第四十三夜 凶悪の登場

「くっそー! 悔しいー!」


「まさかあそこで増援が来るなんてね」


「今度はアンデッド対策しないとダメそうね。道は厳しいわ」


「それにエレンさんだけに負担をかけ過ぎですからね」


「となると、各自で対アンデッド用の何かを持っていた方が良いっすね」


 とある宿場の大きめのテーブルで男女5人の姿があった。

 それは当然、ウィル、エレン、ベルネ、メニカ、ボードンの5人であり、先ほどまでいたダンジョンでの祝勝会兼反省会という両極端なことをしていた。


 祝勝会というのは無事に15階層のボスを倒して次の階層に行けたこと。

 そして、反省会というのは15階層以降の27階層でのアンデッドの集団に敗走してきたからだ。


 もとより最初は15階層を突破する前提で動いていたので、思ったよりもあっさりボスを倒せて様子見がてらに下の階層を覗いてみれば、アンデッドがたくさんいて対策も何もなく逃げてきたというところだ。


 なので、仕方ないといえば仕方ないのだが、15階層を突破して浮足立っていたところを地に足つけろと言われ見たいで、その落差のせいでいつもよりダメージが大きい。


 そもそも15階層で何度も敗走してきたウィル達にとって一度の敗走などもはや気にすることでもないのだが、先ほどの理由とあとボスじゃないところでというのが大きいらしい。


 とはいえ、先に進めるようになったこと自体は事実なので、そこについては喜んでもいいだろう。

 ということで、エレンは気分を帰るように果実ジュースの入った木製ジョッキを持って掲げる。


「まあまあ、今はそこまで行けたことを喜ぼうよ。15階層を突破して未知の階層に足を踏み入れたことに対してさ。

 私も27階層がああなってるなんて知らなかったんだから。知れたことは知らなかったことよりはるかに喜べることだと思うよ。だって、これで攻略の糸口が見えたんだから」


「そうね。15階層でくよくよしてた私達がこんな所で一度敗走したぐらいで嘆くのはおかしいよね」


「それに今は食事の場。どうせなら美味しく食べたいですしね」


「うし、今日はとにかく飲むぞ! そして、次で攻略じゃい!」


「その息っす!」


 エレン以外の全員もその手にジョッキを持つとそれを掲げた。

 そして、エレンが「かんぱーい」というとそれに合わせてジョッキを突き合わせる。


*****


「嫌、やめて......!」


「やめてって何? 別に俺達は酷いこと何もしてないけど? それに誘ってついてきたのそっちじゃん。それって犯してもいいってことだよね?」


 肩まで伸びた長い金髪に質のいいプレートメイルを着ている男―――――カルロスは夜より深い路地裏の闇で、一人の女性の頭を壁に押し付けていた。


 辺りが暗くなった午後7時頃。どこもそこも宿屋でバカ騒ぎが始まって周囲の音に全く注意が向かなくなる。

 その時間こその闇に生きる者にとってはもっとも動きやすいゴールデンタイム。

 そして、カルロスは先ほど引っかけてきた女を今にも犯そうとしている。


 女性は壁に胴体をくっつけるようにしながら、お尻を突き出すような体勢でいる、否、いさせられている。

 これから、何が起こるかなんて想像にもしたくない。

 しかし、ありありと想像できてしまう。なんせ、カルロスはごく当たり前のように言葉を告げているから。


 カルロスの両脇には赤髪の男と青髪の男がそれぞれ立っていた。

 赤髪の男が路地から通りにかけてを見張っていて、青髪の男が女性の首元に短剣を押し付けている。

 すると、赤髪の男が告げた。


「なあ、もちろんここは公平を取ってジャンケンだよな?」


「何言ってんだヒュージ? こいつ見つけてきたの俺だろ? だったら、俺が一番に決まってんじゃねぇか」


「そういって、カルロスは前に俺の獲物横取りしてたよな」


「うるせぇジェイル! そんな昔のこと掘り返すんじゃねぇよ」


 蒼髪の男ジェイルは壁に寄り掛かりながら、カルロスの暴言にため息を吐く。

 そして、ジェイルがチラッとヒュージを見るとヒュージは両手を軽く掲げ、「お手上げ」みたいなポーズをしていた。


「んじゃ、奴隷商との細かい話は後だ。今はすっげーイライラしてるから、さっさと犯しちまおう」


「嫌......嫌!」


「ジェイル、口うるせぇから縛れ」


「はいはい」


「手伝おう」


 ジェイルはさっと布を取り出すと手伝いに来たヒュージが女性の髪を掴んで頭を引っ張り起こす。

 そして、さっとジェイルが女性の口に布を当てて縛り上げる。簡易猿ぐつわみたいなものだ。

 それが出来ると「後はお好きに」と言った感じでジェイルはカルロスにナイフを渡す。


「うぅっ......うっう!」


「何? 犯されたくてウズウズしてる感じ? 待ってろって今すぐに気持ちよくしてやるから。

 やっぱり俺は服の上から触るより直に触る方が悦なんだよな。ぶっちゃけそっちの方が反応いいし」


 カルロスは女性の服に手をかけるとナイフを下に引いてスーッと切り裂いていく。

 それによって、女性の服は背中からぱっくり開き、白い柔肌が露出する。

 それにカルロスは思わず興奮して自分の恥部を女性に押し付ける。


「うぅうっ、うっうぅう!」


「おいおい、そんな興奮すんなって。二人とも手を抑えてくれ」


 女性が何とか抵抗しようと暴れるものの頭はカルロスに押さえつけられ、両手はジェイルとヒュージにそれぞれ押さえつけられてしまった。


 もはや絶望的な状況を女性が襲う。

 恐怖で足がすくみ、目からは麻痺したように涙を逃し始めた。

 必死に目をつぶろうともまぶたの裏でカルロスの顔がチラついて離れない。

 どうしてこんな目に自分が合うのかそう考えても答えなんか出てこない。

 強いていうなら、無警戒についていった自分の愚かさか。


 腰が掴まれてる感覚を感じる。そして、スカートをたくし上げられ、下着に手をかけられた。

 もはやチェックメイトに等しい。

 女性は絶望に飲み込まれるかのように力を抜いて無気力になっていった。


「お? ようやく自分の立場を利用して諦めてくれたかな?

 安心しろって。お前はむしろ幸福なんだぞ? 本来味わえない快楽を3人から得られるってんだからな。

 よく言うじゃん? こういう事するって“女の喜び”だって。もっとも好きな男でもないけど、イケメンなら問題ないでしょ」


「......」


「反応ねぇな」


「まあ、犯してるうちに反応良くなる奴いたしそっちタイプだろ」


「んじゃ、一番乗りいっただきま―――――――」


「―――――随分とヘイト溜めそうなことやってんなお前ら」


「「「!?」」」


 カルロスは今にも挿入しようとしたその瞬間、どこからともなく声が聞こえてきた。

 ヒュージとジェイルは咄嗟に周囲を確認する。

 しかし、路地裏からも通りからも姿は見えない。


 せっかくのお楽しみを邪魔されたカルロスは溜まりにたまったイラ立ちをぶつけようと再び、挿入しようとする。


「お前、バカだろ?」


 しかし、やはり入れる前にカルロスの首元に何かが巻きつけられた。

 カルロスはそのきつく細く締まる何かを感覚的に理解した。これは糸であると。

 そして、カルロスは咄嗟に叫んだ。


「二人とも糸を切れ!」


「いや、無理だ」


「もう既に俺達も同じ状況だからな」


 呼びかけに反応したジェイルとヒュージであったが、その二人の首元にも月明かりに僅かに光る白い糸がが絡まっている。

 そして、その糸は一つの方向に伸びていた。それは真上だ。


「標的を絶対に襲えるタイミングって何か知ってるか?

 相手が寝ている時、相手が自分の標的を仕留めた時、そして盛ってる時だ」


「誰だ、お前は?」


「お前らのようなクソ野郎を許さない死神ってところだな」


 全身に闇を纏ったような黒い装備に白髪の男―――――ハクヤは呆れた表情で下にいるカルロス達を眺めていた。

 そして、下に落ちると同時に女性からカルロスを蹴飛ばして離す。


「大丈夫かい?」


「......はい」


ハクヤが布を外して尋ねると女性はややボーっとした表情で小さい声で答えた。

 一先ず、ハクヤは着ていたコートを女性に掛けると「そばから離れないように」と告げて、カルロス達を見る。


「たまたま巡回中に来てみればこんなアホみたいなやつら初めて見た。

 あんな状況で普通入れようと行動しないだろ。盛り過ぎだろ。そんなにヤりたいなら娼婦でも抱けばいいのに」


「うるせぇ! 俺は女が無力に絶望した顔を見ながら犯すのが好きなんだよ! お前にそれを否定される言われわねぇ!」


「いや、確かにねぇけど。気持ち悪いな、お前」


 ハクヤは隠すこともせずストレートに言ってのける。

 しかし、こんな行動をしてもカルロス達に反撃されないのは生殺与奪の権をどちらが持っているかわかりきっているからだ。


 そして、ハクヤは糸をもった右手を掲げる。


「お前らのような存在がいたんじゃおちおち安心して眠れやしねぇ。だから、先に寝ててくれよ......一生な」


「ま、待て―――――!」


「―――――!」


 カルロスが叫んだ瞬間、周囲を一瞬にして昼間に照らすような燃え盛る炎が真上から路地裏に張り込んできた。


 ハクヤは咄嗟に女性を抱えるとその場から離脱していく。

 しかし、ハクヤが張っていた糸はその炎によって焼き切られてしまった。

 あまりの突然の出来事にハクヤ自身も驚いている。

 なぜなら、全く気配がしなかったからだ。


 だが、ハクヤはそんなことを出来る人間が少なくとも数人は出来ることは知っている。

 それも自分の探知能力から逃れるほどの技能を持つ人間を。

 ハクヤは迎撃も考えたが、抱えてる女性を第一に考えその場から姿を消した。


 その一方で、ハクヤと同じように驚いていたのはカルロス達も同じであった。

 てっきり死んだと思った炎の攻撃は絶妙に自分達を避けて、ハクヤに向かって言ったのだから。

 そのせいでハクヤがいた側の家は炎で包まれていて、この場に留まっていれば今にも頃焦げになりそうだ。


 カルロスは身なりを整えながら急いで路地から通りへと出る。

 すると、同じ路地から赤髪の少年が出てきた。

 少年は両手をコートのポケットに突っ込んでいるが、その右腕は炎で燃えている。

 にもかかわらず、服などに一切燃え移っていない。


「お前なのか? 助けてくれたのは?」


「ま、そうだね」


 カルロスの質問に少年は軽快に答える。そして、続けて告げた。


「僕はリュート。これから、君達に依頼を出すご主人様だ。よろしくね―――――下僕君達」

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