第8話(5/6)

「うへへ♪ いっぱいおまけしてもらっちゃいました♪」


 買ったばかりのベビーカステラを頬張りながら姫宮が戻って来る。


「おじさん、良い人だったね」

「いやいや、あれは結衣ちゃんに良い格好したかっただけだよ」

「え、そんなこと……」

 その様子は俺も遠くから見ていた。やっぱり男という生き物は可愛い女の子に弱いんだな。


「センパイもどうですか?」

 そう言うと姫宮はベビーカステラを一つ手に取って、俺の口元に寄せてくる。


「え、いや……」

「ははーん。もしかして恥ずかしいんですかぁ? 自分はヒナにしたのにぃ?」

 先日の姫宮のお見舞いを思い出される。余計に気恥ずかしさが襲ってきた。そういえばファミレスでポテトを食べたことがあったはずなのに。


「ほら、ヒナの練習に付き合ってくださいよ」

 そう言ってベビーカステラをさらに近付け、いよいよ唇に触れたので観念して頂戴する。蜂蜜の優しい甘味が口内に広がる。

 咀嚼する俺の姿を見て姫宮は満足そうに笑うと、自身の口にももう一つベビーカステラを放り入れた。


「次は何食べましょ」

「とりあえずざっと見て回ろうぜ。んで気になったのがあれば寄ればいい」

「賛成です」

「よぅし。それじゃあ行きましょう! ……あ」

 何かに気付いたように、姫宮は踏み出した足を止める。


「センパイ、こう人が多いとはぐれちゃいそうですよねぇ?」

「あぁそうだな。万が一はぐれた時のための集合場所決めといたがいいな」

 これまでの経験から、姫宮が何を言いたいかは察しがついたのであえて外した答えをする。


「……センパイ、分かってて言ってますよね」

「なんのことやら」

「手、貸してください」

「いや、それはさすがに……」

「練習ですから」


「……藤和が相手でもいいだろ。練習なんだから」

「……むぅ。迷子になっても知りませんからねー。行きましょう結衣ちゃん」

「う、うん」

 仲良く手を繋いで先を行く二人を後ろから眺めて歩く。


 それから姫宮に宣言通り何か――イカ焼きを奢ってもらったり、人生初という藤和の射的を応援したり、姫宮にかき氷早食い対決を申し出されて大敗を喫したり、和楽器の生演奏を聴いたり……花火はないものの十二分に夏祭りを満喫した。


「ふぅ……。あらかた周り終わったな」

 空になった唐揚げのカップを姫宮が持ってきてくれたビニール袋に詰め、俺は辺りを見渡す。


 ここは神社の外。一応会場の範囲内で出店もあるが数は少ない。人混みもないので姫宮と藤和の手ももう解かれていた。

 というか、なぜか気付けば姫宮は随分と後ろの方にいた。


「どしたー? なんか気になるもんあったか?」

 姫宮の方へ踵を返す。


「……え、いえ……あ、そうです。金魚。金魚とってくださいよセンパイ」

 そう言って隣にある金魚掬いの出店を指差す。


「金魚?」

「はい。欲しかったんですけど、早くにあっても荷物になるかなって」

 なるほど、と答えて水槽を泳ぐ金魚達を見やる。しかし祭りも終盤だからか、元より立地が悪くて数を用意していなかったからか、金魚はあまりおらず、水槽は寂しげだった。


「ふーん。じゃあ頑張れ」

「頑張れ、って、ヒナはセンパイに頼んでるんじゃないですかー」

「え、マジ?」

「マジです」

「いや俺金魚掬いとか全然出来ないんだけど」

 苦手以前に経験がない。幼い頃にやったような気がする、その程度だ。


「神楽坂会長から教わってないんですか?」

「お前は先輩をなんだと思ってるんだ……」

「けどあの人なら余裕で出来そうですよね」

「それは確かに」

 金魚掬いだろうが射的だろうが型抜きだろうが、なんでも出来そうだ。しかしそもそも先輩は夏祭りなんか行くんだろうか。


「と、いうわけで。はいおじちゃん三百円。この人がやりますので」

 俺の意向は無視して店主のおじさんにお金を渡す。


「……ボウズでも知らないからな」

 諦めてポイを受け取ると、水槽の前にしゃがんで左手にお椀を持つ。姫宮と藤和も見守るように俺を挟んで座った。


 確か、ポイは紙が貼ってある方を上にして、怖がらず全面水に浸けて、水面と薄く平行にして……と、前にテレビでやっていたコツを思い出す。


 運良く――向こうからしたら運悪く水槽の隅にいた金魚にゆっくりと迫り、


「すごい!」

 金魚がお椀に入るより先に藤和がそう声を上げた。


「センパイやるじゃないですか! ぶっちゃけ期待してなかったです!」

「おい」

 いやボウズでも知らないと言ったのは俺だが、ちょっとは期待しろよ。


「けどまぁ、案外簡単に取れるもんだな」

 少し穴が空いてしまったけど、もう一、二回は戦えそうだ。


「いやいや、あんちゃん筋がいいよ」

 意外と金魚掬いというものは簡単なのかと思ったが、店のおじさんもそう褒めてくれて少し良い気になる。


 結局その後もう一匹を掬い上げ、計二匹の金魚が透明なビニール袋に収められた。

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