第57話
「さあ、どちらにしますかアレクさん」
いやらしい笑みを浮かべ、俺に選択を迫ってくるカール。
「アレク、ダメだよっ! 腕を、騎士になる道を捨てないで!!」
悲痛な声で訴えかけてくるエリス。
……俺は、俺には、エリスを犠牲にする事なんて出来ない。
騎士とは、護る者だ。
誰かを犠牲にして選ぶ道は、それは俺が望む騎士道ではない!
「……俺の右腕をくれてやる。その代わり、エリスには手を出すな」
「アレクっ!!」
「いいんだ、エリス!」
「ほーう、いい覚悟ですねぇ、アレクさん。何、今は技術が発達してますからね。私の様に魔導義手を使えば、日常生活には問題ありませんよ」
そう言いながら、右手で腰から剣を抜き俺に近づいてくるカール。言う通り右腕の魔導義手は問題なく機能している様だ。
……くそっ、こんな奴に。こんな奴の良い様にやられて、俺は本当にそれでいいのか!?
カールがゆっくりと俺の前に足を進め、そして剣を振りかぶる。
「ダメ、やめてよっ! やめてーーーー!!」
振りかぶった剣を、カールは勢い良く振り下ろし、そして俺の腕を両断……させないっ!
剣が腕に触れる瞬間、俺は身を翻しその剣を避ける。そしてそのまま拳を握り締め、カールの下顎を打ち抜いた。
「……やはり貴様なんぞに好き勝手されるのは気に喰わない。やるなら正面から正々堂々かかってこい!」
一味が呆気にとられてる隙にエリスを捕らえている男達を叩き伏せ、エリスを救出する。手足は簡素な縄で縛られているだけだったので、剣で切り自由を取り戻させた。
「大丈夫か、怪我はないかエリス!」
「ア、ア、アレクっ……! ボ、ボクは大丈夫、ありがとう……」
なんとか無事にエリスを解放出来たが、だがここは密室の中。一つしかない入り口を塞がれれば、当然出る事は出来ない。
「さて、正面突破しかないが、いけるか?」
「……ふうっ。ふふっ、ボクを誰だと思ってるの? 剣さえあればあんな奴らに負けやしないよ!」
叩き伏せた男から剣を奪い取り、早速に構える。エリスの体から覇気の様なモノが溢れ出て、男達を後退りさせる。
「……アレクが一緒ならどんな奴でも怖くないよ。いくよっ!」
言うが早いかエリスは入り口の男達へと飛び掛かって行く。
剣を体で思い切り振るい、次々に男達を斬り伏せる。相当ストレスが溜まっていたのか、いつもの剣よりも荒々しく感じたのは間違いじゃないだろう。
さて、俺も奥の奴らをちゃんと潰しておこう。
振り向いた時にはカールが男達の手を借りて立ち上がる所だった。
「貴様ぁぁっ、よくも、よくも騙したなぁっ!!」
「別に騙してなんぞいない。やっぱり嫌になっただけだ。ほら、欲しいならこの腕くれてやるからかかってこい」
「こ、こ、この野郎ぉぉぉ!!! キエェェエーー!」
奇妙な雄叫びを上げて飛びかかってくるカール。しかし、こいつの剣は何度も見ているし、通用しない事も分かっている。
相変わらず定まらない剣筋で俺に襲いかかってくるが、払い退けて腹に前蹴りをするだけで、詰めてきた距離が一気に開く。
「くっそおぉぉ、ゆ、許さんぞ、絶対に許さなーいっ!!」
倒れ込んだまま叫び、ギャーギャー喚いている。
こいつは子供か。みっともない姿で喚くカールを冷めた目で見ていたが、カールの瞳の中にはドス黒い炎が揺らいでいた。
そのまま魔導義手を伸ばすカール。
次の瞬間には手首から先が外れて、真っ黒な孔を覗かせる。
……なんだ? カールが何をしているのか分からないが、嫌な予感がする。
背筋を悪寒が通り抜け、慌ててエリスに飛びつく。
「伏せろっ!!」
──ズドドドドドッ!!
……振り向くと、魔導義手から見えざる何かが飛び出し、俺達が立っていた場所を蜂の巣にしていた。
「……貴様っ、なんだそれは!?」
「ふっ、ふはははっ、はぁーっはっはっー!! 別に説明してやる義理もないがな、どうだ、凄いだろう? 私の魔導義手に仕込まれた秘密兵器だ! ほんの少しの魔力を流し込むだけで、仕込んだ魔術式によって高速で魔術が飛び出すのだ!」
こいつは……! どこまでも汚い手を使いやがる!
「う、うぅ……。いてぇ、いてぇよぉ……」
カールの放った魔術によって、一味の男達が何人か負傷している。
「自分の仲間まであんなにして……! お前は何とも思わないのか!?」
「仲間? 勘違いするなよ? そんな奴ら仲間でもなんでもない。金で雇っただけの、俺に従うだけの存在だ! 怪我をしようが、死んでしまおうが痛くも痒くもない!」
……やはりこいつは人として腐っている。存在そのものを許す事が出来ない。今この場で、こいつとの因縁にケリを付けてやる!!
「わかった、貴様はそういう奴だという事を忘れていた。ここで終わらせてやる! 貴様との因縁も、貴様の命も!」
腰から
「──これで終わりだっ!!」
カールを一刀のもとに両断すべく、全身に力を込めて飛び込む。その瞬間──
「──あぶないっ!」
──ドンッ
俺が踏み切るのと同時に、横から強い衝撃を感じ軌道が逸れる。
ふと後ろを向けば、そこにはエリスが俺に体当たりをして背を向けている。
──そして、エリスの背中からは、
「あっ──」
一言、小さな言葉を発してエリスは膝から崩れ落ちる。背中から血が吹き出し、エリスの服が徐々にドス黒く染まっていく。
背中から生えた剣は胸元まで続き、その根元をカールと同じ金髪の男が握っていた。
「貴様、ルドルフ……。お前は一体何を、何をしているんだ? 」
「何? そんなの決まっているじゃないですか。兄様の邪魔者を排除してるのです。貴方を殺そうと思ったのですがね、この女性が邪魔をするので。排除しようと思ったら、手が滑ってしまいました、残念」
そのまま剣を乱暴に振り払う。ドサという音を立てて、エリスは床に崩れ落ちた。
「エリス、エリス!! 大丈夫か!? おい、しっかりしろ!?」
「おい、ルドルフ。何をしている! その女に傷を付けるなと言っただろう!」
「すいません、兄様。余りにもこの女がしつこくて。隙を見てアレクさんを仕留めようと思ったんですが、つい手が滑ってしまいましてね」
……こいつらは何を言っているんだ?
エリスが傷ついているんだぞ。そんな事話してる場合ではない。
エリスが、エリスが、エリスが、エリス……!
「あーあ、これどうするかな。マズいなぁ……。まあいいや。なんか萎えちゃったし。とりあえず、ここは一旦撤収しましょう。貧民街の暴漢に拐われたエリス嬢は、アレクさんの健闘虚しく命を落とす。そういう筋書きで。おい、お前ら、いくぞ」
何か言って去って行ったが、そんな事どうでもいい!
エリスはどうなった。エリスは大丈夫か。エリス、エリス!!
慌てて駆け寄りエリスのもとにより、体をそっと抱き起こす。
「エリス、エリスっ! 大丈夫か!? 今、治癒術師を呼んでくるから!」
「……いい、無駄だよ、アレク……。ごめんね、迷惑かけて。そ、それよりもお願い、側にいて……」
喋りながらもエリスの口から血が溢れてくる。
「もういい、喋るなエリス! 大丈夫だ、俺が付いている! 必ず助けるからな!」
「うん、ありがとう……アレク。……でも、ボクの話を、聞いて……?」
「なんだ! 俺はここにいる! ちゃんと聞いている、何でも言ってくれ!」
「……ふふ、ありがとう。アレク……、ボクは君に、あ、憧れてたんだぁ……」
「俺に? なんでだ? お前の方がよっぽど立派じゃないか! 剣も生き方もお前の方が俺なんかより……」
「そ、それでも……、ボクには君が輝いて見えた……。ボクが頑張れたのは、アレクの、おかげ……」
少しずつエリスの顔が白くなっていく。握る手には力が失われて、指先から徐々に冷たくなってくる。
「ボクは、ね……。アレクの真っ直ぐな所が好きだった……。一生懸命に剣を振るアレクが好きだった……。カッコつけで、でも、や、優しい、アレクが大好きだった……」
「エリス、そんな事言うな! 俺は、俺は……!」
「……最後の最後に、ア、アレクの腕に、抱かれて、ボクは幸せだよ……」
「いくらでも、いくらでも抱いてやるから! エリス、ダメだ! 死んじゃダメだ!」
「……ご、ごめんね。もう、ダメみたい……。もっと、アレクと一緒に、居たかった、な……。死にたく、ないな……。アレク、大好きだよ……。り、立派な騎士に、なって、ね……」
そう言ってエリスの腕は力なく垂れ下がる。
「エリス……? エリス!? エリス!! エリーーーースっ!!」
倉庫の中に、俺の絶叫だけが木霊する。
救いようのない現実に、俺は喉から血が出るまで、いつまでも叫び続けた。
────────
【あとがき】
いつもお読み頂きありがとうございます。
衝撃の展開となり、この先一気に加速して参ります。
この先の展開が気になる、続きが読みたいと思って頂けましたら、⭐︎や♡、コメントなどで応援頂けると嬉しいです。
執筆の励みになりますので、是非宜しくお願い致します。
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