第28話 ハクト本戦(上)

 今日は、遂に僕の戦いの日だ。



 昨日見た戦いでは、相当数の人間が死んだ。今日は僕がその殺し合いの中に身を投じる番だ。


 ……果たして、僕は自分の為に人を殺せるんだろうか。





 昨晩、クラリスと食事をしながらそれとなく聞いてみた。人を殺した事があるかと。


 クラリスの答えは、肯定だった。

 魔術師の修行として旅をしていた際に、盗賊に襲われたと言う。その時に、当時師事していた師匠と共に戦い、結果として盗賊達を殺したそうだ。

 それは仕方がない。殺さなければ自分が殺されてしまう。殺す必要性がある事だと思う。


 では、果たしてこの闘技会はそうなのだろうか。

 自分が好きで参加した会だ。殺される覚悟は……多分出来ている。でも、殺してもいいのだろうか。僕自身では答えが出せなかった。


「ハクト、その問題は自分の為だけを考えても答えは出ないと思う。もしハクトが大切に思っている人がいて、その人が殺されそうだったら、君はどう思う?」


「生きて欲しいし、逃げて欲しいし、戦って欲しい……」


「じゃあ、その人が相手を殺せば生きられる。そうなったら殺すべき?」


「……べきだと思う」


「ならばそれは私だ。私は君にそう思っているよ。君が死ぬくらいなら全員を殺してでも生き延びて欲しい」


 それは極論だ。盗賊の話とは違う。……だけど、クラリスの視線は真剣だった。真っ直ぐに僕の目を見て、言葉を続ける。


「この闘技会では命を落とす危険もあった。だけど君は参戦をした。それ自体は良い、仕方ない。でも、君が躊躇いを持ち、実力を発揮せずに死ぬのであれば、それは認めない。私は君を許さない。だから、君には全力で戦って欲しい。躊躇う事なく、全力で」


 いつにない真面目な表情で告げるクラリス。その言葉に僕は反論出来なかった。


「分かった、分かったよクラリス。ありがとう、僕の迷いを払ってくれて」


「……なんだ、気付いてたのか」


「そんな事ないよ。気付くとかじゃなくて、クラリスの真剣な気持ちを聞けた。だから僕も覚悟を決めた。それだけだよ」


「……ん。じゃあ明日は頑張って」


 そう言ってクラリスは微笑む。





 そう、昨日僕は心に決めたのだ。何があっても躊躇わずに戦うと。

 顔を上げて参加者控え室に入る。コロッセウムではすでに9ブロックの戦いが始まっていた。




 ◆◆◆◆◆



 まもなく13ブロックの戦いが始まる。


 今日の戦いでは、死者は比較的少なかったみたいだ。昨日は初日と言う事もあり、興奮した参加者が無闇に殺戮を繰り広げた様に思える。それに比べれば今日の戦いはいくらかマシなものだったのだろう。



 ……でも、やっぱり緊張する。ほぼ初めての対人の実戦だ。自然と手に汗が滲んでくる。

 何度か手を閉じたり開いたりして動きを確かめる。


 ──よし、大丈夫。僕は戦える。


 意を決して僕は闘技場に足を踏み入れる。

 そこは観客席から見る景色とはまるで違う、異様な雰囲気に包まれていた。今からここで殺し合いをするのだ。


 周りには既に獲物を握り締めた男達が、今や遅しと始まりの鐘が鳴るのを待っていた。



 緊張の一瞬。目を閉じて心を落ち着ける。


 そして──


 今、始まりの合図が鳴り響く。





 鐘の音と同時に、男達は雄叫びを上げ周りの敵に襲いかかる。僕も標的の一人だ。


 僕に襲いかかってくるのは、大きな鎌を持った男だった。鎌の下には長い鎖が巻かれており、恐らく投げた後に引き戻すのだろう。


 僕は昨日クラリスに言われた言葉を思い出しながら体を動かす。


『いいかい、ハクト。君の武器は眼・だ。君は私の魔術もかわせるだけの眼を持っている。君がちゃんと見れていれば、避けれない攻撃はないよ』


 僕は相手の攻撃をしっかりと見極める。大きく振りかぶられた鎌は、回転の力を纏い僕に飛翔する。だが、遅い。これならば問題なくかわせる。


 二度三度と繰り出される鎌の攻撃。その全てをかわすが、四度目の攻撃の時には男の動作が変わる。

 今まで手繰り寄せるだけだった鎖を、突然左右に揺さぶる。男の動きに合わせて鎌は微振動を繰り返し、その軌道を無理矢理変えてくる。

 真っ直ぐに飛んで来ていた鎌は、突然右に逸れ僕の背後から襲ってくる。



 だが、それも僕には見えていた。

 男が鎌を振る動作。鎌を引くタイミング。その動きがいつもと違う。

 見えたものから出した結論と男の攻撃が合致し、僕は鎌を見ずに避ける。そして、引き戻される鎌に追いすがり追撃をする。


「うりゃっ!!」


 僕の放った前蹴りは男の喉元に吸い込まれ、そして男は沈黙する。一瞬の硬直の後、そのまま地面に倒れ込んだ。



 ──やった、倒した!


 初めての戦いで、命を懸けた真剣勝負で、僕は勝ったのだ!


 だが、勝利の喜びも束の間で、直ぐさま新たな敵が現れる。



 まずいな、このままじゃいつか戦いの隙を突いて攻撃をされてしまう。

 素早く辺りを見渡し、人の少ないエリアへと走り抜ける。


 僕へ攻撃を仕掛けようとしていた戦士も追い縋ってくるが、追い掛けている途中で横からの矢に貫かれ転げ回る。

 やはりこの様な戦いが常道なのだろう。なるべく一対一で戦うのは避けた方が良さそうだ。




 それからは僕は逃げに徹した。観客から見たら見映えは悪いが、こちらも命が掛かっている。卑怯だなんだと言われようと最後まで勝ち残らねばならないのだ。


 たまに襲ってくる相手は、適当にいなしているうちにいつしか対戦相手が変わるか、横槍によって倒れ伏す。

 少しずつ立っている人間が少なくなっていくなか、遂に奴が現れた。


 いなしているだけでは居なくならず、最後まで必ず喰らい付いてくる男。


 ────ジェドだ。



「よう坊主。ここまで生き残ってるなんて意外だな。てめえは逃げまわってただけだろ?」


「否定はしない。無駄に戦う必要はないからな。だから別にお前とだって戦わなくても構わない」


「そう言う訳にはいかねえんだよ、クソガキが。てめえは俺様に泥を塗ってくれたからな。……あの屈辱は忘れねえ! 泣こうが喚こうがてめえは許さねえ! なますに切り刻んで殺してやるからよっ!!」


 そう言ってジェドは大剣クレイモアを振り回して走ってくる。大剣には血がべっとり付いており、既にこの戦いで何人の人間を殺してきたのか分からない。


 ──だが、ここで終わらせてやる!

 ジェドの暴力も、馬鹿にされた僕の親友達の因縁も、今この場で決着を着けてやる!



 ジェドは、ならず者を束ねているだけあり、その実力に嘘はなかった。

 大剣クレイモアを軽々と振り回し、僕に襲いかかる。しかし、僕も今まで訓練を続けて来たのだ。ジェドの攻撃くらいちゃんと見える。


 そして、ジェドの隙を突き今日初めて刀を抜く。

 抜刀の勢いをそのままに、逆袈裟に斬りあげる。ジェドは僕の動きを予想していたのかバックステップで刀をかわすが、その胸当ての表面に一筋の跡を残した。


「……っ! クソガキが、俺様に二度まで傷を付けるなんて!!」


 怒り狂ったジェドは、更に剣速を上げて迫り来る。だが、速度は上がれど隙も大きくなる。ジェドの大剣をかわしながら、僕はその顔に廻し蹴りを叩き込んだ。


 僕とジェドの体格差では、蹴り自体では大したダメージを与えられない。だが、僕の蹴りはジェドのプライドに大きな傷を付けた様だった。



「く、くっ、くそがあああああああ!!」


 耳をつん裂く程の絶叫を上げると、ジェドは顔を真っ赤にして飛び込んでくる。


 ……もう見切った。ジェドの攻撃では僕を捉えられない。

 そんな風に思っていた。この会場に立って初めての油断だった。


 ジェドが大振りで拳を放つ。最小限の動きでその拳を避ける。



 ──その瞬間に、何も見えなくなった。


 目に激痛が走る。鼻腔一杯に刺激臭が広がる。涙と咳がいっぺんに込み上げ、激しい痛みに吐き気が込み上げてくる。


「ゴホッ、ゴホッ、オエッ!!」


「クソガキが、良いザマだなっ!! まぐれで調子に乗ってんじゃねえぞコラぁ!!」


 今度こそジェドの拳が腹に突き刺さる。臓腑を掻き乱す様な衝撃に、堪え切れず胃液を吐き出す。吹き飛んだ僕は会場をのたうち回った。


「笑いが止まんねぇよ、クソガキ! こんな子供騙しに引っかかるなんてよ」


 ち、ちくしょうっ、……恐らく、ジェドは目潰しを撒いたんだろう。あの大振りの拳は陽動で、本命はこれだった!

 混濁する意識の中で、本能が警鐘を鳴らす。

 逃げろっ! 逃げろっ!


 だが、禄に前も見えない状態でどちらに逃げればいいか分からない。


 地べたを這いつくばっているうちにジェドの追撃を喰らってしまう。

 ジェドの爪先と思われる蹴りは、鳩尾に深く突き刺さり呼吸が出来なくなる。


 息を吐き出すだけ吐き出すと、乱暴に仰向けに転がされ、左肩への激しい痛みに仰反る。


「ぐあっ!!」


 霞む視界で捉えたのは、左肩に突き立つ大剣だった。


「お前は楽には殺さねえ。俺に恥をかかせた事を死ぬ程後悔して、そして死ね!」


 左肩の大剣が抜かれると、顔に何か落ちてくる気配がした。

 がむしゃらに転がり、その気配をかわす。

 2メートルほど転がってから起き上がりジェドを見ると、どうやら僕の頭を踏み付けようとしていたみたいだ。



 …… はあっ、はあっ。危なかった。なんとか立つ事は出来たが体が痛い。肩が痛い。目も見えないし、刀も何処かに行ってしまった。

 このままではジェドに嬲り殺されてしまう。


 肩で息をしながら必死に目を擦る。相当痛むが、溢れ出る涙のおかげで少しだけ視界が戻る。


 戻った視界には、大剣を持ちゆっくりと歩いてくるジェドが見える。



 ジェドと対峙していると、自然と体が震えてくる。

 怖い。怖い怖い怖い怖い。

 嫌だ、殺されたくない! あの時魔物と対峙した恐怖が蘇る。尻餅をついてそのまま後退る。

 そんな僕の様子を見てジェドは愉悦に顔を歪める。





「ハクトッ!!」





 会場の喧騒を切り裂いて、突然誰かに名前を呼ばれた。それはこの何ヶ月かを共にし、厳しくも優しく僕を鍛えてくれた、聞き慣れた人の声。

 声の出所を探すと、観客席の最前列で僕の事を必死に応援しているクラリスが見えた。

 クラリスの顔は、何故かいつも通り微笑んでいる様に見えた。


 ……なんで、なんでこんな時に笑ってるんだよ! ジェドに殺されちゃうよ! 助けてよ!


 僕は必死の思いでクラリスを見返すが、その表情に変化はない。


 なんでだよクラリス。僕に死ねって言うのか。まだ僕に辛い思いをしろって言うのか。……まだ僕に戦えって言うのか。





 …………そうか、そうだ。多分クラリスは僕に戦えって言ってるんだ。

 笑っているのは戦えるからだ。僕が勝つと信じているからだ。

 剣士になるんだろ? 騎士になるんだろ? こんな奴一人にビビってて、何が剣士だ! 何が騎士だ!


 このままじゃどうせ殺される。



 だったら、殺される前に……殺してやる!!

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