空が割れる

 俺が目を瞑りながら空を仰いでそう叫ぶと、まるでそれに応えるかのように、目の前の警備兵が激しい爆風を巻き起こしながら爆散した。


 俺はとっさに何が起こったのか理解できずに、呆然としながら警備兵がいたはずだった場所を眺めていた。

 

「いったい、何が……」


 間違いなく相手は平然としていた、俺の攻撃がきっかけとなるにはあまりにも時差がありすぎだ。一体何が……。


「お前のその懸命な特攻のお陰で、救える命もある。お前がいなければ、俺が間に合うことはなかった」


 少しだけ掠れた重苦しくも説得力のある渋い声が、背後から俺の鼓膜を震わせる。


 一度は聞き覚えのあったその声に、俺は涙混じりの視界のまま振り返った。


「お、お前は……」


 そこにいたのは、先程別れた巨体の男だった。


 これまで数十人の警備兵を相手にしていたのだ。いくらアザミの脚が速かったとしても、追い付くのは必然だろう。


 俺はもう一つの存在に気が付き、アザミが貼り付けられていたビルの側面へと視線を巡らせる。


 そこには既に、あのキザったらしい雰囲気の青年が辿り着き、例の刀でワイヤーロープを切り裂いていた。


「お前は、今お前ができる最善のことをやったんだ。お前がやったことは何も間違ってなどいない」


 巨体の男はその分厚い皮膚で覆われた固くてゴツゴツする大きな掌で、俺の頭をワシワシと乱暴に撫でる。気持ちよくはなかったが、しかし悪い気もしなかった。


 こんな俺にでも、この世界でできることがある。もちろん誰にでもできたことかもしれない。でも、ここにいたのは俺だけで、あれは俺だけができたことだった。


 ようやくこの世界に自分の存在を少しだけ認められたような気がした。


 そんな俺たちの元に、先程の戦闘で所々に焦げ跡を残したアザミが歩み寄ってくる。表情にこそ出ていないが、その姿は痛々しかった。


「申し訳ありません。最後まで作戦をこなすことが出来ませんでした」


 そう謝る彼女に対して、男は俺と同じように彼女を慰めるのかと思いきや、男から突如として表情の色が消える。


「ああ、お前には失望した。この作戦はお前の力量を考えれば、然程難しいものではなかったはずだ。だというのに、何だこの有様は!?」


 最初は男が何を言っているのかわからなかった。

 

 一人の警備兵すら倒せなかった俺を慰めておいて、あれだけ多くの警備兵を蹴散らした彼女が責められるはずがない。彼女も慰められるべきだ。そう思っていたから。


 けれど男は彼女を責め立てた。そんなの絶対に間違っている。


 俺は思わず二人の会話に横槍を入れてしまう。


「ちょっと待てよ!!彼女は俺なんかより、余程頑張ってくれたのに、褒められるならまだしも、怒られる筋合いなんてないだろ」


 先程から何度も、自分の中の常識で物事を考えてはならないと理解しながら、それでも口を出さずに入られなかった。


 彼女は俺を守ってくれた、俺以上にボロボロになりながら。彼女がいなければ俺はとっくの前に死んでいる。


 こちらの常識なんて関係ない。今彼女が責められるのは絶対におかしい。


「俺が責めているのは、敵を倒した数などではない。それが出来ないのならば、端からそんな命令を俺は下さない。お前はお前のできる最善を尽くし、アザミはそれができなかった、ただそれだけだ」


 確かに男の言い分もわかる。


 彼の言うことは決して間違えていないのだろう。だがそれは感情という名の不確定要素を抜けばの話だ。全ての正論を飲み込むことなんて、俺には出来ない。


「そうだとしても……」


 俺が男に向けて、再度噛み付こうとしたその時、俺の言葉を最後まで聞くこと無く、例の青年の声によって俺の言葉は遮られた。


「後は帰ってからにしてください。ひとまず迎えが来たようですので」


「まだ話は終わって……」


 その勢いのまま、青年にまで噛みつこうとした俺を、しかし青年は非常に冷たい視線で俺の言葉を一蹴した。


「貴様のその判断が、ここにいる全ての者を殺すのだ」


「なっ……」


 それ以上、俺は何も言えなかった。その言葉にはあまりにも力がありすぎたのだ。


 先ほどまでの戦場が、彼が語った言葉が嘘などではないと証明していた。ここでは、そんな嘘みたいなことが当然のように起こるのだと。


 俺は心の中のものを吐き出すことが出来ずに、様々な感情が渦巻くような陰鬱とした気分の中、青年の視線の先を追うように、空へと視線を向けた。


 すると、上空に張り巡らされた薄い群青色の透明な道路の一部が、花弁が開くように爆煙を辺りに散らしながら爆発した。


 もうここに来てから何度見たかわからないほどの爆発は、現実味など微塵も感じないはずなのに、何の驚きも感じなくなってしまった。


 そして、爆発によりガラスが割れたように道路の一部が壊れ、そこから車輪がなく、薄い車体の左右に翼を装着した車のような乗り物が降りてきた。


 それは俺たちの前で浮遊しながら止まると、中からゴーグルをはめた、橙色の作業着みたいな服を羽織った少女が顔を覗かせる。


「お待たせしました、ヴィンセントの旦那。統一政府の奴らが来る前に、さっさとこの区を離れましょうぞ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る