第五部 陰謀

第51話 アレク先生

「よし、じゃあ今日はここまでにする」


「はい! アレク先生、ありがとうございました!」


 少年達が一同に声を揃えて言い、お辞儀をする。


 今俺は、先生なんて事をやっている。どうしてこんな事になったんだ……。






 ──話は今から一カ月前に遡る。


 一カ月前、くだんの闘技会で優勝した俺に、剣術指導の依頼が方々から舞い込んできた。


 父の知人、貴族の交友関係、学園や孤児院等、およそ剣術等無縁のところからも依頼が来る程だ。


 大抵は父にまず依頼があり、それを選別してから受けるという事になっていたが、中には街中を歩いている俺に直接声を掛けてくる者もいた。






「アレク先生、大人気だねっ!」


 夕方、指導を終え家に着いた俺に、笑いを堪(こら)えながらエリスが話しかけてくる。なんでお前はいつもここにいるんだ。


「先生なんてもんじゃない。ただ俺は頼まれたから剣術を教えている、それだけだ」


 そう、本当にただそれだけだ。



 この国ではいくつも剣術の流派はあるが、王国騎士団はギルベルト流剣術を名乗っている。聖剣伝説の剣士・ギルベルトが残した剣術は、この国を護る騎士に相応しいという事で継承されているが、基本的には騎士にしか伝わらない剣術だ。



 俺は家庭の事情もあり、幼い頃より父から剣術を教わっていた。正式なギルベルト流剣術とは違うのかも知れないが、それでもその源流はそこにある。




 そして、騎士団に所属する者は身内以外の者にその剣術を教える事は出来ない。そう騎士団の規定で決まっているのだ。


「そこでアレク先生の出番なんだよね! 騎士団に所属していない、騎士の様な青年。剣は流麗で、見目麗しい。その肩書きは侯爵家子息。それじゃ誰も放っておいてくれないよね」


 エリスはふざけてそうは言うが、張本人の俺はたまったものではない。


 剣術指導の依頼は30件にも及ぶのだ。週に5件回っても、ひと月で回り切れない。



 今日指導に行った孤児院等は良い。子供達も素直で、真っすぐ育つ為に剣術が必要であれば、いくらでも協力する。


 ただ、貴族の子弟達はダメだ。親に言われてやっているのか、嫌々指導を受けている感が否めない。それに、必ずと言っていい程付きまとって来るのがその家の令嬢だ。


 剣術の稽古をしているのにヒラヒラしたドレスを着てやって来る。稽古を始めて1時間もしないうちにお茶だなんだと言って休憩を勧めてくる。


 一体あいつ等は何なのだ。やりたくなければやらなければいいし、強くなりたいのであればもっと本気で稽古をするべきなのだ。



 ここ最近はそんな事の繰り返しで、俺は少しづつ溜まってくる苛立ちを隠せなかった。



「まぁまぁアレク、大変だと思うけど頑張って。これは強者の責務だし、人にモノを教えるというのは悪くないはずだよ。教える事で実は自分が教わっている、なんて事もあるかも知れないしね」


 エリスはそう言って肩を揉んでくる。別に疲れている訳ではないが、エリスなりの気遣いだと思うと、少しだけ心もほぐれてくる。



「そういえばさ、闘技会優勝の副賞って何が貰えるの? もう届いた?」


「いや、まだ届かないな。まあ記念みたいな物だろう。特に欲しい物もないからな」



 そう、特に俺は欲しい物はない。物によってはエリスに贈ってもいいと思っている。俺が闘技会に参加を考えたのもエリスのおかげだしな。


「届いたら見せてよ! つよーい剣とかだと良いね! じゃあお風呂入って、皆でご飯食べよっ。おじさんもおばさんも待ってたよ」


 だからどうしてお前が俺の家の事を仕切っているのだ。


 ……まあいいか。エリスのおかげで確かに家は明るくなった。父も母も歓迎しているのだ。


 これ以上何か言われないように、黙ってエリスについて屋敷に入る。そこでもやっぱりエリスは俺の前を歩いていくのだった。




 ◆◆◆◆◆




 夕食は大体家族全員で摂る。父も最近は公務を早めに切り上げ、必ず帰ってくるようになった。

 ……エリスがいるからか?




「アレク、どうだ。少しは慣れたか?」


「ええ、少しは。孤児院や学園の生徒は元気があって、素直でとても良いと思います。こちらも教え甲斐があります」


「その言い方だと、貴族の子弟達は教え甲斐がないと言っているみたいだな」


「っ! いえ、そんな事はないのですが……」


「言い訳なんてしなくていい。わかっているさ。実際その通りなんだろうからな」


「……では、何故父上はこの様な事を引き受けたのですか?」


「……まあ、色々あってな。アレク、一つだけ言っておく。貴族の繋がりを決して馬鹿にしてはいけない。奴等は自分の利益だけで動いている。自分の利になると思えば仇敵同士でも結託して事を構えてくる。それだけは忘れるな」


「はい、分かりました。それで、明日はどこに指導に行けばよいでしょうか」


「明日は……、ほう、バークレー伯爵家だ。長子のカール殿以下、その親族に指導をお願いしたいと来ている。明日の午後からになるから、ちゃんと準備しておく様に」


「承知しました」



 バークレー伯爵家……。


 闘技会の決勝トーナメントで俺と戦ったカール。あいつは右腕を切り落とされていたはずだ。なのに剣術の指導を受けるだと?


 しかもアイツからしたら自分の腕を切り落とした因縁の相手だ。一体何を考えているんだ……。


 俺の考え過ぎかも知れないが、何かきな臭い物を感じる。何もなければいいのだが。



 食後、遅くなる前にエリスを迎えにきた馬車が到着する。壮年の男性が馬車からゆっくりと降りてくる。彼は長年ミルヒシュトラーセ家に仕えている執事のクリスティアンだ。


 俺はどうにもこの執事が苦手だった。無礼な態度を取られる事は決してないのだが、目の奥には隠し切れない炎が宿っている様で、それはなんとなく俺に向けられている気がしている。



「エリス様、お迎えに上がりました。どうぞ」


 クリスティアンに勧められて馬車に乗り込むエリス。乗った後に馬車の小窓を開けて大声で叫んでくる。



「アレク、今日もお疲れ様! また明日も来るからねー! ちゃんと先生として頑張るんだよ!」




 お前に言われなくたってそうするさ。ブンブンと大きく手を振るエリスを見送りながら、俺はお疲れ様の言葉が何故か頭から離れなかった。

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