第77話 昔語
「それで、貴方達はいつからこんな事をしてたの?」
僕の問いに答えてくれたのはバーンブと名乗るスケルトンだ。
「いつからかは分からない。ただ、ミレとトニーが合流したのは最近の話だ。多分ここ5年の間だと思われる。私らは……。さて、いつからこんなままだったかのう」
なるほど。人と魔物で5年程は一緒に行動していたのか。でも、魔物は人を襲う。どうしてこの二人はスケルトンと一緒でも襲われなかったのだろうか。
「私達はねぇ、お二人に心底惚れてるからね。このお二人は、自分達に危害が加えられない限り、一方的に人を襲うなんてしないわ。だから私達は大丈夫だった。でも、やっぱり人間は見た目で判断する奴がほとんどだったわ……」
そう言うとミレは遠い目をして空を見上げた。
恐らく、魔物だという事で人間から襲われる事も少なくなかったのだろう。大変な生き方だと思うが、それも自分達でした選択の結果だ。仕方のない事だろう。
……ん? じゃあなんで僕達は襲われたんだ?
今の話を聞いて、当然疑問が浮かぶ。
「僕達を襲った理由は?」
言いながらミレとトニーを睨むと、慌てて目を逸らして口笛を吹き始めた。わざとらしい……。
「僕達を襲った理由は?」
もう一度、語気を強くしていうと、二人は慌てて地面に頭をこすり付けた。
「ご、ごめんなさーい! どうしてもお腹が空いてて……。貴方達が美味しそうなものを食べてたから、匂いにつられてつい……」
──グギュルルルゥゥ
土下座の姿勢のまま、タイミングよく二人のお腹が凄い音を立てた。
「……ははっ。まあ仕方ないよね。一晩中動いてたからお腹もすいた。ちょっと遅いけどみんなで朝食にしようか」
この時にはすっかり毒気も抜かれてしまった。
自分達を襲った盗賊なのは間違いないが、こうして話をしていると悪い人間ではないように感じる。……悪い魔物でもないように感じる。
クラリスにお願いをして朝食の用意をしてもらった。
わざとらしく嫌な顔をするけど、結局は文句を言わずにニコニコと用意してくれるクラリスは本当にありがたい。
今回の食事は簡単なものだ。干し肉のスープに、麦粉を練って丸めて焼いただけの簡素なもの。だけど一晩中動き回っていた僕達には、身体の隅々まで染み渡る様だった。
「ふぅ~、美味しかった! ご馳走様でした!」
ミレが予想外に礼儀正しく僕達にお礼を言う。ちなみに魔物の二人は食べるフリをしただけで実際には食べていなかった。
「ここまでの施しを受けておいて私達は貴方達から頂いたご恩に報いなければなりません! ボン様、バーンブ様のご命令に背く事は出来ませんが、何なりと御申しつけ下さい!」
突如片膝をついて
放っておくといつまでも、さあ! さあ! と言い続けるので、クラリスと目を合わせて頭を捻る。そうして出した結論は、僕達の目的であるアルタールという村まで案内をして貰うという事だった。
「そんなのお安い御用です! 任せて下さい! なんなら明日にでも着きますよ!」
最後のは絶対に嘘だが、場所を知っている人がいるだけでもありがたい。まともな地図もないこの地区では、口伝と経験者だけが頼りだ。
だが、そんな安請け合いをしてしまっていいのだろうか。
一応ミレとトニーが仕えている両スケルトンに聞いてみた。
「あ、全然問題ない。むしろなんで彼等、ワシ等についてくるのか不思議だったもん。いいよいいよ」
と、大きなスケルトンは言う。
「そいつ等と一緒で大丈夫なのか? 結構へまをするから、私は心配だ」
と、小さなスケルトンは言ってきた。
意見を統合すると、連れてくのは構わない、むしろ大歓迎だけど、そいつら色々やらかすから平気なの? という事だった。
「そこらへんは多分大丈夫だ。道さえ案内して貰えれば後はこちらで何とかする。少しでも早く着けるなら、非常にありがたい。恩に着る」
今度はアレクが恭しくスケルトンに話かけるが、スケルトンとしてもお荷物を押し付けたような感覚でいるようで、お互いに頭を下げ合うなんとも締まらない構図が出来上がってしまった。
「それで、実際にはアルタールの村までどれくらいでつけるんだい? 行った事はあるのか?」
「いや、ない! ただ、このエリアは私達の庭の様なもんだ。アルタールってのは東の国境近くの村の事だろ? 行った事はないけど、行った事のある人間から話は聞いた事がある。多分、大丈夫だ」
最後の多分が非常に怪しいが、ミレはいつもの調子に戻りそう言ってきた。
まあ最悪はそもそも自分達だけで行くつもりだったのだ。行って行けない事はないだろう。お供が増えたと思ってせめて賑やかに旅をしようじゃないか。
そんな気持ちで僕達は再び旅に出る準備を進める事にした。
◆◆◆◆◆
スケルトン達も特に目的地がある訳ではないそうで、途中まで一緒に来る事になった。
だが、流石に一晩中戦った後の旅路はきつい。馬車に乗っているだけとは言え道が悪ければ脱輪の恐れもある。人数が増えた事により馬への負担も大きくなる。
余り長い距離の移動は控えて、今日は早めの休憩を取る事にした。
「そういえばボンさん。ボンさんやバーンブさんみたいに、喋るアンデットというか魔物って結構いるんですか?」
恐らく年長であるボンには何故か自然と敬語になってしまう僕だった。
「いやー、どうだろうね。ワシらも結構魔物と戦ったけど、そもそも意思の疎通が出来る奴はいなかったねえ。なあバンちゃん?」
「そうですね、ボン様。私は実は何度か生まれ故郷の墓場に行った事があるんですが、そこから生まれるスケルトンは皆話が出来ませんでした。同種なので襲われる事はなかったですが、なんだか遠巻きに見てきて、私の方が異端の様に見られましたよ」
「だって。少なくともワシもバンちゃんもあった事ないから、珍しいんじゃないかな。そこのお姉ちゃんの方が詳しそうだけど」
「ん。別に私もそんなに詳しい訳じゃない。ただ、喋る魔物が珍しい事くらいは知ってるぞ。せっかくだから魔物の身体について色々教えて貰おうか?」
二体のスケルトンは、自分の両胸を隠すような仕草をして「キャー」と黄色い悲鳴を上げていた。なんてシュールなんだ。
でも僕も魔物の事は気になるから、聞ける範囲で色々聞いておこう。
日が完全に沈み切る前に今日の寝床を用意して、夕食の準備に取り掛かる。
作ってくれるのはもちろんクラリスだ。
スケルトンは実際食べないから問題ないけど、ミレとトニーは人間だ。もちろん食べる。トニーなんか誰よりも大きい身体をしている。余計に食べるだろう。
参ったな、人数が多くて旅は賑やかになったけど、元々三人旅の想定でしか食糧を用意していない。このままでは早々に食糧が尽きてしまうだろう。
予想外の困難に直面した僕達は、大人数のパーティーの難しさを改めて感じたのだった。
……だが、そこは野盗の二人だ。食糧調達の術は心得ていた。
二人は小さな弓を取り出すと、気配を消して森の中に入る。僕達はしばらくそのまま森の入り口で眺めていたが、30分程だろうか。大きな音を立てながら森の中から二人が出てきた。
──そして二人の間には大きな鹿が吊るされていた。
「どうだ、見てくれ! すごいだろう!?」
出てくるなり鼻高々に声を張り上げるミレ。トニーは黙ったままだったが、その顔には笑みが零れている。
「おお、凄いじゃないか二人とも。これからは私達の分も狩ってきてもらうとしよう。ノルマは一日二頭だな」
クラリスの言葉に顔を引きつらせる二人。もちろん冗談なのだが、クラリスは真顔で冗談を言うから分かりづらいのだ。
こうして、ミレ達が狩ってきた獲物で食事をとり、夜警は寝る必要のないアンデッド達がしてくれるという、逆の方へ予想外に快適な旅が始まったのだった。
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