第三十一夜 白狼の王とゴブリンの王#2

「レナント!」


 ライユは目の前で剣が刺さったまま倒れ伏す白狼に近づいた。

 意識を保たせるように必死に声をかけるライユ。

 しかし、それに対してただ痛みに堪える様子があるだけで、何も答えない。


「グガアアア!」


「この野郎......!」


 ハクヤは白狼が傷ついたことにイラ立ちを見せた。

 今のゴブリンロードの攻撃はライユとコークが邪魔というより、白狼にまともな攻撃を当てるための手段と見えた。


 素早さではどうにも勝てないゴブリンロードが勝つ方法は一つしかない。

 避けられない、否、避けてはいけない攻撃をすることだ。


 もっと簡単に言えば人質を用意して、その人質を攻撃すること。

 人質と敵対する相手の関係が深ければ深いほど、敢えて助けられる場面を作ってやれば身を挺して助けに行く。


 そうすれば、こちらがいくら素早さで上回ろうと確実なダメージを与えられる。

 もっとも、この場合はライユとコークがここまで来てしまったことに問題があったが。


 どうしてここにいるのか。その大概の見当はつく。

 しかし、今はそれ以上に相手にしなければいけない存在がハクヤ達の目の前にいる。


 ハクヤは両手に剣を作り出すと武器を構える。

 その眼には確実な殺意が宿っていて、滑らかに構えた姿勢は相手を白兵戦で殺す時の構え。


「ハクヤ、一人で片づけるのはダメだよ。私にも手伝わせて」


「それに戦っているうちにそれ以上殺意度が高まったら止められる者がいなくなるしね」


 その時、ハクヤの隣に二人の少女が立つ。

 一人は杖を両手で固く握りしめて恐怖に抗っているエレンとハクヤの過去を知っているからこそ抑止力となりに来たミュエル。


 その二人の存在にハクヤは思わず僅かに殺意が下がった。

 もっとも、それはあくまで普通に殺すか惨たらしく殺すかの違いだが。


 しかし、二人の存在はハクヤにとってありがたかった。

 決して一人で殺せない相手ではないが、時間は少しかかってしまう。


 それにエレンにあまりみっともない姿を見せるわけにはいかなかったし、向けるべき場所は何もゴブリンロードだけではない。


「わかった。ありがとう。ただ、俺のサポートはミュエルだけだ。

 エレンにはもっと大事な仕事を任せたい.......言わなくてもわかるよな?」


「ちゃんと伝わったよ。私の回復魔法で白狼様を治療しつつ、結界でライユさん達も守るんだね」


「ああ、正直治療だけでも集中力を使うのに他にも気をつけろと言ってるんだ。

 かなり大変なことを任せることになるけどいいか?」


「うん、任された!」


「魔物の治療の手順はあの二人の方が詳しいから聞きながらやってくれ。

 それじゃあ、俺達はあの野郎を仕留めるぞ」


「この感覚、懐かしい。ええ、了解」


「行くぞ」


 ハクヤがゴブリンロードに突っ走っていった瞬間、エレンは白狼のもとに向かい、ミュエルは氷で弓を作り矢をつがえる。


 一斉に動き出した三人に目を向けたゴブリンロードが真っ先に狙ったのはエレンであった。

 魔物は人よりも力の差を感じ取れる。それ故の行動だろう。


 しかし、それは一人の殺し屋の逆鱗に触れる悪手だった。


「こっち向けや、単細胞」


 ハクヤはスッとゴブリンロードの眼前に現れると右手に持った剣を下から上に斬り上げた。

 しかし、ゴブリンロードの固い表皮に阻まれて薄皮一枚斬ったぐらいだ。


 攻撃された瞬間は驚いた様子のゴブリンロードであったが、ほとんどダメージがないとわかるとすぐにハクヤを無視し始めた。


「一応確認程度でやってみたが、固いな。なら、次だ」


 そう言ってハクヤは右手の剣を捨てると腰のポーチに手を突っ込み一枚の紙を取り出した。

 そして、それを剣の刃の根元にペタッとつけると剣が瞬く間に赤熱し始めた。


 それを一気に薙ぎ払う。


「ガアアアア!」


「効いたな」


 ハクヤの振るった刃はゴブリンロードの胸に一文字の傷をつけた。

 そして、そこは火傷の跡が出来たとともに紅い血が青空に舞っていく。


 ゴブリンロードはその痛みに悶え苦しみながらもすぐさまにハクヤの上半身は簡単に握れ潰せそうな巨体な手で地面を殴る。


 ドゴンッと地響きを鳴らしながら、大きなクレーターを作った。

 そして、そのクレーターを割くように地面が小さな連山を作るように隆起していった。


 それはハクヤに高速で接近して石つぶてとともに襲ってくる。

 しかし、ハクヤは避けようとしなかった――――――否、避ける必要も無かった。


「邪魔」


 なぜなら、ミュエルが届く前に凍らしてくれるからだ。

 浮き上がる連山は氷山となってハクヤに届くことはなかった。

 そして、ミュエルはゴブリンロードを射線に捉えるとハクヤが傷つけた左胸に向かって三本の氷の矢を放った。


「グガアアア!」


 それは三本とも、まるでダーツボードの中央の丸を全て射抜くかのように直撃した。

 その衝撃と攻撃によってゴブリンロードはよろめく。

 すると、その隙にハクヤが再びゴブリンロードに肉薄した。


「ガアア!」


 ゴブリンロードは咄嗟に近くにあった岩を地面から引き抜くとそれを両手で頭上に掲げ、ハクヤに向かって投げ飛ばした。


 ハクヤはその攻撃の意図を読みながら刹那に施行する。


 ゴブリンロードの攻撃は単なる自分へのけん制と見せかけて恐らくそうではない。

 自分が近づいてることを利用して岩を投げ、それによってゴブリンロードが見えなくなるそれが奴の狙いだ。


 見え無くなれば当然選択肢は限られる。上か下か横か。

 ゴブリンロードはバカではない。伊達に知略を巡らして雑兵ゴブリンを率いたりしないからな。


 となれば、選択肢は一つ。


「受け取りな。死神のプレゼントだ――――――センゴク流古武術 豪柔脚」


 ハクヤはポーチから<爆破>の魔法陣が描かれた紙を取り出すとそれをサッと空中に投げた。

 そして、その紙を右足で前に向かって蹴りながら、同時に向かってきた岩も蹴る。


 <豪柔脚>は足を鋼のように強化すると同時に突貫してきた相手の勢いをほぼ100パーセントにして返す物理カウンターだ。

 それは人以外の岩とて例外ではない。


 ハクヤの蹴り返した岩は砕かれることもなく、向かってきたスピードで今度は正面から突貫してきたゴブリンロードを襲った。


 ゴブリンロードは咄嗟にその岩を破壊しようと殴った瞬間――――――


「......!?」


 砕けた岩の隙間から眩い光が刺し込んできた。

 そして、殴った拳には熱を持っている。

 その光は次第に真っ白く視界を覆い潰し――――――大爆発を起こした。


 ゴブリンロードが砕いた岩の破片は爆風とともにほぼゼロ距離からゴブリンロードを襲っていく。


 体中の至るところに大きさがそれぞれ異なった破片が刺さり、右腕は千切れ、左目は潰れ、どこもかしこも流血の惨事だ。


 さながら、それは岩の大きさが1.5メートルほどあったので、その質量を持ったクラスター爆弾であった。


 至近距離で人間なんかに当たればたちまちただの肉塊となる。

 もはや痛みすら感じる暇もなく、最後に見た白い世界が最後となるだろう。


 しかし、ゴブリンロードはその強靭な肉体が誇る防御力が故に生きていた......いや、もはや生きてしまっていた方が正しいかもしれない。


 今にも出血多量で死にかけ、どこもかしこも火傷と刺し傷、切り傷でボロボロ。

 聴覚や嗅覚は潰れ、触覚の感覚も曖昧。

 今や頼れるのは片目だけとなった視覚のみ。


「何!? 何の音と光!?」


「ハクヤ、周りのこと考えてなかったでしょ?

 エレンちゃん、状況が飲み込めてないみたいだよ。

 私が氷の壁で防いだのとエレンちゃんが結界張ってたから何とかなったものの......」


「ミュエルを信用してたからさ。それにもとよりエレンに意外にいれないことは考慮してた」


「全く、都合のいいときにその言葉を使うんだから。

 まあ、確かにハクヤがエレンちゃんを傷つけるリスクを高めるはずがないね」


 そうは言いつつも、ミュエルは戦闘となると急に思い切りが良くなるハクヤにため息を吐いた。


 ハクヤは昔から存外爆破とかを多用するのでこっちの被害を考えなければいけない。

 もちろん、それは白兵戦になった時の話だが、その戦い方の一つにミュエルが弓を使った戦い方になっている理由がある。


「私のサポートって必要だったの? もしかして壁役だけでそうした?」


「いやまあ、それだけとも言い切れないんだが......エレンが治療中にゴブリンの増援が来る可能性を考えて、保険としてミュエルに温存させてた感じだったが、さすがに考え過ぎだったみたいだ。

 だから、結果的にそうなった感じ......です、はい」


「そう、理由があるならいい。ほら、とっとと殺しちゃって」


「ああ、わか――――」


「その役目、我にやらせてもらえぬか?」


 ハクヤが返事をしようとした時、低い声が響く。

 その方向を振り向くと白狼が震える足を大地につけて立ち上がっていた。


 治療が途中なのかまだ気力が回復してないようにも見えるし、何よりエレンが「傷口が開きまますからやめてください」と言っている。


 しかし、白狼はその制止を無視してゆっくりと歩いていく。


「たった一撃、二撃でこんな無様になるとは歳は取りたくないものだ。

 それにほとんどをお主達に任せてしまったからな。

 とはいえ、この戦いを望んだのは我だ。

 我がこの戦いを始めた者として、しっかりと終止符を打つ。

 どうかその役目を担わせてくれ」


「わかった。なら、せめて剣でも使え。

 その牙じゃ恐らく届かないし、刺さった破片も邪魔だろうしな」


「恩にきる」


 ハクヤが作り出し投げた大剣は地面にグサッと突き刺さる。

 その件に近づき柄を噛み、持ち上げると正面に立つ満身創痍のゴブリンロードを見た。


 すると、ゴブリンロードも同じように白狼を見る。

 せめて死ぬ運命だとしてもこの戦いの首謀者だけは殺そうとしている。

 互いに考えは同じで、殺そうとする気持ちは同じ。

 視線は交錯し、それぞれの最後の殺意が漲り始め溢れ出す。


「グガアアア!」


「グルルルル!」


 二人はほぼ同時に動き出した。

 どちらも振るえて一撃。

 どちらかの攻撃が当たった瞬間に勝敗が決し、当たった方が死ぬ。


 ゴブリンロードと白狼は互いに着実に、そして拘束に距離を詰めていく。


 ゴブリンロードは左腕を大きく振りかぶり、白狼は刃のある方へと顔を背ける。

 そして、二人が同時に間合いに入った瞬間、リーチの長い白狼が先に仕掛けた。


 白狼の加えた大剣は横薙ぎにゴブリンロードの胸を抉ろうとしている。

 しかし、ゴブリンロードはそれを予測していたのか紙一重で躱し、左手を大きく振るった。


 その瞬間、その場にいたハクヤ以外は全員息を呑む。

 しかし、ハクヤは確信した――――白狼が勝ったと。


 白狼は自身の足に無理やり体重を掛け、ドリフトするようにゴブリンロードの拳を交わしながら、ゴブリンロードの左側に回り込んだ。


 そして、刃を振るって柄の方に背けた顔を今度は突き刺すように動かした。


 その瞬間、白狼の突き立てた刃は防御が薄くなっていた左胸を貫き、ゴブリンロードの心臓を破壊した。


 その勝負の決着は刹那の時間。

 まばたきすれば終わっていそうな時間の中で二体の王の錯綜と思いを乗せた一撃は白狼の方が上回っていたようだ。


 それはどのような信念故か。それは白狼ににしかわからない。

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