第二十八夜 強襲作戦#2

 ハクヤ達は茂みから飛び出すとまずミュエルが氷で作り出した弓で門番のゴブリンの頭を先制して射抜いた。


 それによって、巣の中にいるゴブリンに気付かせないようにすると入り口の両サイドにハクヤ、ミュエルとエレンの二人に分かれて立った。


 そして、ハクヤは中の様子をチラッと見ながら二人に告げる。


「この中には俺が先導して進んでいく。

 次にエレン、ミュエルと来てくれ。

 その際、エレンは常に結界を張れるように準備しておくこと。

 それから、ミュエルは厄介そうなやつから狙撃してくれ。あと、後方の警戒もよろしく頼む」


「わかったよ」


「了解」


「行くぞ」


 ハクヤは素早く洞窟の中を駆け抜けていく。

 その際、一切の足音がしなかった。

 まるで殺し屋時代の体の動かし方が体に染みついているみたいに。


 それはミュエルも同じのようでエレンの足音だけがコツコツと洞窟内に響いていく不思議な状況であった。


 洞窟内はそれほど暗い感じではなかった。

 というのも、ゴブリンが作ったであろう悪趣味な骸骨の灯篭のおかげで中が照らされているからだ。


 それは定期的に存在していて特に何もしなくていいほど視界は良好なのだが、それほど人を殺したという証明でもあり、僅かないら立ちが全員に湧いてくる。


 しばらく緩やかな下り坂を走り抜けていくと左手側に不気味なオブジェが現れた。


 白目を向いている人間の頭がやや太い枝の先に刺さっていて、クロスするように人の腕も括りつけられている。


 不気味というより悍ましい。

 見るだけでそのグロテスクさに吐き気を催すかのようなオブジェにエレンは僅かに「うぅっ」とえずいた。


 当然の反応だ。きれいなものしか見てこなかったエレンには刺激が強すぎるオブジェである。

 しかし、ハクヤとミュエルはそれに対してリアクションは特になかった。


 見慣れてるというのもあるかもしれない。

 だが、リアクションがなかっただけで全く反応がないわけじゃない。


 二人は拳を握りしめてその悔しさを痛感していたのだ。

 たとえ事態がとっくの前から進んでいたとしても、もう少し早く気づけば何とかなったのではないかと。


「二人とも少し離れろ」


 ハクヤはそう言って二人をそのオブジェから退かせると反対にそのオブジェに近づいていく。

 そして、その木の枝にポーチから取り出した魔法陣の描かれた紙を張っていく。


「悪いな。お前を利用させてもらう。だが、必ずお前の無念は晴らしてやるからな」


 そう言い残すとハクヤは再び先頭に立って走り出した。

 その言葉の意味をエレンは測りかねた。ハクヤが何かを仕掛けたことはわかる。

 しかし、その肝心の何かはわからない。


 そう思っているとすぐにその意味を理解した。


―――――――ドオオオオォォォォン!


 突然、鳴り響いたのは後方から聞こえる爆発音。

 その僅かに弱まった爆風はハクヤ達の背中を勢いよく押していく。


 そのあまりの出来事にエレンはすぐにハクヤに問い詰めた。


「ハクヤ、何をしたの?」


「あのオブジェの裏手には道があった。

 しかし、そこには灯篭もなく、奇襲で仕掛けるにはもってこいの場所だ。

 とはいえ、そのままにしておけば俺達に勘づかれる。

 だから、俺達に道の存在を気づかせないようにオブジェを作ってあったのさ」


「じゃあ、あのオブジェは私達の注意を引くためだけにあんな風に作られたっていうの?」


「そう言うことだ。まあ、俺達というよりは侵入者だがな。

 門番を殺して中に侵入したことを知らせていないのに気付いたということは、あちらは何らかの形ですでにこちらに気付いている。

 だから、背後を挟み撃ちにされる前に<爆破>の魔法陣を仕掛けておいた。

 狭い一本道で挟み撃ちは避けたいからな」


 ハクヤはそう言いながら曲がり角で止まる。

 そして、チラッと周囲の様子を確認しながら、指で突入する合図を二人に送った。


 そして、少し入り組んだ迷路―――――否、アリの巣のような空間を移動していくとやたらと正面から先ほどの爆破に気付いて様子を見に来たゴブリン達が正面から現れる。


 そのゴブリンは片手に持っていた弓を構えて、すぐに矢をつがえると一斉に放ち始めた。


 狭い一本道で横に避けるスペースなどほとんどない。

 しかし、自分達をここに誘い込んだことは知っている。


「エレン、頼んだ」


「わかった。我らが御身よ、その加護で守りたまえ―――――空壁マラナ


 エレンはハクヤの前に結界を作り出す。

 そして、そのまま直進していく。


 一斉に放たれた矢の雨は全てその結界に弾かれて地面に落ちていく。

 すると、その矢の二本を両手に持つとハクヤはその場から一気に加速して先頭の二体のゴブリンへと距離を詰めた。


 そして、そのゴブリンの目に手に持った矢を突き刺して、さらに両手から短剣を作り出してそれを喉元に刺した。


 残りのゴブリンが一斉にハクヤへと警戒態勢を取って、弓を持っていたゴブリンが後方へ下がり、剣を持っていたゴブリンが前に出る。


「お返し」


 するとその時、ミュエルがゴブリンが撃った矢を氷の弓につがえて3本一斉に放った。

 その矢は真っ直ぐと一分の狂いもなく剣を持ったゴブリンの頭を射抜いていく。


 そして、絶命し体勢が崩れていくゴブリンをハクヤが後方にいるゴブリンに向かって蹴とばしていく。

 さらに、両手で小太刀を作り出して他の剣を持ったゴブリンを斬り殺す。


白熱球ホワイトボール


 エレンは正面にいるハクヤと僅かに目が合うと両手で杖を構えて白い輝きを持った球体をいくつも作り出す。


 そして、もう迷いはないと自分に言い聞かせるように白熱球を弓を持ったゴブリンに直撃させ、焼き殺していく。


「上出来だ。そのまま次行くぞ」


「う、うん」


 一息をつく暇もなくハクヤは動き出した。

 その行動理由がエレン自身にもしっかりとわかっているので、文句一つ言わずに僅かに重い足を動かしていく。


 それから、次にやって来たのは恐らく敵の巣の最終部であった。

 というのも、そのとある部屋には正面に祭壇があり、その両サイドを不気味な骸骨の灯篭が立っている。


 そして、その祭壇の近くの壁には骸骨をトレードマークにそれからコウモリの翼を生やし、下向きに死神の鎌のようなものがクロスしている絵の旗があった。


 その不気味とも言える絵を見てもエレンにはさっぱしわからない。「ただ悪趣味だな」と思うばかりだ。


 しかし、その旗を見た瞬間、ハクヤとミュエルには衝撃が走った。


「まさか......襲っているゴブリンのボスは魔族の手のものか!?」


 ハクヤは僅かに呟く。

 というのも、人間に敵対している魔族がいるとはいえ、その全てが魔族軍に属しているわけじゃない。


 日本人で言えば全てが仏教徒じゃないようなものだ。

 神道もいれば無宗教もいるような感じだ。


 しかし、ハクヤ達が目撃しているゴブリン達は完全に魔族軍の手のものである。

 それが分かるのが先ほどの旗だ。


 あれは邪神を崇める魔族軍の旗である。

 それは一度魔族と殺り合ったことがあるからこそわかる事実。


 どうしてここに魔族軍がいるのかわからない。

 まさかエレンの正体がバレてしまったとでも言うのだろうか。


 いや、それはないはずだ。エレンの正体は徹底的に隠して、それはエレン本人ですら知り得ないことだ。

 ということは、全く別の利用でここに来たといいうことだろうか。


 その事実が全く違うと言い切れないにしても、その可能性はある。

 なにせここは野生の魔物をテイムする村だからだ。


 その技術、もしくは村人を奪ったりしてしまえばただの野生の魔物も魔族軍に属する魔物として早変わりだ。


 そうなれば、まともに人間が殺り合える数ではなくなってくる。

 それは今後としても実に避けたいことである。


 ならば、ここの巣は早急に落とすのみ。

 幸い、祭壇の前にはゴブリンウィザードという魔法攻撃を得意とする魔物がいるだけで、他はただの雑兵だ。


「ミュエル、2秒後に足元を凍らせろ。エレンはそのタイミングに合わせて跳ぶんだ。いいな?」


「うん」


「わかった」


「なら、すぐに行くぞ」


 ハクヤはその場から消えるような速さでゴブリンウィザードに向かって直進していく。

 すると、ゴブリンウィザードはその動きに気づいた様子で手に持っていた杖で火球を作り出した。


 そして、その間に他の槍を持ったゴブリンがハクヤを取り囲むように向かって来る。

 その光景にハクヤは僅かにほくそ笑んだ。


 ハクヤは左手に短剣、右手にポーチから取り出した<閃光>の魔法陣が描かれた紙を取り出すと跳躍と同時に足元に投げた。


 その瞬間、その短剣を中心に眩い光がゴブリン達を襲う。

 その突然のことに「ギャーギャー」と騒がしい声を荒げた。


 そんなゴブリン達に更なる追い打ちが襲い掛かる。


「凍れ――――凍える大地アイスグラウンド


 後方にいたミュエルが力強く足を一歩踏み出すとそこから部屋全体に氷が張っていく。

 その氷はゴブリンの足を飲み込み、カチンコチンに固めた。


「エレン、ミュエル。そいつらは任せた」


 そう言ってハクヤは低い天井に剣を突き刺して衝撃を抑えるとそのまま押す力でゴブリンウィザードに襲いかかった。


 ゴブリンウィザードは先ほどのミュエルの攻撃で魔法攻撃がキャンセルされたらしく、また新しく火球を作り出そうとしている。


 だが、圧倒的に襲い。


「死ね」


 ハクヤは着地と同時にゴブリンウィザードを通り過ぎた。

 その右手には短剣を持っていて、数秒後にゴブリンウィザードの頭がゴトリと落ちる。


 そして、ハクヤが振り返ると残りのゴブリンはエレンとミュエルが殲滅していてくれたようだ。

 どうやらエレンに対して大きな心配は特になかった。


 そのことに安心するとハクヤは戻る前に「少し寄りたいところがある」と言って移動し始めた。


 その場所に近づいていくと「ギャーギャー」と赤ん坊が泣いているような声が聞こえる。

 その声にエレンは僅かに嫌な予感を感じた。


「これは......!?」


「いわば、ゴブリンの子育て部屋だ。もっとも母親は死にかけのようだが」


「まだ息がある。助けましょう」


 僅かに糞尿くさいニオイが漂うその場所は赤ちゃんゴブリンが大人ゴブリンに抱えられ、そして壁には無気力に寄り掛かった痩せ細った女性やお腹を膨らませた女性がいる。


 その女性は全員真っ裸の状態で痩せ細った女性の秘部からは白色の液体が流れている。

 つまり苗床の女性ということだ。


 そのあまりに悲惨な状況にエレンは口を手で押さえて顔色を悪くした。

 すると、ハクヤはそっとエレンの肩に手を置いて前に出る。


「エレン、ゴブリンの赤ん坊や子供を可哀そうだから生かそうと思うな。

 こいつらは恨みを忘れない。

 一匹でも根絶やしにすれば、また今日みたいな悲劇がどこかで繰り返される。

 こいつらの選択肢は殺すしかない」


「......わかった。なら、私にもやらせて責任は私も持つ」


「なら、全員よ。それなら少しは気が楽でしょ」


 そう言って三人はその場にいるゴブリンを皆殺しして、その場にいる女性全員を抱えて入り口に戻ろうとしたその時だった。


―――――ウォオオオオォォォォンッ!


 遠吠えが洞窟内を駆け巡って聞こえてきた。

 その遠吠えは緊急事態が起こった時に出される時の吠え声である。


「後で助け出しに来るぞ。下手に動かすより、ここにいた方が安全だ」


 ハクヤはそう言って女性を道の途中で寝かせると四つの短剣に魔法陣を巻いてそれを上下に四角く設置するとその間に糸を引いた。


 いわば簡易結界だ。とはいえ、そう簡単には壊されない結界である。

 それを作り出すと急いで白狼のいる場所に走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る