第24話 アレク参戦

 見習い騎士団の任期満了から一週間が過ぎた。

 エリスは騎士団での任務が余程楽しかったらしく、エリスの父と母と共にブラーゼには戻らず王都の本邸に残っていた。


 そして時間があるとウチに来て、俺と稽古をして行く。

 稽古自体はそこそこで終わらせ、どちらかと言えば騎士団に所属していた時の話をしたい様に感じる。英雄を間近で見て興奮冷めやらぬ状態に近いかも知れない。


 そんなエリスの来訪を待っていた訳ではないが、今日も今日とてエリスはやって来た。

 そして開口一番こう告げる。


「さあ、アレク! 今日も稽古の時間だよ!」


 元気一杯満面の笑みで告げるエリスは、町娘と言うより少年に近い格好をしている。色合いだけは少しだけ女性らしくしているが、傍目では分からない。そして、腰からは先日贈られたブレイブハートが下げられていた。


「毎日ご苦労だな、エリス。だが伸びしろなら俺の方が大きい筈だ。いつもいつもやられてばかりだと思うなよ!」


 こうして日々の稽古は始まって行く。


 騎士団での日々が功を奏したのか、俺の悪い癖は今のところ身を潜めているみたいだ。そして、エリスの動きも少しだけ見える様になってきた。これは命がけでキマイラと戦って得た力なのか。


 幾合もの剣戟を交わし、決着の着かない俺達は小休止とする。


「アレクはさ、やっぱりこの間キマイラを倒した時みたいに剣に魔力は纏えないの?」


「ああ、残念ながらそう上手くは行かないらしい。魔力を流すと、流れている感覚はするんだがそれだけだ。悪戯に体力を奪われるだけで、特に何も効果は発揮されない」


「ふーん、やっぱり極限の状態じゃないとああ言った特別な力は発揮されないのかな。じゃあなんであの時はそんな事出来たの?」


「それは……。き、騎士として仲間が窮地に陥っていたら全力で助けるのは当たり前だろう。たまたまその時にあの力が発揮されただけだ」


 俺の言葉をエリスがニヤニヤしながら聞いている。右に左に角度を変えて、俺の顔を覗き込んでくる。なんだ、やめろ。他意はない!



 その時、エリスがおもむろに懐から一枚のチラシを出してきた。


「まぁそう言う事にしておいてあげましょう。それでね、ここに来るまでに街中でこのチラシを結構配ってたんだよ。アレク、これ出なよ! 君ならきっと優勝出来るよ!」


 訝しげに受け取る。中身を見ると、エリスが持ってきたのは闘技会のチラシだった。


「ああ、何かと思えば闘技会か。いや、俺は出ない」


「なんで!? アレクなら、優勝出来なくてもいい所まで行けるんじゃない?」


「行けるか行けないかは分からないが、俺はその大会にあまり魅力を感じない。好きなものを何でも叶えてくれると言うが、地位も名誉も我が家にはある。騎士団にはいずれ必ず自分の力で入る。であればそんな大会に用はない」


「えー、なんで? 男の子ならこう言う腕試し的なものは憧れるものじゃないの?」


 エリスは俺の言葉をじっくりと吟味している様だった。

 腕を組んだり首を傾げたりしながら俺の事を見つめてくる。

 そして、何やら合点がいったのか一つ大きく手を叩くと、厭らしい笑顔で俺を見て近づいて来る。


 そっと俺の耳に口を寄せ、息がこそばゆく感じる距離まで近づき囁く。


「……アレク、怖いんでしょ?」


 俺は慌てて後退りをし、エリスの言葉を否定する。慌てたのは言葉の内容では無い、エリスとの距離に慌てただけだ!


「そ、そ、そ、そんな事はない! 騎士を目指している俺に怖いものなんかあるか!」


「ふーん、そうなのかなぁ? 本当にそうなのかなぁ? アレクってさ、負けず嫌いじゃん? もしかして闘技会に出て負けるのが怖いんじゃないの?」


 ……! コイツはっ!!

 的確に俺の弱点を突いてくる。しかし俺もそんな事を悟らせる訳にはいかない!


「そんな事はない! 俺は父にも勝てないし、ベルフにも勝てない。悔しいが、お前にも勝ててないではないか!」


「おじ様もベルフさんもアレクより格上じゃん? だから負けても仕方ないし、ボクに負けるのが嫌でアレクはボクを避けてたじゃん? 闘技会に出て、うっかり自分より格下に負けるのが嫌なんでしょ? この間のカールみたいのに負けたら立ち直れないくらいに」


 ダメだ……、こいつは恐らく本当に俺の事を理解している。エリスに対しての気持ちもバレバレだったと言う事か……。


「まぁアレクも男の子だもんね。その気持ちは分かるつもりだよ。でも、ボクは本音でアレクなら優勝も出来るんじゃないかと思ってるんだ。ほら、この大会は騎士団に所属している人は参加不可だから、ディートリヒさんみたいに規格外な人は多分出てこないよ?」


 エリスの言う通り、戦闘系の公職に就いている者はこの大会には参加出来ない。業務の妨げにならないようにという事もそうだし、この大会では埋もれた才能を見つける事にも意味があるのだろう。既に輝いている人間が参加する事には意味がない。


「それにさ、この間頂いた剣を試してみたいじゃん? 素振りや試し斬りはもう飽きたよ。実戦で使ってみたいじゃん?」


「なんだ、お前も参加するつもりなのか?」


「ううん、参加しないよ? アレクが使ってる所を見たいだけ!」


 なんだかエリスに乗せられているだけの様な気がする。

 参加して果たして俺にメリットがあるのだろうか。


「この大会ってさ、勝ったら出来る限り何でも希望を叶えてくれるんだよね。だったら、優勝したら近衛騎士団にも入れるんじゃない?」


 近衛? そうか、近衛か。確かに優勝すれば近衛騎士団も入れるだろう。近衛になるには、通常なら騎士団に入り、優秀な成績を残した者が選抜され、更にそこからふるいに掛けられる。


 その過程を無視して騎士の中の騎士になれる可能性がある。それに、エリスの言う通り、勇気の証ブレイブハートを思う存分に使ってみたいと言う気持ちも、正直ある。


 有象無象に負けてしまうのは怖い。だが、負けない様に強くなればいいのだ。幸いにも闘技会まではまだ時間はある。

 それまでの間にどれだけ自分を鍛えられるか。

 それまでに自信が付かなければ最悪出場しなければ良いだけだ。



 エリスの言葉に負けた訳ではないが、俺の心は闘技会参加の方向に動いていた。

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