第3話 迷推理の結末

 モールの色は梟のペンネームの色を割り当てているのではないか。ならば赤は梟紅さんということで、その文芸部員のベニさんが本来の貰い手だったということだ。謝る相手が赤城じゃなかったことに安堵のため息が漏れる。


 しかしその喜びはすぐに打ち砕かれてしまった。何故なら梟のあだ名の中に藍色は使われていないからだ。逆に普段使われている桃色、つまりピンクのモールが袋にはなかった。そもそも考えてみれば、図書委員に割り振られる色が無い。やっぱり梟では無いのか。落胆を悟られないように、僕はまた一口コーヒーを飲んだ。


 かと言って今日来る人たちの名前には色は含まれていない。文芸部員は部長の佐原里乃(さはら りの)と家路林檎(いえじ りんご)、神原愛美(かんばら まなみ)、上戸梨夏子(かみど りかこ)、里火康介(さとび こうすけ)、衆貝百世(すがい ももよ)の六人で、図書委員は赤城と僕、水木聡(みずき さとし)の二人だ。……こうしてみると、明らかに色が含まれるのは赤城の「赤」だけ。考えないようにしていたけれど、他にとっかかりもない。


 里乃はやっぱり赤城のことが好きなのかなあ。それどころではないはずなのに、それが気になって正直クッキーの謎どころではなかった。僕が食べたのがあいつにあげるクッキーだったなんてさすがに気分が悪い。


 家路さんは林檎だから赤とも言える。里火の火や梨夏子の夏も赤を連想させるし、衆貝の衆には血という字が含まれている。でもどれも決め手がなかった。かと言って他の色に関しても全然手がかりがない。名前から色は連想できそうにないし違う方向から考えたほうがいいのかな。


「そういえばさ、聡。今度のMINELVAなんだけど、愛ちゃんが書くのが長生きのおばあちゃんが主人公の話なんだって。そのおばあちゃんが近所の小さな男の子と話をするうちに昔の約束を思い出して、ってお話らしいんだ。愛ちゃんらしい優しいお話だし、あたし楽しみで」


「へえ」


返事はこれ以上ないほどの適当さだったが、確かに神原さんらしいと僕も思っていた。小さい子の面倒を見るのも上手いし誰に対しても親切で丁寧だった。そんな彼女が作る物語もほんのりと温かいものが多くて、読者からも彼女の物語はいつも好評だったのを知っている。


 ちょっと待て。里乃は神原さんのことを、名前の愛美の一字をとって「愛ちゃん」と呼んでいた。それって字を変えれば「藍ちゃん」にも聞こえる。ってことは藍色のモールは神原愛美さんの袋って可能性はありうる。


 それと同時にもう一つのことにも気付いた。九十九歳のお祝いは、百という字から一をとって白寿と呼ばれるように、百世さんの百の字には「白」が含まれているのだ。だとしたら白は衆貝百世さんではないか。


 つまり里乃は分かるような形ではなく、名前の中に一見分かり辛いけど隠れている色を使ってモールの色を割り振ったのだ。それなら他の人にも何かの色を見つけられるはず。そこまでたどり着いたところで、里乃は顔を上げると僕に向かって、


「ごめん、伯父さんにレモンティー入れてって頼みに行ってくれない?」


と頼んできた。こんなときに、と一瞬思ったが図らずも里乃の上目遣いをくらった僕は黙って彼女の頼みを聞くことにした。こうして使われるのもいつものことだ。


 伯父さんのところまで行って注文をしてから、レモンティーが出てくるまでの間も僕は考えを巡らせた。次に分かりやすいのは緑が隠れている上戸さんだろう。彼女の名前「かみどりかこ」を切るところを変えて読むと、「か『みどり』かこ」になるのだから。


 だが残りの色は上手く見つからなかった。例えば色の漢字が隠れていたりしないだろうか。横井さんのなかに黄色、のような具合で。しかし残りの四色、赤、青、黒、黄はどれも分解できそうにない漢字ばかりだ。赤は論外だし、青も上の部分が漢字として成り立たない。黄色は真ん中とその上下を分けると、共の字と由の字が出てくるけどどっちも名前には含まれていない。黒も分けると里は良いが下の点四つが困ってしまう。部首である「れっか」の部分だ。


 いや、れっかはもともと火を表わす部首だ。だとしたら黒を分けると里と火になって、里火康介を指すではないか。なるほど彼が黒ってわけか。


 ここまでくると文字通り赤城が赤いモールである可能性がかなり濃厚だ。僕の名前は水木だから水色つながりで青なのはほぼ間違いないし、赤城を差し置いて林檎の赤から家路さんだと考えるのはあまりに強引だった。でもそうすると黄色は家路さんだけど、どうしてなんだろう。


「はい、レモンティー」


伯父さんが僕の前にグラスを置いた。僕はお礼を言ってそれを手に取る。窓から入ってくる午後の太陽の光に輝いて、レモンティーは透き通るような黄色を黄金色に変えていた。それをぼんやり見て、なるほどと僕は合点がいった。家路は読み方を変えると「いえろ」とも読める。つまりyellowって訳だ。


 クッキーを食べたこと、里乃に正直に話さないと駄目だよな。僕は重い足取りで彼女の元までレモンティーを運ぶ。里乃の前にグラスを置くと、彼女は僕を見ないままありがとうと言いながら、手はがさごそとバッグをいじっている。どうやら底の方に何かをしまい込んでいるようだった。


 言い出しづらいな、と思いながら僕は向かいの席に着く。何度か躊躇って、ようやく話し始めようとした瞬間だった。彼女はバッグをいじったままぼそりと呟いたのだ。


「やっぱり三つずつじゃ少なかったかな」


それを聞いて僕は言葉に詰まる。里乃は三つずつと言ったけれど、僕が食べた赤いモールの袋の中には四つのクッキーが入っていた。明らかにあの袋だけが特別だということ。そしてそれは、里乃にとって赤城が特別であるということにほかならない。


 肩に重荷が乗ったような気がした。神様も非情だ。あと数秒待ってくれていれば僕が先に罪を告白したのに。里乃の恋心の正体を目にしたあとで、それでも悪戯心に負けた自分の非を認めるなんて拷問だ。


 でも悪いことは悪い。三度、覚悟を決めたところで、今度は喫茶の入り口からリンリンと鈴が響いた。神様は本当に残酷だ。目を向けると、ちょうど赤城たちが揃って到着していた。


「あっ来たね!こっちだよ!」


みんなに手を振る里乃の横顔が嬉しそうで、僕はいよいよ気分が落ち込む。とうとう言い出すタイミングを失ってしまった。僕は幼馴染の恋を邪魔した上に、それを素直に謝ることも出来ない最悪な奴に成り下がってしまった。そんな気持ちでいっぱいになった。


 会議の内容は何にも入ってこなかった。幸い委員長は赤城なので僕のやるべきことはほとんどなかった。でも赤城が里乃と話をするたびに里乃が作ったクッキーの味が蘇ってきて、辛くなった。あんなにお菓子作りが上手くなったのも、赤城にあげるためだったのか。この期に及んでそんな考えばかり浮かんで、そんな自分が余計に嫌になる。


「ってことで、じゃあこの企画でいきましょう」


「じゃあ今日の会議はこれで終わりにしますか」


 はっと気づいたときには赤城と里乃が会議の終わりを宣言しているところだった。


「あ、そうだった。私クッキー作ってきたの、良かったら持って帰って食べてね。今日の会議お疲れ様でした、ってことで」


里乃はテーブルの端に置いてあった大きな袋をとった。そしてそれを、みんなの前に広げて見せる。僕は固唾をのむ。ついに僕の悪行が裁きを受ける瞬間が……。


 しかし、てっきりモールの色に合わせて里乃が手渡していくものだと思っていた僕はあっけにとられる。


「みんな、好きなの取ってって」


文芸部員たちが思い思いにクッキーの小袋を取り上げていく。そして最後に残った一袋を、里乃は赤城に手渡した。


「赤城君もお疲れ様、ありがとうね」


そう言って里乃が赤城に渡したのは、青いモールの袋だった。


「ありがとう。お、これはフォーチュンクッキーだね?」


「そうなの、いいでしょ」


「お菓子作って上手なんだ」


「最近頑張ったんだよ」


そんな会話をする二人を見ながら、そういえば赤城の名前は晴哉で、晴れるという字には青が入っていると気が付いた。でも、じゃあ赤いモールだの袋だけ四つクッキーが入っていた理由は?僕が考えていると、里乃は大きな袋をさっさと畳んで小さくしてしまった。そしてみんなが帰るのを、手を振りながら見送っていた。


 全員が喫茶を後にし、残ったのは僕と里乃の二人だけだった。テーブルの角の辺りでぼけっと立っていた僕に、里乃はくるっと振り向くと、獲物を捕らえ直前のライオンのような視線できっとにらんだ。そして一歩詰め寄りながら言った。


「勝手にクッキーつまみ食いしないで!!」

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