何も知れない

 そっと手の甲の肌に触れると、驚いたようで、でも優しく、指が小さく跳ねた。

 長いまつげの生え際が、が開きそうで開かない。少し小刻みに震えるさまは、開きたいという意思を感じ取るのには充分過ぎるメッセージだった。顔に書いてあるって、こういう事を言うのかも知れない。

 私はそのまま手の甲に触れさせた自分の指先で、彼女の筋張った手の甲にうっすら青く色を差す血管をなぞった。彼女の顔は手の甲の薄い青に反し、若干の赤みが差したようだった。

 ねぇ。

 何をそんなに怒っているの。

 私はそう言いかけて、口を噤んだ。「本当は寝ているかもしれない」……そんなあからさまな言い訳を自分にしながら、でも寝ているからと彼女のそばを離れない。都合のいい私。本当に彼女が好きな私。本当はなんで怒らせたのか知っている私。ちょっと嫌になる。

 夕焼けが差し込む教室は、照明を点けるべきか悩む程度に明るく、そして微妙に暗かった。昼と夜のグラデーションの中間点に、私達は確かに立っている。私と貴女の思いのグラデーションは、一体どのへんで釣り合いをとっているのかな? そんな恋する乙女みたいなことを思って、心の中で小さく羞恥を抱えた。

 それにしても、ふて寝にしてはしぶとい。彼女の血管をなぞっていた指を離す。

 ねぇ、そんな風にいつまでも寝ていたら、私の気持ちも話せないよ。貴女の気持ちも知れないし、貴女も私の気持ちを知れない。

 逃げないでよ。そう、呟きそうになって、引っ込めた。

 まったく、逃げているのはどっちなんだか。

「好き、だよ。さっきは、ごめんね」

 私はやっとの思いでそう呟いて、途端にとても恥ずかしくなった。顔に血が集まって紅潮していくのが自分でもわかった。

 逃げたい、やめたい。

 でも、逃げない。

 逃げたら何も知れないから。

「私こそ、ごめん。好き」

 彼女はそう言って顔を上げた。私といい勝負なくらい、真っ赤。

 重ねた手のひらは、何も言わなくてもお互いの体温を伝え合って。思いも少しずつ、鼓動と一緒のリズムで貴女の心に向かっているような気がした。

 ねぇ、この夕陽と私達の体温、どっちの方が熱いかな。

 そんなの決まっているけれど、しょうもない事を問いかけたくなった。


(2020年9月6日 カクヨム初出)


―――――


登場人物紹介

 私(15歳)

  ちょっと引っ込み思案な少女。

  クラスきっての美少女で、人気者。


 彼女(16歳)

  主人公の同級生。快活な少女。

  よく私の人気ぶりにヤキモチを妬く。

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