指名手配犯
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ!!」
俺が覚悟を決めるよりも先に凄まじい加速が始まる。
感じたことのない浮遊感に襲われ、身体の肉という肉が、そして皮膚という皮膚が、激しい振動と共に引きちぎられる感覚に襲われる。
それでも彼女が抱き締めてくれているお陰で小さな安心感に包まれ、それが唯一の救いになっていた。ただ、この速度で落下して無傷で済むわけがない。
俺がそんなことを思っていると、彼女が小さな白い球を地面へと向けて投げつけた。
白い球は地面に衝突すると共に展開し、アザミに抱き抱えられていた俺は、落下直前に感じたことの無い浮遊感に襲われて急激に速度を失う。
「大丈夫ですか?」
難なく着地した彼女は再び白い球へと戻ったそれを回収しながら、俺に向かって尋ねてくる。
俺は彼女の胸の中でただジッとしていただけなので、彼女が無事ならば無事に決まっているのだが、尋ねられれば答えるしかあるまい。
「大丈夫だけど……、君こそ、大丈夫なの?」
俺がそう尋ねると、先程の球体を腰の辺りに仕舞い込み、特に何事もなかったような無表情で応える。
「私たちは頭部が破損しない限り、危険に曝されることはありません。多少関節部に支障が出たところで、他の部位で補完できるように設計されていますので、問題はありません」
そういって再び彼女は俺を抱えたまま走り出した。
『補完』『設計』などという人間に似つかわしくない言葉が頻発していたが、そろそろ俺もこういう言葉の齟齬に慣れてきたようで、特に疑問に思わなくなってきていた。
こちらの区も既に警戒体制に入っているようで、既にビルで埋め尽くされた街並みは赤く染まっていて、緊張感を煽るサイレンだけが、俺の鼓膜を痛々しく震わせていた。
周囲の民間人たちも、俺たちがこちら側に来たことを確認するや否や、焦る様子もなく散り散りに屋内へと逃げて行った。
「なんだかみんな、こういうパニックに慣れてるんですか?動きが整ってるっていうか、みんな焦らずに行動しているというか」
なんだかあまりの違和感に気持ち悪さすら感じ始めていた俺は、思わず彼女にそんな質問をしてしまっていた。今はそんなことを聞いている余裕はないと理解していたにも関わらず。
けれど、彼女は嫌な顔も困った顔もせずに淡々と、抑揚のない声音でその質問に答えた。
「単純にそういう風にプログラムされているだけです」
「プログラム……?」
「時間がありませんので、これ以上は回答を拒否します」
そう言いながら彼女は俺を再び軽々と抱き上げる。
俺は女の子に抱きかかえられながら、とっさに距離が近くなった彼女の顔をジッと見つめてしまった。
顔立ちは非常に整っていて、好き嫌いは置いておいて誰が見ても綺麗と言われる部類だろう。
だというのに、彼女の顔からはそれとは全く別の怖さのような、言葉では表しにくいなにかを感じてしまう。
それはきっと彼女の表情の無さがあまりにも、人間離れしているからなのだろうと、俺は自分の中で飲み下した。
この世界の人間の常識があまりにも違いすぎて、俺はまだ色々と受け入れられないままのことが多く存在する。
それは言葉だけではなく、それぞれの行動、それぞれの表情、どれもが元いた世界とは似て非なるものだった。
これがいっそ、自分が知っている完全な異世界だったのならそれも理解し、納得ができたのだろう。
亜人や魔法。そういった元いた世界には存在しないものがありふれていれば、この世界は違うのだと、そう飲み込めてしまえる。
だが、この世界はあまりにも元いた世界と似通っている。そこに存在しているのは人間で、使っている武器も科学の産物。
なのに、全てにズレを感じる。
けれど、彼らの常識を理解できていない自分が、勝手に彼らのことを卑下するのは間違っているのだろう。異世界なのだから、自分の常識を疑わなければならない。
ここは違うのだと、無理矢理にでも飲み込まなければならない。
けれど、きっとそれには時間が掛かる。長い時間をかけて、彼ら彼女らの言動、行動、表情を日々の常に変えていかなければならないのだ。
だからそれまでは……。
そんなことを考えていると、突然サイレンの音が鳴り止み、これまでとは気色の異なる放送が機械音で発せられる。
『侵入者の所在が判明。侵入者の所在が判明。判明している侵入者は三名。第一級指名手配犯、ヴィンセント・フルメタル、並びに第二級指名手配犯、クロス・ニールヴェルクおよびアザミ・クロロクス』
「は?」
指名手配犯と呼ばれた中にその名前はあった。
『警備兵は第一種戦闘体制に入れ。武器の使用許諾はレベルファイブとする』
今自分を抱えている彼女の名が。
『繰り返す。警備兵は第一種戦闘体制に入れ。武器の使用許諾をレベルファイブとする』
俺はこの非常識の世界、いったい何を信じればよいのだろうか?
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