セックスホリック

 どうして好きでもない男とセックスできるの?

 そう問われたら私はなんと答えようか。答えはまだ決まっていない。

 それは薄もやの中で手を振り回しているような、イマイチ掴めない感覚の中にある。気がついたらそうしていた。ただ欲しかった。知りたかった。無数に浮かぶ”それっぽい”答えの中からこれだというものが掴めないでいる。

 情事を終えてベッドの端に腰掛けた中村さんを流し見て、私は再び天井に視線を戻した。

 やがて煙草の匂いが鼻をくすぐる。これはなんだろう。喫煙はひとつの銘柄しかしたことがないから匂いの差なんてわからないや。

 刹那的な遊びをする人は喫煙者が多い気がする。

 中村さんとは今日初めて会った。出会い系チャットアプリで知り合い、約束を取り付けたのは昨日。今日は出会ってホテルへ直行。私がそれで良いと言った。知らない人と食事をしたところで美味しくもないし、どうせお互いしたいことはひとつなんだからいちいちご機嫌取りなんてしなくていい。

 まぁ、本人にはそんなことまでは言っていないけれど。

 出会ってから言葉をいくつ交わしただろうか。中村さんはひどく無口だ。

「何枚?」

 そんな中村さんが煙草をもみ消しながら口を開いた。

「会う前に言ったとおり、二でいいですよ」

 私はピルを飲んでいるから、許可している項目が他の女の子より多いと思う。だから二。

 中村さんの手から二枚の紙切れを受け取り、手を伸ばした先にあった鞄に仕舞った。

「月並みなことを聞くけれど、気持ち良かった?」

「えっ……あ、はい」

 中村さんの問いかけに少しひるみながら答える。真顔で頷くこともできるけれど、こういう時は少し恥らった方が本気度の伝わり方が違うのだ。気持ち良くない人相手でもこうすれば勘違いしてくれる。まぁ中村さんのセックスはわりかし気持ち良かったから嘘をつく面倒くささが無くて済む。

「キミは、こうしていないと生きられない人なんだね」

 私の表情を見て、中村さんはそんなことを言った。正直意味がわからない。

「キミはもっと想像力を働かせた方がいい。こういうことをしないで生きている自分を想像するんだ。人はイメージしない方向に落ちることはあっても、イメージしない方向に上がることはできないものなんだから」

 こういうことをしないで生きている自分。突然饒舌になった中村さんの言うことを頭で整理するのに時間がかかった。しかし整理の終わらぬまま中村さんの話は続く。

「バカを装った方がこういう世界では好かれることを理解しながら演じている。キミは賢い。キミのようなタイプの女の子は何人か見たけれど、俺は決まってこう言うんだ。『キミを必要としている男は俺じゃない、他にいるんだ』って。意味はわからないと思う。でもちょっと頭の隅に置いておきなよ」

「はい……」

 中村さんは私の頭を優しく撫でた。

「大丈夫、信じていればいつかわかる日は来る」


 そうして私たちは休憩時間を終えて別れた。

 少しすっきりした気分で別れた後ファミレスに入りスマホでアプリを起動し、中村さんにお礼を送ろうと思ったら、ブロックされていた。そんなに良くなかったのだろうか。そう思いながら鞄の中を探ると、さっきの紙切れが出てきた。

 玩具の紙幣だった。


 どうして好きでもない男とセックスできるの?

 そう問われたら私はなんと答えようか。

 男を信じていないから。そう答えるかもしれない。

 信じていないから、簡単に関係を結んで切れる。私は、そういう世界でしか生きていけないんだ。

 きっと。


(2017年8月15日 pixiv文芸投稿 再録)


―――――

登場人物紹介

 私(20歳)

  大学生。顔はかなり可愛いのに高校でいじめにあったせいで自信が無い。

  自信が無いから、自分の価値を甘く見積もってしまう。

  極度の自己卑下、その先に何が待っているか、彼女自身も知らない。


 中村(42歳)

  よく出会い系アプリで彼女のような女子を買っているだらしない中年。

  妻との仲は冷え切っていて、子供からも好かれていない。

  愛を見失った彼は、今日もどこかでソレを探している。見つかりっこないのに。

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