えーあいミユユ
堕落した街の片隅で、俺は一人ラブホテルのベッドで寝転がってテレビを見ている。
AIに愛は芽生えるのかというのはよくある一つの題材で、創作、学問、討論、様々な場面でその有無が問われていた。それは2020年くらいのことと聞いている。別にどっちでもよくないかと俺は思うわけだけれど、どうも頭のいい人はそういうわけにはいかないらしくて、暇を持て余した”神々”の遊びってのはそういうもんなのかね、と最近ギリギリ合法になったAI風俗の到着を待ちながら当時を振り返る番組なんかを見ていた。
今となってはAIは生活にだいぶ浸透しちゃって、新聞記事のライティング、ニュースキャスター、AIスポーツ、様々な分野でAI搭載の”スマートロイド”、略してSID(シド)を見る世の中になった。そこに目をつけたのは勿論そういう華やかな世界の人間たちだけではなくて、今俺がお世話になろうとしているAI風俗のようなものを作った人間、まぁ表社会の人間ではない人間だってAIに手を出し始めたようなご時世、それが今。2030年だ。
今日俺が頼んだのはSIDによるホテヘルってヤツ。SIDはいいよ。個人の趣向に合わせた店で3D動画を見ながらキャストを選ぶと、その通りの声や見た目の子がやって来る。別に人間じゃないから動画を晒そうが顔を晒そうがどうでもいい。本当に欲しい子を簡単にチョイスできるのがまずいいね。相手は人間じゃないから病気も持ちようがないし。
風俗のメインキャストが人間だった頃は俺は知らないけれど、顔もわからない、加工まみれの写真の中からその日のお供を選んでいたそうだから結構な綱渡りだったんだろうな……とは思う。今でもおっさんなんかは「人間の方がいい」とか言いながら足繁く違法風俗に通っているらしいけどね。俺は人間は正直ちょっと……リスクが高すぎるからね。
AI風俗が一般的になってから、人間のキャストを使っている店への風当たりは強くなって、どんどん警察が取り締まっていった。まぁ元々がギリギリ合法の商売を謳いながら、やっていることは違法な業界だったらしいから、別にそれでよかったんじゃない、と思うけど。
そうこう考えている内に、キャストが到着したようだ。部屋のチャイムが鳴って、俺は慣れた調子でその子を迎え入れる。相手はSIDとはいえAIが搭載されていて心に近いものは確かに持っている。優しくしてあげないと機嫌を損ねることもある。そこがリアルの女子に近くて可愛げを感じる。まぁその辺はオーダーの時に調節可能なんだけど。
今日やってきたのは「ミユユ」という所謂ロリ巨乳な体型のSIDだ。一応断っておくが俺の趣味ではない。同僚がやたらベタ褒めしていたから試しに頼んでみただけだ。
ミユユはベッドの上、俺の隣に座ると「なんとお呼びすればいいですか? お客様」と甘ったるい声で問いかけてきた。
「そうだな『久田』でお願い」
俺がそう応答すると、「はぁい、久田様。それじゃ早速、いいですか? 私、もう楽しみで仕方ないの……」と俺の腰にしがみつくミユユ。ふくよかな胸が俺の色々を刺激した。SIDは希望により風呂に入らなくてもなんら問題は無いので、そのまま押し倒しちゃうことにした。なんだ結構可愛らしいじゃないか。これはアイツが言うことも理解できるかも。
そうして事を終えると、ミユユは甘ったるい声で二回戦を要求してきた。なんだこれ、大抵のキャストはこっちが求めなければ二回目なんて無いんだけどな…不思議に思いながらもまぁ可愛いので応じてみた。
二回戦終了。なんだか一回目より熱くなってしまったな。ミユユもなんだか熱が籠もっていたような……やはり不思議だと思って俺はホテルの天井を見ながらミユユに問いかけてみた。
「いつも二回しちゃうの?」
ミユユは恥ずかしそうに枕に埋めた顔をあげると、
「久田様がステキだったから……つい」
と可愛い事を言ってのけた。AIにしちゃよくできた受け答えだな。人を選ぶこともあるのか。まぁいいや、どうせリップサービスだ、と別段気にせずピロートークを続ける。
「ミユユちゃん可愛いからリピしちゃいそうだよ」
「久田様……嬉しいっ!」
そう言って俺に抱きつくミユユ。なんかやたら熱が籠もってるなぁ。そう思ったらミユユはとんでもない事を言い出した。
「久田様となら、店外もアリかも……」
店外と言うのはそのまま、店の監視を離れプライベートで会おうという意味だ。ちょっとSIDにしては常軌を逸した発言だ。俺は思わず問いかけた。
「ちょ、ちょっと君。本当にSIDだよね?」
「え? 何言ってるんですか、久田様、やだなぁ!」
そうだよな、こんなところに生身の人間を寄越すはずないよな。と俺がホッと胸をなで下ろすと。
「AI風俗なんてあり得るわけないじゃん! まだAI商売がバズって10年ですよ?」
俺が今の発言に度肝を抜かれていると、彼女は続けた。
「AI風俗って言っておけば警察の目をかい潜れるからそういう看板を掲げているだけで、今本当にSIDを使えている風俗なんて表企業のラブドール事業か、先駆けて出来た超大手AIソープのお店くらいですよ〜。ホテヘル界なんてまだまだそこまで追いついていないです。みんなそのくらいのこと理解して使ってるものだと思ってたんですけど……久田様?」
俺は事態が飲み込めずに目を泳がせる。ミユユは続ける。
「ま、まさか私のことも本当にSIDだと思ってたんですか? 久田様、ピュアですね……」
「やめてくれよ」
「あ、ご、ごめんなさい……」
女にからかわれるのは嫌いなんだ。
ミユユは本当に小さくなってしまった。
「久田様と店外でしたいって、そう思ったのは本当だから、だからそんな怒らないで?」
「なんで俺なんかと」
「体の相性もいいし〜なんか、イイなって直感が思ったの!」
「直感ね」
女の直感ほど怖いものは無いわな。AIじゃないとわかった途端俺はどこかで熱が冷めてしまった。
「久田様、連絡先。渡しておくから気が向いたら連絡して?」
ミユユとの時間は終わって、俺は気怠い体を引きずってホテルを出た。ミユユに手渡されたメモ用紙を見る。丸っこく下手くそな文字で堂島沙織というミユユの本名と思われる氏名、それとスマホの電話番号が書いてあった。まぁ、お金をかけずに都合よく女を抱けるのなら、それはそれでいいのかも知れない。そう思って俺は適当なファストフード店に入ってポテトをつまみながら、何気なくその番号にコールしてみた。
『はい、もしもし』
先ほどの声と全く違う、やたら落ち着いた声の女性が応答したので、一瞬で「ああ、嵌められたな」と察し「すみません、間違えました」と言おうとした。
『久田様、ですか? ミユユ……って言ったら、幻滅しちゃうかな。堂島沙織です』
俺は手を止めて、「い、いいえ……笹川慎吾、です」と自然と名前を返してしまっていた。だってそれは、本当に恋した女の子の声だったから。
『AIの方が、良かったですか?』
「え、えーっと、えっと……俺は……それは、驚いただけで」
なんで女相手にどもってるんだ、俺。
「貴女こそ、俺で、良かったんですか」
『慎吾さんが、いい』
堕落した街の片隅で、AIに愛が芽生えるかなんて、AIが何かなんて、そんな事もわからないまま翻弄され生きていく、社会の末端で喘ぐ俺たち。SIDに仕事を取られた、SIDを拠り所に生きてきた。
しかし今のこの気持ちはきっと、AIとでは作れないのかも知れない。そんな月並みな事を思った。
(2020年8月30日 カクヨム初出)
―――――
登場人物紹介
笹川慎吾(21歳)
共学の高校を出てから就職難の時代に当たり、現在フリーター。
女性とほとんど喋ったことがなく、苦手意識を持っている。
頭はあまり良くないが、純粋で順応性が高い。
堂島沙織(ミユユ)(19歳)
昼職はスーパーの清掃の仕事をしている。
まともに勉強をさせてもらえなかった環境で生きてきたが、根は賢い女性。
男性に免疫がなく、夜職で破瓜した。
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