第102話 到着
ボンとバーンブの足止めにより、僕達は魔族からの追撃を振り切る事が出来た。
あの後、前もロクに見えない道を、見つからない様火も灯さず馬車で走り続け、日が昇ってきた所で森の陰に隠れて小休止を取る。
馬を潰さない為でもあるが、それよりもクーベルの容体が問題だった。
「……クーベル、大丈夫か」
「は、はい、アレク様。ご、ご迷惑をお掛けして、申し訳、ありません……」
昨夜の魔族の襲撃により、クーベルは酷い怪我を負った。
クラリスの治癒魔術でいつもなら治るはずだが、何故かクーベルの傷は塞がらず、その傷跡からは血が滲みだしていた。
「迷惑なものか! むしろ、護り切れなくてすまない……! 俺が不甲斐ないばかりにっ!」
「アレク、傷に障るから大声出すなら出て行っておくれ」
傷の手当をしながらクラリスが言う。その表情は真剣そのもので、傷を見ながらあれこれ考えているようだった。
「クラリス、どうして傷、治らないのかな」
「……色々考えられるんだけどね。あんまりいいことじゃないと思う」
無言でアレクと共に頷く。
「……まず、この斬り傷が単純に深すぎる。普通の人間だったら死んでるだろう。彼女は魔族の強い生命力によって今生きていると思う。それと、恐らくこの傷を負わせた武器に呪いか毒か、もしくは両方かが付与されていたと思う。斬り傷の端が少しずつ膿んできているからね」
そう言いながら治療を続ける。その手で浄化の魔術が施され、傷の膿を少しずつ癒していった。
「後、これは運が悪い事に私の魔力が足りない。食事も尽きて、回復には中々時間がかかる。最後に、恐らく魔族は人間界では魔素が足りないんだろうね。アレクの腕も魔界では漲っていたのに、今じゃ普通に戻っている。まあ戻っているだけましかも知れないけど」
つまり、魔族は人間界では生き辛いという事なのだろう。
人間が水の中で暮らす様なものだ、とクラリスが付け足した。
確かにそんな状況では治るものも治らないだろう。
「じゃあ、クーベルの事はどうしたら……」
「人間の病人や怪我人と同じだよ。栄養を取って、しっかり休んで、自分の体は自分で治すしかない。毒や呪いは少しずつ私が治していくから、後はクーベルの気力次第だ」
クラリスの言葉聞き、クーベルは力強く頷いた。
「クーベル、辛くなったら馬車を止めるからすぐに言うんだぞ」
クーベルの手を握りアレクが優しく声を掛ける。
小休止を終え、馬車は再び動き出す。
魔族や魔物が追ってこない所を見ると、スケルトンの二人はどうやらあの数の魔族を打ち破ったようだ。
あの一撃は凄かったしな……。
とりあえずの安全が確保されたと思い、僕達は馬車を少しゆっくりと走らせる。もちろんクーベルの体調を考慮しての事だ。
このまま順調にいけば後3日程で王都のフライハイトに着く。
そうすれば僕等の願いであったエリスの蘇生が可能になる……!
「そういえば、クラリス。エリスの蘇生の方法って、どうやるの?」
「……私の魔術と魔力を全て使って行うんだ。だから、王都についてもすぐには取りかかれない。私の魔力を戻さなくてはいけないからね」
それはもちろんそうだ。術者であるクラリスの体調不良で失敗したら目も当てられない。魔術に詳しくはないけど、クラリス程の術者でないと成功できない難しい方法なのだろう。
「それまでクーベルが持ってくれればいいんだけどね……」
◆◆◆
王都までの道は順調だった。魔族も襲ってこないし、野生の動物すら現れなかった。それは、逆に考えれば食糧を得る事が出来なかったという事だ。
森の中を探せども動物を見つける事が出来ず、この三日間僕達は僅かな木の実や水を口にしただけだ。
僕達はまだ良い。我慢すれば王都で食事にもあり付けるだろう。だけど、クーベルの容体は日に日に悪化していった。
元々魔族の為肌の色は青黒いが、明らかにそれとは違う色をしている。血色が悪く、ずっと脂汗をかいている。息遣いも荒く、一日の中で意識の無い時間の方が長くなってきた。
「ねえ、クラリス……。クーベルが辛そうだ。どうにもならないんだろうか」
「……
短く詠唱してクラリスは浄化の魔術を使う。その光は弱弱しく、クーベルの傷跡を僅かに癒しただけだった。
「すまない。この子が何故こんなに苦しんでいるのか、私には分からないんだ。傷も毒も呪いも、全て癒せるように魔術は使っている。だが──」
「クラリスさんのせいではありません……。いえ、むしろここまで連れてきていただけたのはクラリスさんのおかげです。ありがとうございます。私は大丈夫ですよ。どうぞ、旅を続けましょう?」
「クーベル……。間も無く、我が王国に辿り着くのだ。そうすれば、一流の治癒師も沢山いるんだ。だから諦めるな。一杯食べて一杯休んで、身体を癒して、そうしたら王都を案内してやる。だからそんな弱気になるな!」
クーベルの手を両手で覆うように握り、アレクが必死に語り掛ける。
クーベルに出会ってから、彼女はアレクにべったりだった。嘘か本当かは分からないが、曰く二人は神話に出てくる剣士と聖女だ。アレクにその自覚はないが、クーベルははっきりと、自身はその転生者だと言った。その昔の事を思い、クーベルはアレクに恋い焦がれている。
そんな彼女の素直な気持ちにアレクも心動かされているのだろう。どうにか彼女を助けようと必死に声を掛け励まし続けている。
「アレク様……。大丈夫です、貴方様が側にいれば何も怖くありません。私はどこまでもついて行きます……」
そう言って再び目を閉じるクーベル。呼吸が安定している所を見ると、寝ているだけなのだろう。
彼女の全身にクラリスが再び治癒魔術を施す。
「気休めかも知れないが、クーベルが少しでも安らかに眠れるといいね」
全身を優しい光で包まれ、彼女は静かに眠っていた。
僕とクラリスは馬車の中から御者台に戻り、再び王都への道をひたすらに進み始める。
急がなきゃ、早くしなきゃ。
エリスの事やクーベルの事を考えると慌ててしまい、ついつい手綱を持つ手に力が入る。
そこにそっと手が添えられた。
「……大丈夫、そんなに慌てなくても平気さ。エリスはきっと生き返るし、クーベルもきっと良い結果になる。私が保証する。だから慌てずに行こう」
隣のクラリスが、一瞬泣きそうな顔をしてそう言った。
その言葉の意味と表情がちぐはぐで、少しだけ躊躇った。だけどいつもクラリスを信じてきたんだ。今回だって信じるしか僕には出来ない。
だから、クラリスの言った言葉をそのまま受け止めて、僕は真っすぐ前を向いた。
馬車を走らせ続け三日後、僕達はやっと、見慣れた王都の外壁へと辿り着いた。
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