第3話(1/6)
それから何度か講義という名の雑談を繰り返して、六月。
放課後、日直だった俺は日誌を担任に届けていたため部活に出遅れていた。部室棟への渡り廊下を抜ける。トタン屋根を大きな雨粒が叩いていた。
ここ数日は梅雨前線の影響をもろに受けた日々が続いている。
「すまん遅れたー」
急いだ素振りで部室のドアを開けると、
「(センパイ! やばいですやばいですやばいですー!)」
小声で叫びながら姫宮が迫ってきた。
「(ど、どどどうした!)」
「(あれ! あれ!)」
姫宮は自分の身体で隠しつつ、小さく部屋の中を指差す。
見るとそこには、椅子に座ったままこちらに顔を覗かせる少女がいた。目があって、お互いに「あ、どうも……」といった表情で首だけの会釈をする。
「(相談来ちゃいました!)」
「(えっ?)」
一瞬なんのこと分からなかったが、そういえば後輩部を立ち上げるにあたって、活動内容に『上下関係の相談』ってのが足されたとのことを思い出す。いやでもあれって……
「(ものすごい隅にポスター置いてただろ)」
「(でもでもそれ見てやって来たらしいんですよ!)」
「(まじかぁ……)」
たぶんトトロに出会えるのはそういうタイプの人間なんだろうな、とどうでもいいことを考える。
「(これは計算外です……)」
「(だな……)」
もしかしたら、いずれ何かがきっかけで後輩部に誰かが関わってくるかもとは思ったが、まさかこんなに早く、しかもあのポスターからとは思わなかった。
とはいえいつまでも出入口で内緒話をしているわけにもいかないので、部屋の中に入ることにする。
「あー、どうも……一応部員の有栖です」
「こんにちは。一年の
丁寧にお辞儀をした藤和は、キリっとした目が特徴的だった。艶やかな黒髪も肩の上辺りで揃って切られ、制服も姫宮と違って一切の遊びがなく、清廉とした印象を受ける。
この状況に緊張して硬くなっているわけではなく、真面目な雰囲気を持てる子なんだろう。
「えっと、それで藤和さん。なんでも相談があるとか……」
「はい。私、弦楽部でヴァイオリンをやっているんですが、先輩達と上手くやれてなくて……」
「ふむ……」
「同級生は一応、クラスの子もいるので、仲良くといかずとも問題なく出来てると思うんですが、先輩達がちょっと……」
「具体的にはどんな感じなんですか? いじめられてるとか?」
隣に座る姫宮が訊ねる。
「いえ! そんなことは! ……ただどこかよそよそしくて、ほとんど挨拶と義務的な会話くらいなんです。他の同級生はすっかり打ち解けて、雑談とかして笑ってるのに」
「ふむふむ……」
「そこまでじゃなくても、せめてもう少し先輩達と自然に会話出来たらなって……」
「なるほど……」
俺は椅子に深く座り直す。テーブルで隠れて見えないが、藤和は肩を縮こまらせもじもじと両手を合わせているようだった。
「藤和さん的に心当たりはあったりするんですか?」
姫宮が右手を挙げて訊ねる。
「あ……えっと、その……」
やけに歯切れが悪い。心当たりはあるみたいだが、言いにくいようだ。
「別に相談だからって何でも話す必要はないぞ」
「あ、いえ、大丈夫です。えっと、私、両親の影響で小さい頃からヴァイオリンをやってまして……。コンクールでも何度か入賞したりして……」
「あー……」
藤和の言いたいことは察しがついた。
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