第三十夜 白狼の王とゴブリンの王#1

 ハクヤは白狼のもとへとやってくると周りの戦況を見ながら声をかけた。


「どうだ? 調子は。苦戦していたようだが」


「バカにするな。我らがゴブリン如きに後れを取ることなどない......と、言いたいところだが、正直助かっている。

 あのゴブリンジャイアントが中々の厄介だったが、見てみろ。

 王の雲行きが怪しくなっておるぞ?」


 そう言って白狼が見つめる視線の先には一体だけ重装備に身を包んだゴブリンロードの姿があった。


 そのゴブリンロードは未だに静観の姿勢だが、その顔には先ほどまで見せていた醜悪な笑みとは違う焦りの表情が浮かんでいた。


 つまり、ハクヤ一人に最大戦力ともいえるゴブリンジャイアントが全部潰されたからの表情である。


 戦況を有利に進めてゴブリンロード本人は高みの見物としゃれこもうとしたのだろう。

 しかし、それはハクヤによってものの見事に破綻した。


 もはや戦況は盤上がひっくり返ったにも等しい。

 攻めるどころか攻められているのだから。


 するとその時、ゴブリンロードは地面に突き刺した剣を引き抜き、右手に持って高らかに上げた。


「オレに集え! 武士もののふどもよ! この戦況を敵の鮮血で鮮やかに染め直してやれ!」


「「「「「グギャアアアァァァァ!」」」」」


 ゴブリンロードの淀みのない声色の宣言。

 しゃべっているのは知能が高い故か。


 そして、その宣言は敵に臆していないという証明でもあり、生き残っているゴブリンに自分がいる限り負けないと伝えるため。


 その声に呼応するように未だに多く残るゴブリンは武器を付きあげて声を上げた。

 ただの言葉にゴブリンの士気が高まっていく。


「我々は死ぬることはない!

 たとえ仲間が死のうともその魂は再び我々の下へ集う!

 生意気な面をした人間を殺せ!

 そして、若い女は全て我らが種の供物とするのだ!」


 ゴブリンロードは剣を真っ直ぐ振り下ろした。

 そして、その剣先を正面にいる白狼に向ける。


 その動きと同時に死に対して恐怖心が無くなったのか、まさに死ぬ気の特攻が始まった。

 引け腰のゴブリンは一体も存在せず、後方にいるゴブリンウィザードまで突っ込んでいく始末。


 王の一言によってゴブリンの兵士には死の概念というものが拭い去っていったのだ。

 これがゴブリンロードの力。

 たった少しの発言で同胞を死兵へと変えてしまう。


「エレン、ミュエル! 相手の動きに警戒しろ!

 絶対に近くに近づけさせるな! 捕まったら終わりだぞ!」


「なら、お主も助太刀に行ってやれ」


 ハクヤの言葉に白狼が返答する。

 目線はハクヤに向けることなく、牙を剥き出しにして喉を低く鳴らしている。


「前にも伝えたであろう。あの魔物は我が倒すと。

 なら、お主にやれることは我をあの魔物と一騎打ちにさせること。

 つまりは周りのザコどもの殲滅だ。

 もうゴブリンジャイアントの脅威がなくなった今、いくらでもフォローに回れるだろう」


「わかった。死ぬなよ、待ってる人がいるんだからな」


「我を誰と思っている? 白狼の王ぞ。行け!」


 ハクヤが白狼に背を向けて走り出すと白狼は正面のゴブリンロードに警戒心を高めた。

 互いに一歩も譲らない。


「ゴブリンの王よ。これまでは随分と好き勝手やってくれたじゃないか。

 もちろん、それが獣の定めとしても、割り切れるかどうかは別の話。

 我は大人にはなりきれんようだからな、ここでお主の首を狩る」


「ほざけ、犬っころ。

 所詮、矮小な人間に飼いならされただけの存在が偉そうなことを言うではない。

 そちらに強き人間を味方につけようとたかが人間。

 生まれた時から力が歴然としているオレに勝てる相手ではない」


「その人間に盤上をひっくり返されたのはどっちだ?」


「黙れ!」


 その瞬間、一際大きな爆発音が轟いた。

 ハクヤかエレン、はたまたミュエルかわからないが、その爆発音はスタートラインに立った選手を雷管の発砲音で走り出させるように2体を突き動かした。


 白狼は右手の鋭い爪を剥き出しにして、対するゴブリンロードは両手で剣を振りかぶると中央で互いの爪と剣を混じり合わせた。


 強靭な爪と光沢を見せる鋭さを持った刃はジリジリと互いを弾くように拮抗して、オレンジ色の火花が僅かに舞う。


「ふんっ!」


 しかし、その勝敗は地に着く足の数で決まった。そ

 れは単純にゴブリンが二本足で踏ん張っているのに対して、白狼は三本の足で。


 その分の踏ん張りの違いで力では若干勝っていたゴブリンロードであっても、僅かな体勢のずれで吹き飛ばされた。


 だが、すぐに剣を地面に突き立てて勢いを殺していくと左手で地面を引っ掻いて握った。

 そして、再び突っ込んでいく。


 ゴブリンロードは白狼に肉薄すると右手に持った剣を振りかぶり、攻撃しようと見せかけつつ、左手の握っていた土を白狼に振るった。


「小癪な―――――ぐっ!」


 白狼は顔面に土をぶつけられてすぐに後方に下がろうとしたが、ゴブリンロードの袈裟切りに振り下ろした刃が僅かに首を掠める。


 白狼の斬られた個所は白い毛から紅い毛に変わっていき、出血したことがすぐにうかがえた。


「小癪で結構。結局、獣ならば生きるが勝ちって言葉はわかるよな!」


「ふんっ、知ったような口を。

 所詮、我より生きていない小童の分際で!」


「ぐるぁっ!」


 白狼が迫ってきたタイミングで横に転がって避け、武器を構えたゴブリンロードであったが、その動きを読んでいたように白狼が両後ろ足を地面から浮かせていた。


 そして、強靭な後ろ足の脚力でゴブリンロードの胴体に打ち込んでいく。


 刹那とも言える短さの時間で与えられた重さと衝撃は2メートルほどのゴブリンロードのガタイなど容易に吹き飛ばしていく。


 そのまま吹き飛ばされたゴブリンロードは背後にあった木に直撃して、そのままその木をへし折るとともに止まった。


 そして、「ごふっ」と無理やり息を吐く出すと一緒に口から血も飛び出してくる。

 どうやら内臓がやられたようだ。


 ゴブリンロードは剣を支えにして立ちあがると重装備の腰に付けていた小袋から一つのカプセルのようなものを取り出した。


 その明らかに怪し気な雰囲気満々のそれに対して白狼は思わず尋ねる。


「なんだそれは?」


「オレよりも強い相手と戦った時の保険さ。

 主が与えてくれたものだ。

 ついていけるが単純な速さだとお前に負け、力でもお前とほぼ競っている。

 そんな相手に勝つには一つしかない。ドーピングだ」


 ゴブリンロードがそれを使うとはいよいよ追い込まれているということだろう。

 そして、ゴブリンロードがそれを飲み込んだ瞬間、「うっ」と胸を抑えた。


 嫌な予感をした白狼はそんな急激に強くなることを許すはずがない。

 ゴブリンロードが体の変化に苦しんでいる間に勝負を決めようと特攻した。


「邪魔するな!」


「がっ!」


 しかし、ゴブリンロードの急激に太く長くなった右腕に振り払われて、予想外の距離からの攻撃に白狼は吹き飛ばされた。


 その間にもゴブリンロードの体は目まぐるしく変化を起こしていき、体はボコッボコッと所々急激な膨張を繰り返し、体の大きさは3メートル程にもなっていく。


 重装備はその大きさに耐えきれず破壊していくが、その重装備が必要ないほど変化を終えたゴブリンロードの雰囲気は先ほどよりも重々しかった。


 肉体はまるで鋼のような僅かな光沢をもち、隆起した腕の筋肉、胸板、腹筋はまるで最強の矛と盾を兼ね合わせたようだ。


 まるでアメコミの超人ハルクのような容姿へと変化したゴブリンロードはその場から一気に跳躍。


 ヒューッと風を切るような音を立てながら少し短くなった剣を巨大な腕で白狼に振り下ろす。


「センゴク流古武術―――――牙脚!」


白熱球ホワイトボール5連射!」


飲み込む氷の波コールドウェーブ


 その瞬間、そのゴブリンロードに向かってまるで迫りくる大波のように地面から伸びてきた氷がゴブリンロードの下半身を捕え、そこに白い輝きの魔力弾が五発直撃し、その刹那に黒い影が鋭く突き出した足をゴブリンロードの顔面に直撃させた。


 それによって、ゴブリンロードは横に吹き飛ばされていく。


 ゴブリンロードを攻撃したのももちろんザコ処理を担っていたハクヤ、エレン、ミュエルだ。

 さすがに三人もあのゴブリンロードの姿には見過ごすことが出来なかったのだろう。


 ハクヤ達は白狼に近づいていくと安否を尋ねた。


「大丈夫か?」


「ああ、問題ない。それと助かった。それよりも他のザコどもはどうした?」


「お前の仲間が任せてくれるみたいだ。お前らもあっちに行けってさ」


 ハクヤがそう目線を向けた先に白狼も向けると何体ものキラーファングが集団で機動力を活かしてゴブリン死兵と戦っていた。


 その数はゴブリン達よりも少ない。

 そのことに白狼は「だいぶ命を散らせてしまったな」と少しだけ嘆いた。


 すると、それに対してエレンが答える。


「あの子達も覚悟を決めてついてきたんだと思う。

 だから、その思いを無駄にさせないように私達はあのゴブリンロードを倒そう」


「......ふんっ、散々迷っていた小娘が生意気な口を。だが、その通りだな。

 我は王として散っていった仲間の命の一片たりとも無駄にはしない」


 そう言って白狼が立ち上がると同時に森の木々を薙ぎ払いながら、もはや自我も残っているか怪しいゴブリンロードが悠然と歩いてくる。


「グガアァ、ガアァ」


「もはや言語能力も残っていないみたいだな。あれでは獣以下だ」


「だが、強いぞ。さっきの攻撃があまり聞いていない様子だ」


「恐らく表皮が固い。何を使ったかわからないけど、魔物をこれだけにできるなんてとんだクレイジー野郎ね。

 もっとも心当たりがあるのが嫌なんだけど」


「ともかく、あの魔物は殺さないと私達も死んじゃうよ」


「ああ、その通りだ」


 白狼、ハクヤ達はすぐさま戦闘が始められるように武器を構えた。

 しかし、その時聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「レナント! やっぱりレナントなんだね!?」


「母さん! ここは危険だから戻って!」


 ハクヤ達がいる場所から丁度反対側に現れたのはライユとその息子コークであった。


 ここは森のそれなりに深くにあるので簡単には近づけないのだが、恐らく救難信号として吠えた声を聞きつけて向かってきたのだろう。


 その声、そして言葉と人物に白狼は思わず目を見開く。

 どうしてこんな所に来ているのか、と。


 その時、ゴブリンロードは目障りと思ったのか手に持っていた剣をライユに向かって投げた。


 白狼はいち早くに動き出す。


「危ない―――――ぐあっ!」


「レナント!」


 白狼はライユの射線上に入るとその剣を全身でもって受け止めた。

 しかし、その剣は柄の根まで深く刃が刺さり、白狼の横っ腹を血濡れた赤に染めていった。


 そして、白狼はその衝撃と痛みに耐えきれないように地面に倒れた。

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