第54話 とある日 〜side エリス〜

「あーあ、今日もつまんないなぁ」


 最近ボクは暇を持て余してる。なんでかって?


 そりゃ一緒に遊んでくれる……もとい、稽古をしてくれるアレクがいないからさ。


 アレクは闘技会が終わってから、毎日貴族の家や孤児院に引っ張りダコだ。

 アレクに剣術を教わりたいって人達が、こぞってアレクのお父様にお願いをしてるからね。



「だからってあんなに受けなくてもいいのに……」



 アレクに剣術指導の依頼をしてきたのは50件くらいあるみたいだった。

 その中でどうしても受けなきゃならないって言う分でも30件くらいあったみたい。


 剣術なんてそう簡単に身につくものじゃないから、何回も何回も教えに行かなきゃならない。

 そうするとアレクは休む事なく毎日毎日色んな人の家に行かなきゃなんない。



 だからボクは毎日おいてけぼり。


 あーあ、こんなんだったらボクも闘技会に出て準優勝くらいしておけば良かったなー。

 そしたらアレクと一緒に剣術稽古に行けたのに。



「って、そんな上手く行くわけないかぁ。そもそも生きて帰れるかも分かんないしね」


 そう、アレクの優勝した闘技会は命を落とす人も多い。命を懸けてでも参加すべきくらい賞品が凄いからだ。

 沢山の人が参加して、結構な数の人が死んでる。


 アレクにはあんなに簡単に勧めてしまったけど、いざ自分が出るとなると、怖い。


 今更ながらアレクには悪いことしちゃったなぁ。


 ボクはそんな事を考えながら、あてもなく住人街の露店をプラプラ見て歩いた。



「あっ! そうだった! 忘れてた、危ない危ない」


 露店の揚げ菓子を食べながら、今日の日を思い出した。今日はアレが出来上がる日だった。


 アレクが優勝したのに、お祝いの一つもしてない。そんな事を考える間も無くアレクに剣術指導の依頼が来てしまったからついついタイミングを逃してしまっていた。

 だから、ボクはアレクにプレゼントを用意したのだ!



 それが出来上がる日。


 ボクは急いで住人街から商人街への道を進む。












 商人街にあるその店は、貴族ばかりを相手にする様な店ではない。

 予算に合わせて、心のこもった贈り物を贈れると評判の、質の良い店だった。




「こんにちはー。注文してたエリスですけどぉ……」



 ひょこっと店に入ると、幸いお客さんは他にいなかった。


 奥から店主さんが出てきてくれて、ニコニコしながら声を掛けてくる。


「いらっしゃいエリスさん。随分遅かったね、もっと早く来るかと思ってたよ」


「えへへー、ちょっと寄り道してたら遅くなっちゃいました」


 とても忘れてたなんて言えないよね。


「まあ若い子は寄り道が好きだからね。でも、ちゃんと最後は自分の進むべき道に戻るんだよ。それで、注文の品、出来てるよ」


 そう言ってカウンターの下から袋に包まれた商品を取り出す。クッションの敷かれた台の上にそっと取り出して、それを並べてくれた。


「うわぁ! 綺麗、すっごい綺麗だよ!」


 このお店で頼んだのは、ブローチだ。

 アレクはいつもキリッとカッコつけてるんだけど、ちょっと洒落っ気が足りないと思うんだよね。


 いつも着てる服に合う様に、剣と獅子をモチーフにしたカッコイイブローチを作って貰ったんだ。

 勿論デザインしたのはボクだ。



「おじさん、流石だね! これはカッコいいし可愛いし、きっとアレクにも似合うよ!」


「気に入って貰えて良かったよ。彼氏も喜んでくれるといいね」


「か、彼氏なんかじゃないよ! ただ……、そう、仲の良い友達! 幼馴染だよ!」


 なんだかニコニコしながらおじさんはこっちを見てくる……。やめてよ、そんなんじゃないよ。



「そうだエリスちゃん、このブローチ作ってる時にさ、ちょっと材料が余っちゃってね。手慰みに作ってみたんだけど、良かったらどうだい?」


 そう言っておじさんは袋からもう一つ何かを取り出した。なんだろう……?



 おじさんの手から出てきた物。それはアレク用に注文した物よりも一回り小さいブローチだった。


 アレクの物と同様に獅子と剣でデザインされているけど、獅子はたてがみの無い雌で、剣は細身のブレードになっている。


「こ、これって……」


「はは、そんなに深い意味はないよ。ただ獅子だって一匹じゃ強くなれない。守る何かがあるから強くなれると思ってね。せっかく雄々しい獅子のブローチを作ったんだ。精々その獅子にも強くなって貰わないとね」


 そう言って手に渡してくるおじさん。


 ……この店が人気な理由が分かった気がする。なんだか良く分からないけど、ボクには分かったんだ!


「うん、うん! おじさん、ありがとう! 二つ貰っていくね!」


 おじさんもニコニコしてブローチを包んでくれた。二つとも綺麗な木の箱に入れて、ちゃんとプレゼント用にして。




 また来るねーと告げ、意気揚々とお店を出た途端、ボクの気持ちは一気に冷めた。目の前の存在に、一気に冷めさせられた。




「おやおや、これはこれはエリス殿、こんな所でお会いするとは奇遇ですねぇ」



 金髪の、巻き毛。鼻につく胡散臭い喋り方。ボクが嫌いな奴の一人。カールだ。なんでこんな所に……。


「こんにちは、カールさん。奇遇ですね、ではごきげんよう」


 こういう奴は関わらないに越した事はない。さっさと帰ろう。


「ちょっとお待ちなさい! 私は貴方に用事があってここまで来たのです!」


 ほらやっぱり。偶然なんかじゃないじゃないか。


「実は、本日我が屋敷でアレク殿が剣術の稽古をしてましてねぇ」


「それは知ってるよ。なのになんでアナタがここにいるの? 稽古は受けてないの?」


「ほら、ご存知の通り私は先の大会で腕を怪我しておりましてね。代わりに私の親族一同が稽古を受けさせてもらってますよ。ただ、今ちょっと困った事が起きてまして……」


「困った事……?」


「ええ、私の親族達に血気盛んな者が多くてですね。アレク殿が本当に強いのか確かめると言い出して聞かず、今まさに決闘が始まる寸前なのです!」


 なんだ、そんな事か。そこらの奴等にアレクが負けるハズがないじゃん。


「それの、どこが困った事なの? アナタの親族が困ってるんじゃないの?」


「うぐっ…、い、いえ、そうではないのです! 私の親族達が少々手荒な者達を連れて来ておりましてね。その数総勢50人! どうです、大変でしょう? これだけの人数が一斉にアレク殿に襲い掛かろうとしているのです!」



 流石に、50人はアレクでもツライよね……。でも、やっぱりなんだかこいつの言う事は信用ならない。


「それで、ボクはどうすればいいの?」


「ええ、ええ! エリス殿はアレク殿の手助けに来て貰えればと思いましてね! 是非我が屋敷で稽古の補助をしてください、そして荒くれ者共を捻じ伏せてください!」


 なんだかやっぱり胡散臭い。でも、多分荒くれ者達はコイツが呼んだんだろうから、アレクが困ってるのは本当なんだろう。


 アレク、怪我なんてしないでね。こんな奴等の為に怪我でもしたら、本当にバカバカしいよ。今、行くからね!






 多分、この時のボクは毎日の退屈から解放されたかったんだと思う。

 胡散臭いカールの言葉に乗せられ、カールが用意した馬車に乗り込んだ。

 カールが後ろでほくそ笑んでる事にも気づかずに。

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