第47話 冥界への入口

 ジンに言われた通りに進み、予定よりも早く森に着いた。馬が速かったのだろうか。

 二人で森の入り口に立ち、様子を伺う。


「なんだかここに魔物がいるなんて感じ、しないね」


「まだ入り口だからね。ここでは感じないさ。でも、いつ出てくるか分からないから、ハクトも気を抜かないでね」


 そう言って森の中に入っていくクラリス。僕はその後を慎重について行く。





「……何か臭うね」


 どれくらい歩いただろうか。森の入り口がすっかり見えなくなる頃、異臭が僕の鼻を突く。


「……死臭だね。恐らくは、昨日の鉱夫か、それよりも前に襲われた人か」


 昨日は大勢の人が魔物に襲われて亡くなっている。この臭いの元はその人達なのか。


「魔物を倒したら弔ってあげよう」


 クラリスは周囲を警戒したままそう告げる。

 森の中は既に日の光が届かない。頭の上をすっぽりと覆う様に木々が生い茂っており、とても昼とは思えない暗さだ。


 不意に背後の草村が音を立てて揺れる。

 すかさず剣を、クラリスは杖を持ち向き直る。



 …………。



 暫く身構えていたが、何も出てこない。どうやら小動物か何かがいたみたいだ。安心して前に振り向いた瞬間。


 ──突然の衝撃に、僕はそのまま仰向けに押し倒された。


「っ、ハクトから離れろっ!!」


 クラリスが慌てて杖を翳し、僕の上に覆いかぶさっていたモノに火球を放つ!

 至近距離の為にソイツはかわすことも出来ず、火球の衝撃に弾き飛ばされ、そのまま消し炭になった。



「……っ、はぁ! はぁ! はぁ、ク、クラリス、ありがとう」


 突然だ。突然そいつは、いや、そいつらは現れた。気配なんて微塵も感じなかった。だけど、今は分かる。ハッキリと向けられた殺気で、僕の肌はピリピリと痛みを感じる。


「ハクト、大丈夫かい?」


「うん、大丈夫。押し倒されただけで、怪我はしてない。……結構いるね」


「良かった。まぁ、数は予想通りかな。ハクト、あいつらは前脚の間に脳がある。剣で切るならそこだ」


 短くクラリスが指示を出す。

 僕は目線を魔物達に向けたまま頷き、二人で呼吸を合わせて、──飛び込んだ。


 僕が前で、クラリスが後ろ。クラリスは火球と氷柱でウルフェン達を食い止める。そのまま絶命する奴も多かった。


 そうして残ったウルフェンに僕が確実に止めを刺していく。脳を貫き、首を切り落とす。

 アレクから借りたこの剣は、慣れれば非常に扱い易く切れ味も抜群だった。


 20匹程に見えた群れも瞬く間に数を減らして、もう数頭しか残っていない。



「後少し!」


 僕は勢いを殺さずに残りの魔物へ飛び掛かる。死角から迫り来る魔物は、全てクラリスが魔術で仕留めてくれる。


 自分達で言うのも憚られるが、見事な連携により現れた魔物をあっという間に一掃する事が出来た。


「はぁ、はぁ、はぁぁ。なんとか倒せた……。クラリス、怪我はない?」


「ああ。ハクト、やはり腕を上げたね。あれだけの数の魔物を一蹴するなんて凄いじゃないか」


 クラリスは微笑んでそう僕に言うが、実際はクラリスの魔術で半分以上を倒している。本当に凄いのはクラリスだ。


「まぁとにかく倒せて良かったよ。魔物ってこれで全部なのかな」


「いや、まだ群れのリーダーらしき奴を見ていないね。まだいるだろう」




 警戒を解かずに二人でゆっくりと進む。そして、今度はちゃんと気配に感付けた。

 森の茂みからゆっくりとまたウルフェンの群れが現れる。先程と同じくらいの数だ。




「……やっぱりまだ居たんだね」


「そうだね、油断しないで」


 森の開けた場所で背を合わせて魔物と対峙する。様子を伺っていると、後ろから一際大きな個体が出てくるのが見えた。


「クラリスっ!」


「ああ、多分アレがリーダーだね。ハクト、悪いけどちょっとだけ時間を稼げる?」



 お互いに目で合図し、包囲を狭めてくる魔物に向き合う。クラリスは杖を胸に掲げ何やら呪文を詠唱していた。


 ……多分、リーダーを倒す為の大きな魔術を準備しているんだろう。それまで僕がクラリスを守る!




 目を閉じて無防備なクラリスにウルフェン達が襲いかかる。


 ──させるかっ!!


 剣を突き出し拳を振るい、絶命には至らなくてもウルフェン達を薙ぎ払う。今魔物達をクラリスに近寄せる訳にはいかない。



 クラリスから聞いていた特徴として、群れのリーダーを倒せば統率を失い、後は個々に倒していけばいいとの事だ。


 先手必勝!

 クラリスの特大魔術をお見舞いして、この森の平和を取り戻してやる!


「我が命に応えよ。灼熱の魔女グルートヘクセ!」


 クラリスが唱えた次の瞬間、手に持つ杖は全てを飲み込むかの様に真っ赤に燃え上がる。


 渦巻く炎は大蛇の様に唸り、その身を捩らせながら魔物のリーダーへと向かっていく。

 ウルフェンは敏捷性の高い魔物だが、クラリスの魔術の前では止まっているも同然だ。



 ──ドガァァアン……


 巨大な炎の蛇が、周りの群れも巻き込みながらリーダーへと直撃する。

 巻き上がる砂塵であたりの視界は閉ざされる。



 ……砂塵が収まる頃、そこには上半身を炎によって消滅させられたリーダーと、巻き込まれて瀕死になっている魔物達が見えた。


「よしっ! やったよクラリス! これで後はこいつらを倒せばっ──」


 振り返った途端に強烈な違和感を感じる。

 なんだ、この違和感は……。


 クラリスもそれを感じ取っているのか、臨戦態勢を解いていない。魔術を放ったそのままの姿勢で前方を睨み付けている。


「クラリス……」


「……まだ終わってない」



 そう、まだ終わっていなかった。リーダーを倒せば残りの魔物を倒して終わりだと思っていた。


 だが、実際は違う。リーダーは倒した。なのに、魔物の群れは何も変わらない。そのままの包囲を解かず、僕達を囲んだままじっと見据えてくる。


「なんで、なんでだ。リーダーは倒したはずなのに」


「……簡単な事だよ。まだリーダーは倒してなかった、それだけさ」



 クラリスが言い終わる前に、森の奥から地響きが鳴り渡る。

 それは果てしなく不吉な予感を含んでおり、段々とこちらに近づいてくる。


 地響きが近づくにつれて魔物達にエネルギーが漲っていく。


 ──メキ、メキメキッ



 木々を薙ぎ倒し、遂に地響きの元が目の前に現れる。


 見上げる程の体高、黒く深く光る体毛、そして何よりも目を引くのが三つある頭だった。



「な、な、なんだ、コイツ……」


 答えを求めて慌ててクラリスを振り返る。だがそこにはいつものクラリスはいない。

 僕が見つけたのは、異様な魔物に目を奪われ、そして怯えた様に震えているクラリスだった。


「……ハクト、ダメだ。こいつと戦ってはダメだ。今すぐ逃げっ──」


 言い終わる前に、魔物の群れがクラリスに襲いかかる。


 普段のクラリスならこんな奴らに遅れを取る事はなかっただろう。だが、今は魔物の真のリーダーに意識を奪われていた。

 魔物の群れはクラリスに飛び掛かり、その上にどんどんと折り重なっていく。


「や、やめろっ! クラリスから離れろぉぉおぉぉぉ!!!」


 無意識のうちに僕は飛び出していた。握った剣を全力で振り回し、ウルフェンの群れを蹴散らす!


 だが、ウルフェン達は先程までとは比べ物にならないくらい強くなっていた。動きは更に速くなり、力も増している。気のせいか、身体も一回り大きくなっている様に感じる。


 クラリスに飛びかかってきたウルフェン達を振り払うのに、僕は全力で対応しなければならなかった。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ク、クラリス! 大丈夫!?」


「……あぁ、すまない、ハクト。ちょっと油断していた……」


 あの一瞬の襲撃で、クラリスは外套から服までボロボロになり、隙間から見える真っ白な素肌には血が滲んでいた。



「クラリス、アイツと戦っちゃダメってどういう事……? このまま逃してくれる様には思えないけど」


「ああ、アイツはマズい。多分、私達じゃ勝てない。アイツは、三頭獣ケルベロスだ。なんでこんな所にいるんだ……」



 ──三頭獣ケルベロス


 冥界の番犬と呼ばれる魔物であり、その特徴は一つの身体に付いている三つの頭だ。

 それぞれの頭で火・雷・風の『魔法』を操り、冥界への入り口を守っていると言われる。


 だが実際には冥界なんて存在しないし、その姿を見た事のある人間なんて僕は知らない。


 ……でもこうして目の前に現れてしまった。そしてクラリスのこの怯えよう。もしかして本当に噂通りの魔物なんだろうか。



「クラリス、どうすれば逃げれるかな……」


「分からないけど、やってみるしかないね。私が複数の魔術で目を眩まして、二人で全力で逃げるしかないかな」


 なんともあやふやな作戦だが、今出来る事はそれくらいしかないだろう。



 クラリスと目を見て頷きあい、決死の覚悟で逃亡の為の戦いが始まる。

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