないのだ。
決して埋まることのない心に穴が空いた感覚。エレンを育てることで満たされていたような気分になっていたが、実際はどこまでもただ空いた穴がそのままになっているだけだ。
「さて、それじゃあ。お前らの言うアレを破壊するとしますか」
ハクヤは短くため息を吐くと殺意を毒煙を吐き出す存在へと向けた。
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