幕間 〜試し斬り〜

 刀を受け取った翌日、早速僕達は荷物をまとめて王都へと帰る。


 お世話になった酒場のジンさんや工房長に挨拶を済ませ、朝の早い時間にノルンの町を出た。



「……なんだか嬉しそうだね、ハクト」


「ん? そりゃ嬉しいよ! 僕の刀が出来たんだ。前の刀が、そのまま強くなった様な感覚なんだ。早く使ってみたいよ!」


 馬車に乗りながら、行きとは違う、ウキウキした気持ちで二人で会話をしていた。


「帰りは、ハイルの町に寄ってもいいかい?」


「うん、別にいいけど、どうして?」


「ほら、前に話をしただろう? あそこには温泉があるんだ。昔入った記憶が忘れられない。もう一回入りたい……」


 クラリスがお願いをしてくるなんて珍しいので、勿論断るつもりはないのだけど、そんなに温泉とはいいものなんだろうか?


 遠い目をしたクラリスに頷きながら、僕達はまずハイルの町を目指す事にした。



 ハイルの町はノルンの町から3日程進んだ場所にある。ノルンに向かう時も通り過ぎてきた町だ。


 その間には小さな村はあるが、宿屋などはなかったので行きも帰りも野宿にする。



 今日はそれなりに進めたので、まだ陽はあるが早めに場所を決めて寝床の準備をする事にした。

 それは何故か。僕が試し斬りをしたいからだ。


 アレクに借りた剣は、魔獣討伐の時に無くしてしまった。

 なので、僕はキキに作って貰った刀を腰から差していた。


 クラリスと共に、街道付近の森へ入る。少し進み、森の中の開けた場所で試し斬りをする事にした。


「さて、ハクト。まずは何を斬るんだい?」


 そう言われて辺りを見ると、手頃な太さの木があったので黙ってその前に立つ。



 木を前に呼吸を整え、ゆっくりと刀を上段に構える。



 ──ふぅ、ふぅ……。……ふっ!


 息を吐く一瞬で、右から袈裟に斬る。返す刀で横に払い、一瞬で木は三つにその幹を分けていた。


「やっぱり流石キキだね。前の刀よりも使いやすいや! 幹に刃が食い込む感覚が、前よりも鮮明に感じられる」


「それはハクトの腕前が上がったからじゃないかな? それに、その刀はそれだけじゃないだろう?」



 ……そう、この刀はそれだけじゃない、はず。

 素材として使った破断鋼ディスポートダイト。これは、魔力を通すと物体を破断する力を持っている。


 でも、どうやって使えばいいんだろう?



「ハクトは魔導具は使ったことはある?」


「そりゃあるよ。家庭用の火を起こす奴や風を起こす奴だけど……。それがどうしたの?」


「多分だけど、その感覚で使えばいいはずだよ。魔力を込めて、ちょっとアレを切ってごらんよ」


 そう言ってクラリスが指を差したのは、人の大きさくらいの岩だった。



「……これに刀を振って、刃が欠けたらやだなぁ……」


「その時はその時さ、直せばいい。これくらい切れなきゃワザワザ高いお金を出して買った価値はないだろう?」


 それもそうか。でも、本当に大丈夫かな……。

 岩の前に立ち、刀に魔力を込めてみる。魔導具を使った時と同じ様な感覚がして、刀が薄く発光する事で魔力が流れ込んだのが分かる。


 どうか壊れません様に……!


 ──ドゴォッ


 上段から叩きつける様に切ると、激しい音をたてながら岩の上部に刃が喰い込む。


 キキに作って貰った刀は、その刃を欠けさせる事なく見事に岩を斬り砕いた。



「……凄い、凄いよっ、クラリス! こんな刀を手に入れられるなんて!」


「うん、見事だ。いい刀だね。ちょっと私にも貸してくれるかい?」


「えっ? うん、別にいいけど……」


 珍しくクラリスが刀を手に取る。やっぱり、元宮廷魔術師として何か感じる所があるんだろうか。



 僕と同じく岩の前に立ち、刀を構える。

 クラリスが刀を持つ所なんて初めて見たけど、結構様になってるじゃないか。


 刀に魔力を込め始めると、僕の時の比ではないくらい刀が眩しく輝いていく。

 視界を真っ白に染めるかと思われた刀を振り上げ、岩に向かって勢い良く振り下ろす。



 ──バッゴォォォォン……


 僕の時の比にならない爆音を立てて、刀はその岩を粉砕し、地面までもえぐっていた。


「「…………」」


 僕は声を出せず、クラリスは声を出さなかった。


 ……なんて威力だ。こんなの人間がまともに喰らったら木っ端微塵だ。そっ、それよりも刀は大丈夫なんだろうか!?


 もうもうと上がる土煙がおさまると、そこには刀を握って立っているクラリスがいた。肩で息をして、心なしか疲れている様に見える。

 そしてどうやら刀は無事の様だ。



「クラリス、凄いね。僕、自信なくなってきたよ……」


「別に大した事ではないよ。ハクトだって出来る」


 刀を渡しながら、もう一つの岩を指差して言葉を続ける。


「ハクト、これは制限のない魔導具だと思えばいい。魔力を流せば流すだけ威力があがる。素材の限界はあるだろうけど、限界を超える程の魔力は流せないだろうから、思いっきりやってごらん」


 そう言って僕の背中を押してくる。

 先程と同じくらいの岩を前に、僕は刀を構える。

 言われた通り、ありったけの魔力を込めるとさっきよりも刀は強く発光し、その刀身を輝かす。



 ──おりゃ!!


 掛け声一閃。同様に上段から振り下ろした刀は、今度は見事に岩を両断する事に成功した!


「やった! 僕にも出来た!! やっぱりこの刀は凄い──」


 言いながらクラリスの体が横に傾く。

 ……違う、僕の体が傾いているんだ。慌てて駆け寄ってくるクラリスが何か言っているが、遠くなる僕の意識ではそれを聞く事は出来なかった。



 ◆◆◆◆◆



 気がつくと星空が見え、脇ではパチパチと焚き火が爆ぜる音が聞こえてくる。


 そしてもう何度目だろうか……。クラリスの顔が下から見える。頭の下に柔らかい感触を感じる。これはそう、つまり……。


「やあ、目が覚めたかい。寝心地はどうだっかな?」


 そう、膝枕だ。ゆっくりと体を起こし、クラリスに謝罪する。


「気にする事はない。私がけしかけたのが悪いんだ。こちらこそごめんね、ハクト」


「どうしてクラリスが謝るの? さっきのはクラリスが何かしたの?」


「いや、そうじゃないけど、ハクトに何も伝えずに無理をさせてしまったからね」


 クラリスの説明では、この刀は無制限の魔導具の様なものという事だった。

 通常魔導具は、その物の中に魔術式が組み込まれており、そこに魔力を流すと式が発動して事象を引き起こす。

 それは流された魔力の量によらず、一定の出力で効果が発動される様になっている。もし過大な量の魔力を流してしまうと、魔術式が負荷に耐え切れず焼き切れてしまう。


 だけど、この刀は違う。魔術式なんてなくて、その素材の特性で魔力に反応し効果を発揮する。つまり、魔力を流せば流すだけ強力な効果が期待出来るという事だ。


「だから、この刀を使いこなすには魔力の操作を覚えなければいけないと言うことだ」


「そうなんだ……。じゃあクラリスがこの刀を使って岩を砕いて見せたのは、大量の魔力を一度に流したから?」


「そう。極大魔術分の魔力を流してみた。そして君は多分、一度に自分の限界の魔力を流したんだと思うよ。だから気を失った」


 なるほど。クラリスが疲れていたのも、僕が気を失ったのも納得だ。

 ただ、そうなるとこの刀は扱いが難しいな。魔力の操作はクラリスに教えて貰うとしても、うっかり魔力を流しすぎるとさっきと同じ事になる。


 戦闘中に気を失ったら、それはすなわち死を意味する。

 これはなんとしてでも、魔力の操作を覚えないとならないぞ。


「大丈夫だよ、ハクト。ここにいるのは誰だと思ってるんだい? 君の魔力の操作も、いざという時の護衛も私を信用していいよ」


「……僕は、そうならない為に強くなりたいんだ。守られるんじゃなくて、守りたい。自分が強くなって、少しでも守れるモノを多くしたい。だから、強くなりたいんだ」


「ん。いい心がけだね。……ただ、本当に大切なモノは何か。それはちゃんと考えておくんだよ」



 そう言って、既に作られていたスープを差し出してくる。本当に大切なモノか……。すぐに答えの出ない問題は、スープに混ざって溶けていってしまった。




 ◆◆◆◆◆




 翌々日、僕達は目的のハイルの町へ辿り着く。

 ノルンよりも南に位置するが、標高の為なのかチラチラと雪が舞っていて、揃いの木材で建てられた町並みを風情のあるものにしていた。


「ここはなんだか心躍る町だね! 初めて来たのに、なんだか懐かしい様な気がする」


「そうだね。私は実際懐かしいんだけど、でも初めて来た時もそういう気持ちになったよ。ハクトと来れて良かった」


 馬車を馬屋に預けて二人で町を散策する。独特の匂いが町中を漂っているが、これがどうやら温泉という物の匂いだそうだ。


「くさいと思う人もいるけど、慣れてくればなんて事はない。温泉に入ればその意味も分かるよ」


 そして日も暮れかけた頃、クラリスは一軒の宿屋に入って行く。今までの町や村で見た宿屋よりも遥かに立派な建物だ。少しだけふところが心配になった。



 受付を済ませたクラリスがニコニコしながら戻ってくる。


「さあ、部屋が取れたよ。残念ながら一部屋しか空いてなかった。でもそんな事気にならないくらいの部屋だ。楽しみにしてて」



 スタスタと宿の階段を上っていく。もしかして前にもここに来たことあるのかな。


 ……そして、クラリスに付いて部屋に入ると、意外に普通の部屋だった。


「この部屋は、何が特別なの……?」


 言いながら部屋を見ると、違和感を感じる。普通は小窓しか付いていない壁。そこに扉があるのだ。


「なんでこんな所に扉が……」


「開けてみて」



 促されて扉に手を掛ける。ゆっくりと押し開けると、そこには見渡す限りの地平線が広がっていた。


「うわぁ……」


 雪がちらつく中、遙かな山々までも見渡せるその景色は絶景と言うに相応しい物だった。


 そしてもう一つ。そこには何とお風呂がついていた。

 湯船に溢れるくらいのお湯が、もうもうと湯気を立てて注がれている。

 左右には衝立ついたてをして横の部屋からは見えない様になっており、この部屋だけの貸切のお風呂だった。



「どうだい? 外で景色を見ながら湯船に浸かる。暑くなったら身体を冷やして、冷えたらまた湯船に。キーンと冷えたお酒を飲みながら入れば、疲れも悩みもとんでいくよ」


 そう言っておもむろにローブを脱ぎ出すクラリス。


「えっ、なんで脱ぐの。もしかして……」


「そりゃそうさ。逆になんの為にお風呂が付いてる部屋にしたんだい? 入らなきゃ損だろう? ほら、ハクトも早く入ろう?」


 喋りながらも服を一枚ずつ脱いで行く。普段は晒される事のない真っ白な肌がどんどんと露わになっていき、逆に僕の顔には血がのぼってくる。



「や、クラリス! まだ、まだ早いんじゃないかな! ご飯とか、用意とか、なんか色々済んでない気がするし!」



 ……僕は意気地なしだった。クラリスに背を向けて、さっさと扉の中に入り込んでしまった。



「ふふ、ハクト。慌てなくていい。準備が出来たらおいで。大丈夫、お互い見えない様にしよう。私もタオルを巻いてるから、心配しなくても平気さ。それと、来る時は店主に言っていくつかお酒を貰って来ておくれ。出来れば冷えた葡萄酒がいいな。じゃあ、待ってるよ」



 壁の外からクラリスの声が聞こえる。これはきっと逃しては貰えない、本気の声だ。



 やっぱり意気地のない僕は、クラリスの言葉に逆らえず店主にお酒を頼みにいくのだった。




──────

【あとがき】


いつもお読み頂きありがとうございます!

無事にハクトは新しい刀を手に入れることが出来てほっとしています。

ちょっとチート級の武器じゃないかとも思うんですが……笑


これからも精一杯書いて参りますので、⭐︎や♡、コメントなど応援頂けますようお願いします!!

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