水に流して
トイレの勢いが上がっているような……気がする。
新しめの施設に行けば行くほど、トイレを流すときの水圧っていうの? 勢いが上がっている気がする。実家で僕が生まれると同時に導入された水洗トイレは、ゆさっと水が出てきて、文字通りどんぶらこっ……と放たれたものを運んで行った気がするんだ。
ところが最近の建物のトイレはどうだろう。
ゴォっと一気に吸い込んでいくもの、ザッと一瞬で流し込んでいくもの、そういったトイレが非常に増えていやしないか。別に、それに対して物申したいわけではなく、むしろ節水になるトイレを利用するのはいいことだと思うし、どんどんやればいいとすら思っている。なんとなく、そうだなって思っただけなんだ。
そんなことを、最近新築されたばかりの新オフィスの温い便座に尻をつけながら考えている。四季は巡ろうとも、便座はいつでも温かい。本当、最近のトイレってすごい。
ただ、思うんだ。
トイレまでそんなせっかちで、僕はどうすればいいんだろう、と。
僕はどちらかというとせっかちで生真面目な方ではあるんだけれど、逆に、逆にだ、トイレくらいゆっくりしたいじゃない。でも立ち上がると4秒で水は勢いよく流れていくし、尻をゆっくり拭く間も無い、という様相じゃないか。いや、別に苦言を呈したいわけではないんだよ。
今気付いたんだ。
そういえば、最近空を見ていないなぁって。
幼少期はよく見ていたんだ。何も考えず、空をぼけぇっと。空は僕の中で、やっぱりロマンなんだよ。たとえそれが窒素と酸素と二酸化炭素、その他諸々の化学物質の集合体だとしても、やっぱり結局僕のような人間にとって空はロマンなんだ。鳥になりたいなんて思ったことは一度や二度じゃない。
空を見たい。そうだな、空を見ようじゃないか。
まぁとりあえずトイレを出よう。この密室の中じゃ空なんて見えっこないからね。僕はおもむろに尻を拭いて立ち上がった。するとすぐさま、トイレはゴォっと僕が解き放った様々を吸い込んだ。わずか数秒。すると、その便器は知らんわ、と言いたげな白々しい顔をしていた。
そのなんとも言えない様子を見て、僕は仕事が溜まっていたことを思い出して一つため息を漏らした。
ああ、空を見たいなぁ。
(2020年7月24日 超短編小説会初出 再録)
―――――
登場人物紹介
僕(30代後半)
その昔パイロットに憧れたこともあった。
今は頼れる中間管理職。
年老いてからの寂しさに気付いた昨今は絶賛婚活中。
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