第3話(4/6)
「近かったなー」
「二秒なので……ええっと」
姫宮と揃って窓の外を眺めながら話す。
「七百メートルってとこか」
「さすが梅雨ですね」
「いや、梅雨って別に雨が多いだけで、雷はそうでもないらしいぞ」
「え、そうなんですか」
「らしいぞ」
神楽坂先輩が言ってたからたぶん本当だろう。
「へぇー。藤和さんは知ってました? ……藤和さん?」
振り返って藤和の席を向くも、そこに彼女の姿はなかった。
「藤和さん?」
一体どこに行ったのかと見渡すと、部屋の隅にしゃがみ込んでいる藤和がいた。両手は固く自身の両耳に当てられている。
どうしたものかと俺らが対応に困っていると、藤和はしゃがんだままゆっくりとこっちを向いて言った。
「……も、もう、大丈夫ですか……?」
その声は消え入りそうで、その瞳は潤んでいた。
「「(か、可愛いぃぃぃぃ!!)」
姫宮と揃って息を呑む。
「(センパイなんですかあれ! ずるくないですか! 超ずるいと思うんですけど!)」
「(いやぁ……うん……)」
「(クール系で完璧な感じ出してて、それで雷怖いとかなんですかそのギャップ! 反則でしょ!)」
「(姫宮。お前の言いたいことは分かるから落ち着け)」
「(あーもうヒナもやります! 使いますあれ!)」
ちょうどその時、再度雷が鳴った。しかし先ほどよりはずっと小さいものだ。
「きゃぁぁっ!!」
「きゃああああ!!」
姫宮も藤和に習って、部屋の隅に縮こまる。やっぱり藤和と比べて大袈裟でわざとらしかった。
「…………」
六畳の手狭な部屋の両サイドに、怯えた女子高生が背中を向けて丸くなっているという、非常に混沌とした空間が生まれていた。しばらくその様を眺めたのち、
「……お前らいい加減起きろ」
そう言うと、姫宮はもちろん、藤和も時間が経って落ち着いたようで、ゆっくりと席に戻る。
「藤和さんは雷が苦手なの?」
「雷というか、急に大きな音するのが苦手で……」
「ちなみに他に怖いものってある?」
「ええっと……お、お化けとか……」
両手の指先だけを合わせつつ、恥ずかしそうにそう答える藤和。
「……ねぇセンパイやっぱこの子ずるい」
「はいはい分かったから」
なんとなく姫宮はホラー映画を「ちょ、このゾンビの顔ウケるんですけど!」と笑って観てそうだと思えた。
「そういうことなら、これで悩みは解決出来そうだな」
「ですねー」
「え、ちょ、どういうことですか!?」
藤和は事態が飲み込めないようだが、俺と姫宮は勝手に納得していた。
「とりあえず藤和さん。これから雨の日は先輩達の近くで練習しとけばいいよ」
「え、それだけでいいんですか?」
「うん」
これから数日は雨が続くらしい。
「わ、かりました……」
釈然としないまま、藤和は「ありがとうございました」と一言礼を言って、部屋を後にした。
二人になった部室で、姫宮が独りごちる。
「やっぱ女の子は弱点があった方が可愛いんですかねぇ……」
「まぁ女の子に限ったことじゃないと思うけど、一つくらいあった方がいいかもな」
「……神楽坂会長の弱点は?」
「……ないな。そういえば」
「うぇー」
姫宮がよく分からん鳴き声をあげる。先輩が何かを怖がったり苦手としたりしてるところなんか、一度も見たことがない。弱点なんてなくても、先輩の周りには彼女を慕う人で溢れていた。
「まぁあの人は特別だから」
「特別ですか……」
姫宮は椅子に深くもたれかかって、遠い目をしていた。
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