第91話 いざ魔界へ
クラリスの口から出たのは、信じられない言葉だった。
「ま、魔界って……。どうやって行くのさ。そもそも、魔界って本当にあるの?」
「魔界は、ある。俺も最近だが魔界の話を聞いたばかりだ。だが、どうやって行くのかは知らない。帝国まで魔界に手を伸ばしていたのか……」
僕たちの言葉を聞きながらクラリスはしっかりと頷く。そして今後の方針を改めて伝えてくる。
「アレクの言う通り魔界は存在する。そして帝国は魔界と手を組んで何やら企んでいるみたいだね。だが今はそれが好都合だ。反魂の秘術を使うには私達もどうしても魔界に行かなければならない」
やはりクラリスの言葉は間違いじゃないようだ。
反魂の秘術。初めて聞いた言葉だけど、恐らくそれがエリスを生き返らせる為の魔術なんだろう。その為に魔界に行く必要がある。
ならば答えはもう出ている。
「分かった。行こう、魔界に。でも、行く方法が分からないけど……」
「ん。それも大丈夫。ある程度は聞いてきた。後は二人の演技力次第ってところかな」
クラリスがいつもの笑みを浮かべこちらを見つめてくる。こういう時は決まって何かを企んでいる時だ。
果たして今度は何を考えているんだろうか……。
◆◆◆◆◆
現在、帝国は魔界と手を結んでいるらしい。魔界にしかない技術力や資源を得る為に、対価として帝国は食糧を、つまり人の命を差し出しているそうだ。
この話を聞いた時、僕もアレクも烈火の如く怒った。護るべき国民を差し出して手に入れた技術に何の意味があるのか!
そう二人で憤ったが、クラリスは至って冷静だった。
「私もその意見には賛成だけど、じゃあどうすればいいと思うんだい? 圧倒的に強い種族と相対しなくてはならない人類は、全滅するまで抗えばいいのかい? 帝国がどこに重きを置いているかは分からないけど、人類という種を存続させる為の取引であれば、一つの方法だとも思うよ」
クラリスの意外すぎる意見を聞いて僕たちは呆然とした。
僕たちが完全無欠の英雄だなんて思ってはいないけど、せめて人としての道は踏み外したくない、常にそう考えてはいた。クラリスの意見はそれを真っ向から否定してくるものだった。
「誤解がない様に言っておこう。私は個人的には当然反対さ。だけど、アレク。君は王国内では圧倒的上位の立場にいる。指導者として、為政者として上に立つべき者はそういう方法もあるという事を知っておかなければいけないよ。ハクト、君だってそういう事があるかも知れない。大切な者を守る為に、もう一つの大切な者を捨てなくてはならない。そんな時の為に常にその事は考えておくんだ。いざその場面になるときっと選べなくなってしまうから」
……クラリスのいう事はもっともだ。僕とアレクは、まだその立場にはないだろう。だけどいつか来るその時の為に考えておく事は決して無駄ではない。
いつもながらクラリスの先を見通す思考には色々と気付かされる。
いつか自分自身でもこの様な考え方を出来る様にならなくちゃ。僕はそっと心に刻んだのだった。
馬車を走らせながら肝心の魔界への侵入方法を確認する。
現在の世界では、魔界への扉は基本的に閉ざされている。だが、帝国はその目的の為に魔界への扉を無理矢理こじ開けているとのことだ。
帝国の首都から北に一日の所にある深い森。名もないこの森の中に魔界への扉はあるらしい。
「一体どんな扉なの?」
「私も見たわけじゃないけど、その扉は湖らしいよ。普段は力のない魔物しか通れない様に閉ざされているけど、満月の夜だけはその制限が取り払われる。そうする事で魔界からも人界からも行き来が自由に出来る様になる」
「……魔界からは強力な魔物が。人界からは魔界の技術や資源を求めるものがそれぞれ行ったり来たりするのだろう。くそっ、ふざけやがって」
アレクが誰に言うでもなく吐き捨てる。心中穏やかでないのは僕も同じだが、ここからが本番だ。
作戦を成功させる為には個人の感情を挟んではいけない。失敗したらエリスを生き返らせる事は出来ないのだ。
アレクと視線を交わしその事を再認識する。
もうここは帝国の重要拠点だ。いつどこで見つかるか分からない。昂ぶる気持ちを抑え、気配を消すことに努める。
森の位置を確認した後、僕たちは森から離れ決行のその時まで身を潜める事にした。
◆◆◆◆◆
それから二日、今日は満月。人界と魔界の往来の制限がなくなる日、僕たちの決行の日だ。
「……何かに使えると思って持ってきたものが、こんな形で役に立つとはね」
クラリスがそう言いながら僕たちは帝国騎士の鎧に着替える。僕とアレクもクラリスに続き鎧を着込む。
今日の作戦は、帝国兵になりすまし魔界への扉をくぐるというものだった。
非常に単純だが実行する為には難易度の高い作戦だ。
その一つの関門である鎧は、以前運良く手に入れる事が出来ていた。後は他の見張りの兵に気づかれる事なく門を潜るだけだ。
「……上手く行くかな」
「行かせるさ。いかなきゃエリスは助けられない。多少強引でも、俺はやるぞ」
「ふふ、その意気だ。私も全力でサポートしよう。大丈夫、多少問題が起きても飛び込んでしまえばこちらのものだ。二人とも、覚悟はいいね?」
クラリスの問いに静かに頷く。
その時、遠くから一台の馬車が件の森へ向かって行くのが見えた。
「よし、あの馬車に紛れて忍び込もう。行くよっ」
帝国騎士に扮した僕たちの、魔界への道が今開かれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます