第46話 魔物討伐戦

 酒場に着くと、そこには鉱夫達が既に集まっていた。

 一目で怪我人と分かる男達は10人程がテーブルに集まり額を寄せている。


「おう、兄さん達良く来てくれたな。まぁ座ってくれや」


 カウンターから昼間と変わらずジンが出迎えてくる。しかし、その表情は昼間よりも暗いものになっていた。


 ジンは無言で僕等のテーブルに飲み物と食べ物を置いていく。豆を炒った物や肉を丸めて揚げた物。これが昼に言っていた晩飯なんだろう。


 せっかくなので食べる事にするが、どれも酷く塩辛い。わざとなのか味付けを間違えたのか。

 僕は手を休めて状況を問いただす。


「……随分と人が集まってるんですね。どうしてこんなに──」


「これで随分とだぁ? 兄ちゃんはこれで多いと思うか? 今朝、この鉱夫達は何人で出て行ったと思う!? 50人だぞ、50人! だがよぉ、戻ってきたのはこれで全部だ……」


 感情に任せてジンは喚く。まさか、討伐に出た者達がこれだけしか戻らないなんて……


「ジンさん、落ち着け。この兄さんに言っても仕方ないだろう。兄さん、悪かったな。今こんな状況でジンさんも余裕がないんだ」


 そう言ってジンをなだめたのは、30代くらいに見える鉱夫だ。この鉱夫も頭には包帯を巻き、体のいたる所に傷を作っていた。


「ジンさんから話は聞いてる。俺はルッツだ。アンタらが魔物を討伐してくれるんだって? 本当に大丈夫なのか?」


 ルッツと名乗った男も話を性急に進めようとしてくるが、クラリスが間に入り制止する。


「大丈夫かどうかを話し合う為にここに集まったんだろう? 昼間の店主の話ではあんたらが情報を持って帰ってきて、それで吟味しようじゃないかって話だと思ったんだがね。アンタらから出す情報はないのかい?」


 クラリスが少し尖った口調でルッツに告げる。バツが悪そうにルッツは俯き、そして再び顔を上げた。


「ああ、ああそうだったな、すまない。正直、俺も焦ってるんだ。ジンさんの言う通り、朝俺達は50人いた。そして今ここに戻ってこれたのは俺を入れて11人、これで全部だ。後はみんな魔物にやられちまった……」


「まさか、そんな……」


「嘘じゃない。俺達の仲間は、みんなやられちまった。ただのウルフェンだと思ってた。だがな、奴らは違う。絶対に違う……」


 そうしてまたルッツは俯いてしまった。


「ルッツとやら。そうやって俯いても何も変わらない。魔物を倒さなくてはならないなら、その情報をなるべく正確に教えて欲しい。一体何が普通と違うんだい?」


「ああ。奴等は、まず群れでいる。当然ウルフェンの群れだからそのリーダーもいる。ソイツが普通じゃない」


「群れのリーダーなんだから普通と違うのは分かる。だけど、あくまでもウルフェンなんだろ? どうしてそこまで──」


「そんなの、見れば分かるっ! ……っすまない、そうじゃないな。ソイツは多分凄まじく高い知恵を持っている。俺達が集団で行動してたのを理解して、一人ずつ襲い掛かってきた。しまいには罠まで仕掛けてきた」


 ……魔物にも知恵があるというのか。僕は魔物なんて王都近くの森で遭遇した時以来見た事がない。ただ、その魔物だって普通よりも強いだけの個体で、知恵があった様には思えなかった。


「それと、恐ろしく大きい。あんな大きな奴は見た事がない。直接リーダーにやられた奴は多分いないが、ソイツが一鳴きするとウルフェン達は一斉に飛び掛かってきた」


「群れの数は?」


「多分だが、20から30。動きが速すぎてそれくらいしか分からなかった」



 クラリスは何かを考える様にテーブルを見つめる。そして思い立ったかの様に立ち上がる。


「分かった。私達がなんとかする。貴方達はもうこの魔物に怯える必要はないよ。後、怪我の酷い人はこっちにおいで」


 クラリスの言葉を鉱夫達は理解出来ずに固まる。果たして魔物討伐の事なのか、怪我の事なのか。


「この姉ちゃんは、治癒魔術が使えるんだ。お前ら、せっかくだから治してもらうといい」


 ジンの後押しを受けて鉱夫達は恐る恐る近づいてくる。

 クラリスは近づいてくる鉱夫を一人一人丁寧に治療していった。鉱夫達は驚いた様子ではあったが、最終的には皆クラリスに感謝して席に戻る。


「では店主よ、私達は明日の朝にウルフェン他魔物の討伐に向かうよ。それまでに場所が分かる地図だけお願いしたいんだが、大丈夫かい?」


「ああ、大丈夫だ。俺が書こう。色々すまねえな。町の一住人としちゃ面目ねえが、頼む! この町を、救ってくれ……」


 ジンの顔に悲哀が滲む。僕らは町を救うなど大それた事なんて出来ない。でも、僕らが望むものが結果として町を救う事になるなら、それはそれで良いじゃないか。

 クラリスと頷きあって、明日の討伐に向けて最後の作戦を練った。



 ◆◆◆◆◆



 翌朝、日が昇ると同時に僕とクラリスは宿を出る。

 ジンには朝一番で酒場に行く旨を伝えてあったので、酒場に着いた時には既に地図は用意されていた。


「朝から悪いな、二人とも。魔物を、この町を頼む。どうか生きて帰って来てくれ」


「私達は死にに行く訳じゃない。勝算があるから受けたんだ。だから帰ってきたら昨日頼んだ事と、美味しい食事でも頼むよ」


 なんだか今日のクラリスは饒舌だ。ジンはそんなクラリスを見て頷き、話を続ける。


「魔物の出る森は町を出て北に一時間程行った所だ。歩いて行くのは骨が折れるからな、馬を用意しておいた。速くはないが、力があって丈夫な馬だ。使ってくれ」



 酒場の外に繋がれていた馬の前にジンが案内をする。普通の馬よりも大きく、確かに強そうだ。


 二人で馬に乗り、間もなく出発する。後ろからジンが不安そうな顔で見つめているのがやけに頭に残って離れなかった。



「クラリス、僕が後ろに乗ろうか? これだと前が見えないだろう?」


「本当はそうしたい所だけど、今回はこれでいい。もっとハクトが馬の扱いが上手くなったら是非私を前に乗せて欲しいな」


 なんかそれじゃあ僕が馬の扱いが下手くそみたいじゃないか。上手くはないけど、普通に乗れるつもりなのに。


「冗談だよ。君が前にいた方が、私は風を避けれて暖かいんだ。このままでいさせておくれ」



 これから魔物を討伐に行くと言うのに、なんだか緊張感に欠けるなぁ。本当に大丈夫だろうか。

 でもクラリスが出来ると言ったのだ。やれない事はないのだろう。



 冬晴れの空の下、僕の頭は久しぶりに思考の渦にはまり込んでしまった。

 僕は果たして魔物とちゃんと戦えるだろうか。恐れずに立ち向かえるだろうか。

 多分、今求められているのは技じゃない。心の強さだ。心が強ければ体はついてくる。



 ……魔物と戦うのは、あの森で遭遇した時以来だ。

 ベンタス。キャロル。あの時は何もしてあげられなくてごめん。僕はこれから魔物と戦うよ。魔物を倒せれば君達は喜んでくれるだろうか。

 あんな目に遭う人を少しでも減らしたい。




 魔物と戦うという事がどういう事か分からないまま、僕達を乗せた馬は一路魔物がいるはずの森へ進んで行く。

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