幕間その1
「だいぶ日が長くなりましたねー」
ある日の部活の帰り道。今日は金曜日なので藤和はおらず、隣を歩くのは姫宮一人だった。
だなー、と適当に相槌を打つ。目前では淡い青と赤が緩やかに混じり合っていた。
「あ、センパイ。コンビニ寄りましょ!」
7の付いた看板を見つけ、姫宮が指を差す。
「いいけど、なんか買いたいものでもあるのか」
「ちょっと小腹が空いたので肉まんでも」
「こんな時間に……。帰ったらすぐ夕食だろ」
「ここで一旦補給しとかないと、夕ご飯までに力尽きちゃうんです」
「…………太るぞ」
いたずら心で、俺はあえてそう言ってみた。
しかし姫宮は、それが何か? と言わんばかりに口角を吊り上げるように笑って答える。
「大丈夫です。ヒナ、食べ物好きなので?」
「は?」
理由になっていない返答に俺は困惑する。
「ちゃんと愛情を注いで食べれば、食べ物もヒナを太らせるなんて酷いことはしません」
「なんだその理屈」
恐らく食べても太らないタイプなんだろう。そう納得した途端、
「……だとかあればいいんですけどねー!」
そう言って大袈裟にうなだれた。
「太っちゃいますよねー……。これで夕ご飯減らすならまぁいいんですけど、結局食べちゃって……。でも美味しいものは我慢したくないですし」
「……難儀だな」
「そうなんです。可愛いって難儀なんです」
それでも可愛さを追求することは好きなんだろう。苦笑いも、どこか手のかかる愛娘を見るようだった。
「明日の朝のジョギングを少し伸ばすことにして、肉まん食べちゃいましょー!」
迷いを振り切るように両手を上げ、コンビニに入っていく。
姫宮はもちろん肉まん――プレミアムと頭に付いた少し良いなやつだ。俺もせっかくだからと、紙パックの抹茶オレを購入した。
「んひひひ♪」
店前の車止めポールに腰掛け、肉まんを紙包みから取り出した姫宮は幸せそうに下品な笑みを浮かべる。
「…………」
しかしなぜか口を付けない。
「食べないのか?」
一人抹茶オレに挿したストローを吸って、そう訊ねる。
「……やっぱり、センパイ半分食べませんか?」
どうやらさっきの話を気にしてたみたいだ。
「いいなら貰うけど」
「是非に」
ということで半分頂くことにした。それくらいなら夕食に支障はないだろう。何より目の前に置かれ香りも漂ってくるとなれば必然食指は動く。
姫宮は肉まんを半分に割る。白い湯気が広がり、より一層食欲をそそった。
しかし上手く分割出来なかったようで、左手に持つ方は中身が明らかに少なく、逆に右手の方はこんもりと乗っていた。
姫宮は何度か両手に視線を往復させた後、
「……どうぞ」
左手の方の肉まんを渡した。
「…………お雨のそういうとこ、結構好きだわ」
「好きだなんてそんなぁ♪」
「……皮肉だよ」
肉まんの皮だけに。
まぁタダで貰ってる以上、何も文句は言えないんだけど。姫宮も分かっているようでケラケラと笑っていた。
大人しく身の少ない肉まんを貰い受けて齧る。美味い。
しばらく無心で食べ続け一呼吸入れた時に、話題の一つとして気になっていたことを訊ねる。
「そういや、髪留め変えた?」
ちょうど目線の高さにある姫宮の頭には、普段は小さなオレンジの花が鎮座しているのだが、今日はワインレッドのリボンの髪留めを付けていた。
「え、あ、気づいてたんですか?」
「そりゃな」
週二で顔を合わせていたらそのくらいの変化には気付く。
「なんで?」
「ラッキーアイテムなんですよ」
「お前占いとか信じるタイプなの?」
「全然。でもほら、可愛い女の子って占い好きじゃないですか」
分かるような気もするが、偏見のような気もする。
「……お前らしいなぁ」
「みふぁいははじふんできりひらふものなんでふよ」
なんか良いことを言っているようだったが、肉まんを頬張っているせいでよく聞き取れなかった。
姫宮はごっくん、と音がするほどに嚥下すると、リュックをまさぐって水筒を取り出した。パステルオレンジのいかにも女子っぽい水筒だ。こじんまりとしていて、それで一日持つのかと不思議に思う。
「…………ありゃ?」
案の定力尽きていたようで、間抜けに口を開けて空を見上げる姫宮の姿がそこにはあった。
「しゃーない。もったいないけど何か飲み物買ってきます」
口の中をリフレッシュする役割でわざわざ一本飲み物を買うのは確かにもったいないだろう。そう思って、俺は立ち上がる姫宮に抹茶オレを差し出した。
「俺の飲みかけだけど飲むか?」
「えっ。あ、えっと、いいんですか?」
「まぁ肉まん貰ったし」
「じゃあお言葉に甘えて……」
そう答えて、姫宮は抹茶オレを受け取る。
「もう俺は満足したから、残り飲んでいいぞ」
「そうですか」
そして、ちぅー、と一口吸うと、猫のような笑みをして言う。
「……間接キスですねぇ」
抹茶オレを差し出した時から、予想していた台詞だった。
「俺気にしないタイプだし」
なのでその返答も用意してあった。
「なぁんだ。つまんない」
相変わらず言葉とは裏腹に、楽しそうに笑っていた。
ゴミを捨てて来た姫宮が、「それじゃ、帰りましょっか」と促してくる。
まるで恋人みたいだな。心の中で呟く。
こないだ春樹に「彼女出来たなら教えろよ」と愚痴られた。こうやって姫宮と一緒に帰っているところを見られたらしい。確かにこうして状況だけ見たらそう思われるのも仕方ないのかもしれない。
けど、そういうのじゃない。そうはなり得ないんだ。
「だな。帰ろう」
そう答えて俺も腰を上げる。
空はもう暗くなっていた。
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