第五十五夜 実力の差

 ミュエルがダンジョンにてエレン達の救出に成功したその一方で、地上ではハクヤとリュートの戦いが行われていた。


湧き出る火炎ノックストラディ


 リュートは接近してくるハクヤに対して、後ろに下がりながら炎の剣を波打つように地面に引きずらせる。

 すると、その剣によって焦げ付いた地面の線から一つに伸びる火炎のヴェールが出来上がる。


 しかし、ハクヤはそれを水を纏ったサーベルの剣を横薙ぎに振るって消火とともに蹴散らしていく。


「焼き斬れろ!」


「難しい相談だな」


 その瞬間、ハクヤが斬ったヴェールの下から身を小さくしたリュートが隠れていた。

 そして、リュートは足をバネのように使うと飛び出し、下段に構えていた炎の剣を斬り上げた。


 しかし、それはハクヤに読まれていたようにサーベルを横に向けられて防がれる。

 そして、すぐさまハクヤががら空きの腹部に蹴りを入れるが、身を捻って回転したリュートが避け、さらにその回転を活かして横薙ぎに振るった。


 炎の剣の熱が数十センチほどしかない距離でメラメラと燃えている。触れていなくても火傷しそうな熱量だ。その攻撃がハクヤの側頭部を狙う。


 ハクヤは素早いリュートの反撃に対応するように身を低くしてその攻撃を頭スレスレで躱すと左手を掌底の形に変えた。


「センゴク流古武術――――破刻」


「がはっ!」


 ハクヤの掌底がリュートの腹部に触れた瞬間、銃の引き金を引くようにカチッと掌底を90度回転させた。


 その直後、リュートの腹部に防御不可避のゼロ距離衝撃波が放たれた。

 そして、その衝撃波の勢いでリュートの体は吹き飛び、さらに掌底の捻りも合わさってきりもみ状態で背後の家に叩きつけられた。


 リュートの姿は家の壁を突き破り、崩れたがれきの砂煙の奥へと消えていく。

 その光景を冷めた目で見つめながらハクヤは告げる。


「さっさと来いよ。もう終わりじゃないよな?」


「うるさいっ!」


 ハクヤの声に返答したかと思うと家そのものを吹き飛ばす炎の奔流を撃ち出してきた。

 ハクヤはそれにサーベルを向けて相殺させるように水の奔流を撃ち出していく。

 二つの激しい奔流は直撃するとすぐに激しく反応して、辺りを真っ白い霧で満たした。


 その霧の中では数メートルと相手の距離が見えない。戦うにしては圧倒的に悪くて、先に居場所が割れれば後は攻められるのみ。


 しかし、ハクヤはそのリスクを承知であえてこの状況を作り出したのだ。


 ハクヤはどこかにいるであろうリュートに向かって話しかける。


「なあ、俺達は闇の住人だ。なんせ暗殺者なんだからそりゃそうだろって話だろうけどな。それで、同じ暗殺者であれば基本的なことは知ってるよな」


 ハクヤはその場から動かず僅かに視線を左右に動かすだけ。


「まず暗殺者は忍び、気配を断ち、殺気をも絶つ。持たせるのは一振りにかけた刃のみで構わない」


 ハクヤはおもむろにサーベルを持っていない左手を地面につけると反対に右足を振り上げた。


「お前、殺気立てすぎ」


「ぐふっ」


 その瞬間、ハクヤの背中の上を炎の剣が通り過ぎ、振り上げた右脚の踵がリュートの顎をかち上げる。

 そして、空中で死に体のリュートに立ち上がって左足で回し蹴り。


 ハクヤは不意打ちし放題この濃霧の中で、リュートの位置及び攻撃方法を察知して避けたのだ。

 加えて、リュートが漏らしていた殺気というのも、一般人は当然の如く、プロの暗殺者でも背後に回られたことに気付かないほどだ。


 しかし、ハクヤは気づいた。そしてそれによって、リュートは再び濃霧の向こう側へ消えていくが、ハクヤは追うこともしないで言葉を続ける。


「次、暗殺者と言えば当然ながら暗器を持っている。そして、その暗器をいかに使わせないかが基本的な暗殺者との戦い方だ」


 ハクヤはサーベルを逆手に持つと左手をサーベルの柄に添える。


「その戦い方は暗殺者の単純な戦闘能力が冒険者に劣るからということでもある。だからまあ、なんだろうけどな」


 リュートは音もたてずに忍び寄る。攻撃を仕掛けた場所はハクヤの真上。

 先ほどハクヤがベラベラとしゃべっていたように殺気の使い方を工夫した。そして、そのことにハクヤも気付いていない。


 リュートはほくそ笑む。自分の強さを奢って敵に塩を送るような真似をして強者気取りになっていたのだろう。

 そして、その驕りによってハクヤこいつは死ぬ。


 しかし、そのリュートの笑みはすぐに消えるようなことが起こった。

 それはハクヤがサーベルをおもむろに自身の体の方へ向けるとそのまま自分の胴体を貫いたのだ。


 そのあまりの衝撃的な行動に一瞬思考が停止する。淡々と強者の余裕を見せながら自害? ありえない。

 リュートはそう考えなおすとすぐにこれが“罠である”とわかった。


 すると、リュートの思考を肯定するようにハクヤの体がだんだん水っぽくなっていく。ハクヤだけではない。剣もそうだ。


 そして、そのハクヤだったものは完全な水となって地面にビチャッと広がっていく。


水幻影アクアリウム。お前は実に安直で助かる」


「がぁっ!」


 リュートが狙おうとしていたハクヤの姿は既になく、声が聞こえた方向に顔を向ければ自分の上。

 そして、リュートは背中を思いっきり斬りつけられて地面に叩きつけられる。


 そのままハクヤが地面に向かって足を伸ばし、リュートの顔を向けるがその攻撃はリュートが地面に転がることで避けられた。


「さっきどうして暗器の話をしたと思う?」


「はあはあ......今のようなことを仕込んでるからって言いたいから?」


「そうとも言うが、それじゃあ答えとしては不十分だ。俺が言いたいことは、もう俺のような暗殺者は体そのものが暗器だ」


 そう言うとハクヤは何も持っていないの左手を向ける。そして、少して首を捻るとまるでマジシャンのように指に挟んだ3つの針を取り出した。

 それをリュートに向かって投げる。


 リュートはそれを掠ることすら危ないと判断し、咄嗟に頭を傾けて避ける。


「その判断は正しい。だが、お前は今やってはいけないことをした」


 その瞬間、リュートは思わずゾクッと背筋に寒気が入った。なぜなら、もう自分の後ろにハクヤがいるからだ。


「お前は暗殺者から視線を逸らした」


「うるさいっ!」


 リュートはおもむろに炎の剣を背後に横薙ぎに振るった。その顔にはもう戦いを始めた頃の余裕など見られない。


 それはリュートにとって計算外、いや想定が甘すぎたからだ。

 リュートはハクヤと戦う前に同じ組織の人間からハクヤの情報を聞いていた。様々な武器を使うだとか、どんな体勢でも攻撃をしてくるとか。


 しかし実際はどうかと問われれば、魔剣の一つしか使ってこないし、反撃はあるものの普通に避けられる攻撃を避けて攻撃しかしてこない。


 これだけならば、別にリュートが勝てない条件を提示されたわけじゃない。

 だが、この行動を“していない”だけだとすれば?


 リュートの想定はたとえ強かろうと“神”の称号がつくものであろうと結局は組織から逃げた人間。自分が圧倒的な優位となって面白くおかしく殺してるはずだった。


 しかし、現状立場は逆。加えて、長ったらしく説教みたいな初めて暗殺者になるような教えを諭されている。舐められているとしか思えない。


「......っ!」


「ようやく気付いたみたいだな。俺がどうしてこんなにもしゃべっているのか」


 ハクヤの声がまた背後から聞こえる。すぐさま振り向くとサーベルを肩に担いだハクヤがいた。

 そして、ハクヤは言葉を続ける。


「本来、暗殺者が長ったらしく話すことはない。余計な秘密を漏らす恐れがあるからな。だからこそわかるだろ? 本来しゃべる必要のないことをこんなにもしゃべってるってことを」


「ぼ、僕が......お前より弱いって言いたいのか!?」


「現にそうだろ」


 そうハクヤがこれまでずっと無駄に話しかけていたのはリュートに圧倒的な差があると知らしめるため。


 相手が強者であるほど、大抵人は委縮する。駆け引きが通用しない相手なら未だしも、リュートの場合はずっと自分を強者だと思っていたからこそ、自分より強い強者を知らない。


 8人の殺戮者達エイトジェノサイダーズの場合は互いに干渉しないことが条件であった。それは組織として動かなくなるため。


 そのためリュートは自分より明らかに強そうな人達がいても、戦ってみたいと思うだけでずっと自分の強者としての余裕が維持されただけだった。


 しかし、そのメンバーの一人がターゲットとなって戦えることを知り、そのことにリュートは歓喜した。そう、自分を


 そして、いざ戦ってみれば、このざま。最初こそ剣で撃ち合って見せたが、恐らくその時点で自分の実力を測られて今やこんなゾンザイな扱いを受けている。


 それ故に、プライドが高い、自己評価の高い人間がその根底まで覆され、叩きのめされたときどうなるか。

 そんなことは張るか昔からわかりきっている。逆上いかりだ。


「そんなわけがない。僕は......僕は強いんだあああああああ!」


 リュートは叫ぶと同時に全身を炎で包み込んだ。その瞬間、膨大な熱量によって霧が晴れていく。

 リュートを中心に火柱が空を昇り、空を焼き焦がす勢いで燃え盛る。


 やがてその炎はリュートの体を焦がし始め、それでもリュートは構わずに熱量を上げていく。


「僕はお前より強い!」


 リュートは頭上に両手を掲げるとまるで剣の柄を掴むように手の形を変えた。

 そして、その両腕を目の前のハクヤに向かって振り下ろす。


煉獄の炎剣クリムゾン


 メラメラと燃え盛る炎は尾を引きながら、100メートル以上ありそうな刃渡りの大剣でハクヤを襲う。

 ハクヤを仕留めるだけならば明らかなオーバーキルだ。しかし、逆に言えばそれほどまでに精神的に追い詰められたということ。


 “王”と“神”では天と地ほどの差があると知らしめられたということ。


「複製―――流水剣」


「なっ!?」


 ハクヤは右手のサーベルに左手を這わせて、根元から刃先まで動かしていく。

 その瞬間、ハクヤの両肩の少し上ぐらいの空中からハクヤが手にしている魔剣と全く同じ剣が出現した。


 そして、その剣からは水で刀身が伸びており、その2つの剣がクロスするようにしてハクヤの頭上で攻撃を止めた。


 ハクヤの頭上からジュウゥゥゥと水が水蒸気へと変わっていく音が響く。だが、響いて湯気が出るだけでハクヤには届いていない。


 それから、ハクヤは右手のサーベルを無防備のリュートに向けると告げた。


「最後に、暗殺者はいかなる状況においても最低限の冷静さを欠いてはならない。お前の怒りなどもってのほかだ。

 つまるところ、お前は暗殺者として不適格。ただ魔法に奢ったただの子供だ。来世で少しはマシな生き方をするんだな」


 そして、ハクヤのサーベルはリュートを貫いた。

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