第101話 漢の花

 溢れだす殺気にミレとトニーが急いで後ろを振り返る。


 そこには相変わらず暗闇が続いてはいるが、先程迄とは明らかに違い、そこにいる事が確信できる。


「やっぱり、今迄のは作戦だったんだね。夜は襲ってこないと思わせて奇襲するつもりだったんだ」


「ああ、だが少しはこちらに運が向いてきたようだ」


「そうだね。ミレとトニーがここに来なかったら、不意を突かれて全滅していたかもしれない。彼らに感謝だね」


 僕達も臨戦態勢を取り、迫りくる殺気に備えた。



 森の中から羽を生やした魔族が飛び出してくる。それも一匹や二匹ではない。咄嗟には数えられないくらいの数が飛び出し、僕等を包囲しようと散開している。


風刃ジグ


「せいっ!」



 広がる傍からクラリスとアレクがなぎ倒す。僕は正面からこちらに向かってくる魔族の相手をしていた。


 ミレはクーベルを守り、トニーは僕達の後ろに回り、それぞれ打ち漏らした魔族と対峙している。


「結構な数がいるね。しかも魔族ばかり。これはまずいかも……」


「一匹一匹はそう強くないが、こうも多いと骨が折れるね」


「無駄口を叩いている暇があるなら、手を動かせ!」


 アレクの叱咤に気を引き締めなおす。そんなのは分かっている。だけど、相手も物量で押し切ろうとしているのだろう。


 今迄の追跡なんて比にならないくらいの数だ。


「くっ! こんな時にあのお方がいてくれれば……!」


「きっと、きっとあの方達は来てくれる! 肉が避けようと骨が折れようと、堪えるんだ、ミレ!」


 絶望的な状況の中で、ミレとトニーは二人にしか分からない希望を持っていた。

 あの方……。あの方達……。


 この二人がそう呼ぶ対象を、僕は二人しか知らない。






 暗闇の中、僕達と魔族の戦いは続く。


 森から湧き出てくる魔物を、その外周で迎え撃つ。今の所戦況は僕達の優勢で進んではいるが、相手は質より量で押してくる。


 たとえ一撃でも喰らってしまえば、そこを皮切りに押し切られてしまうだろう。


 絶対に踏み外せない綱渡りを前に、僕等には、肉体的よりも精神的な疲労の方が重くのしかかっていた。




 魔族との戦闘中、ミレはクーベルをかばいながら基本的に逃げていた。なので戦闘に大きく巻き込まれる事はないが、やはり隙をついてクーベルにもその矛先は向かう。


 まさに今、僕等の隙間から二体の魔族が抜け出し、ミレとクーベルに凶刃を振るおうとしていた。




 ──まずい。間に合わない!




 目の前の蝙蝠の様な魔物を蹴り飛ばし、その反動でクーベルの元へ向かう。そのすぐそばにいたはずのミレは自分へと向かう刃に架かり切りで、クーベルを守る余裕がない。



 身を盾にしてでも守ろうと腕を伸ばしたが、僅かに間に合わなかった。


 袈裟斬りに振るわれた剣はクーベルの背中を深く切り裂き、暗闇に真っ赤な血潮を噴き出させる。



 剣が触れる直前、僕は僅かにクーベルを押し出した。それで多少の威力は殺しているかも知れないが、やはり傷は深い。


 二、三歩よろけたクーベルは、その先でへたり込みピクリとも動かない。



「クラリス、クラリースッ!!」


 大声で呼ぶが、すぐにクラリスが来れない事くらい分かっている。彼女もまた、目の前に魔族と必死に戦っているのだから。



 ミレとクーベルを襲ってきた魔族の首を刎ね、ミレにクーベルを託す。


 その間にクラリスの元へ行き彼女の相手を二人で蹴散らす。


「クラリス、クーベルが、クーベルがっ!」


「ああ、分かってる、落ち着いておくれ。ここは任せるよ」




 クラリスと交代して魔物の相手をするが、やはり多勢に無勢だ。むしろ良くクラリスはこの数の魔物と一人で戦っていたと、奥歯を噛みしめながら感じた。


 包囲させまいと頑張って戦線を維持していたが、それも限界だ。


 クーベルの負傷により、クラリスが治療の為に戦線離脱。抜けた穴をアレクと二人で維持する事はとても出来なかった。


 百を越えるであろう魔族が僕達の周囲をジワジワと近づいてくる。


 もうその輪に穴はなかった。どこかを突破しようにも、輪は幾重にも形成され、とても抜け切れるとは思えない。


 クーベルの傷はクラリスのおかげでだいぶ良くなった様だが、それでもすぐに動く事は不可能だ。




 まさかこんな所でこんな事になるなんて。


 四天王でも、魔王でもない魔族と魔物の寄せ集めによって、僕等は今窮地に立たされている。活路は、もうなさそうだ。


 僕は諦めてしまった。敵が強くない、その事実がより僕自身の弱さを痛感させる。こんな奴等にも勝てないなんて……。


 認めたくない事実が覆いかぶさり、僕の視線を地面に縫い付ける。



 …………。



 ──モコっ



 地面が動いた気がする。




 ──モコモコッ



 な、なんだこれは。土竜型の魔物なのか?


 一ヵ所が盛り上がったと思ったら、次の瞬間には一気に膨張し、そのまま……爆ぜた。



「英雄は遅れて現れる。待たせたな、少年よ」


「訳あって地面からの登場になり申し訳ない。挽回は一つ、戦働きで勘弁してくれ」




 爆発した土から、人影が現れる。

 僕達の目の前には、真っ白な二人がいた。若干土で汚れているが、その声は聞くモノに安心感を与える。既にある二人は恍惚の表情で白い二人を見つめている。




 大柄の白い人─スケルトン─はボン。小柄な白い人─スケルトン─はバーンブ。


 初めて会った時は大魔王と称され、朝が来るまで戦い通した。


 その後、二人の事を知り、僕達はその生き様に感銘を受けた。


 世にも珍しい知性を持ったスケルトンは、溢れ出す漢気によって、窮地の僕達の元へ馳せ参じてくれたのだ!




「さて、何やらそちらも訳ありの模様。語り明かしたいがその時間もなかろう。我らが切り開く故、行くがよい」



 そう背中で語るボン。その手にある剣には光が宿り、並々ならぬ力が注がれている。


「ボン殿、ご助力感謝するが、貴殿一人で切り抜けられるとは思わぬ──」


「何、私は一人ではない、そうだろ、バーンブよ」


「無論。ボン様の向かう所であれば、例え地獄でもお供致しましょう」


「ぐははっ、むしろ地獄からここに来たんだがな! という訳だ。我は一人ではない。それに無策で来たわけでもない。見よっ!」


 ボンは光る剣を上段に構え、集中する。すると剣が更に輝きを増し、周囲の空気が渦巻いていくのば見て取れる。



「くらえっ! ハイパーエーテル斬りっ!!」


 それはただの袈裟斬り。だが、その威力は余りにもふざけていた。


 ボンの剣筋は、既に目で追えない程になっている。そして闘気を纏った剣は、振り下ろされると同時に闘気を開放し、爆発した。

 指向性を持った爆発力は目の前にいた魔族を文字通り蹴散らした。


 直撃を受けた魔族は一瞬で蒸発し、その爆発の余波に巻き込まれた者は体のあちこちを負傷して真面に立っていられるものは皆無だった。



「ほらっ、何をぐずぐずしているのだ! 早く行け!! 貴様等には貴様等のやる事があるのだろうて」


 呆気に取られる僕等を怒鳴りつけるボン。


「大丈夫、我らに敗北はあり得ぬ。むしろそのお嬢さんの方が心配だ」


 クラリスの腕の中でぐったりしているクーベルを見て心配そうな表情をするバーンブ。


 先程のボンの一撃で、包囲の輪は半分近く崩壊している。


 二人の好意を無には出来ない。僕達はさっと目線で合図をして、この戦線から離脱する事を決意した。



 クーベルを中心に、全員で小さな円を作りながら包囲を突破する。


 そのまま馬車に駆け込み、急いで手綱を握る。


「いつか、また!」


 大きな声でそれだけを告げると、ボンもバーンブも無言で頷いた。それだけで充分だ。


 後ろ髪を引かれる思いで僕等は戦場を後にした。






 ◆◆◆






「さて、これだけの数と戦うのはどれくらいぶりだろうね、バンちゃん」


「いつ以来でしょうなぁ。流石にこんなに多くはなかったと思いますが」


「うーん、そうだよね。……勝てるかな」


「どうでしょうか。さっきのアレ、もう一回できます?」


「ははっ、残念ながら無理だ! エーテル全部放出しちゃったからね!」


「ですよね。知ってました。これは負け戦ですかね」


「バンちゃん、負け戦こそ漢の花よ! これより我ら、修羅に入る!」


「ええ、そうですな。血が滾ってきました! 日が昇る迄戦い尽くしましょうぞ!」


「うむ! 日が昇ったらに帰ろう! 行くぞ!」


「応っ!!」



 たった二体のスケルトンは、上位種である魔族に対して猛攻を浴びせた。


 エーテルはなくとも、その一振りで首が飛び、その一突きで身体の内側から破壊した。


 何度殺されても死なず、不屈の闘志で立ち向かったスケルトン達は数の優位を誇る魔族を圧倒し、その足を踏み込ませなかった。



 やがて魔族達は恐れを抱き、少しずつ撤退をする。


 一歩後退する者が現れると、そこからは後退を止める者は居なかった。


 一匹、二匹と戦場を離れる者が増え、気付けばボンとバーンブの前には誰も立っていない。


 不死の身体と不屈の精神こころを持った戦士は、たった二人で魔族を撤退せしめたのだった。



「……勝ったね、バンちゃん」


「ええ、ボン様」


「じゃあ、帰ろうか、へ」


 二人の後ろで朝日が昇る。


 それと同時に二人の身体は崩れ落ち、地面に吸い込まれる様に消えていくのだった。

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