フォーチュンクッキーの恋占い

シャルロット

第1話 大ピンチは突然に

 チリンチリンとドアにつけられた小さなベルが鳴る。喫茶店の中に入ると、冷たい空気が汗だらけの体を包み込んだ。溶けるんじゃないかと思うような暑さの中を歩いて来たから、本当にありがたい。僕はしばらくドアの近くで汗を拭きながら涼んだ。


 程なく店の中から見慣れた女の子が歩いてきた。


「早かったね、聡(さとし)」


僕と同じ大沼西高校の文芸部部長で、おまけにクラスメイトの佐原里乃(さはら りの)だった。


「そうか?でも集合は一時半って言われたし、五分前行動で丁度いいんじゃない?」


僕がそう言うと、里乃は不思議そうな顔で


「えっ、二時に集合ってメールに書いたと思うんだけど」


と言いながら携帯を取り出した。僕も慌てて自分の携帯を出して確認する。でも受信ボックスには里乃からの集合メールは入っていなかった。


「やっぱりないよ」


「おかしいなぁ。ちゃんと聡にも送ったはずなんだけどな。ほら」


そう言いながら里乃は僕に目の前に携帯の画面を示した。


“明日の会議は二時集合。場所は伯父さんがやってる喫茶メイプル”


短くて簡潔な、というか味も素気もない文面の上に、確かに僕の名前が水木聡とフルネームで表示されている。


「もしかしてあたしが送ったメール、間違えて削除しちゃったんじゃないの?」


そういえば昨日いらないメールをまとめて削除したよな。その中に交じっていたかもしれない。


「ごめん、消したかも」


「ま、早く来る分には問題ないけどね。あっちに席があるから座って待ってようよ」


里乃は一番奥の席を指差すと、僕を置いてずんずと戻っていく。僕も数歩離れて後を追った。


 店内は明るくて、でも落ち着いた雰囲気のお店だった。何でも里乃の伯父がやっている喫茶店らしい。文芸部と僕たち図書委員で合同会議をすることになり、その場所を里乃の伯父さんが提供してくれたのだった。店の一番奥にテーブルを二つくっつけた、即席のカンファレンススペースが準備されていた。僕はその一番端に座る。丁度里乃の向かい側だ。


「そうそう、折角だから差し入れ持って来たよ」


そう言って里乃は隣の椅子に置いてあった紙袋をテーブルの上に置いた。そして中からケーキでも入っていそうな半透明の大きな袋が出てくる。でも中身はケーキじゃなくて、たくさんのクッキーだった。何枚かずつ袋に入れたものが、全部で七袋あった。今日の会議にやって来る人数が八人だから本人の里乃を除けば七人でちょうどだった。


「みんなにクッキーをね。あたしが作ったんだから感謝してよ」


彼女は腰に手を当てて、えへんとして見せる。


「飲み物は伯父さんに言ってくれればいいから。おごりだって」


完全に里乃に仕切られているな。いくら伯父さんの喫茶店とはいえここまで威張っていていいものだろうか、と僕の方が心配になってしまう。すると携帯の着信音が聞こえた。僕はポケットからスマホを取り出したけど、着信は里乃の方だった。


「ちょっと行ってくるね」


彼女は席を立つといったん店の外に出ていった。その後ろ姿を目で追いながら僕は里乃との長い付き合いを思い出していた。


 小学校1年生のときからの知り合いなので、かれこれ十年以上の付き合いになる。ま、喧嘩もしょっちゅうするし、腐れ縁と言い換えてもそう間違いじゃない。でもそれは建前だ。本当は昔からずっと里乃に片思いだった。でもあのさばさばした性格の里乃は、多分僕の気持ちには気付いてない。仮に気づいてても「で?」の一言で済まされそうな気はするけど。それに最近の里乃を見ていて何となく思うのだが、あいつには別に好きな男子がいるみたいだった。


 結構電話が長引いているらしい。僕は目の前のクッキーを見た。差し入れだって言うし、とてもおいしそうだし。みんなはまだ来ないけど、一枚くらい頂いてもいいかな。大きな袋の方をのぞき込んで僕はふと目が留まった赤いモールで縛られた袋を選んだ。口の縛っていたモールを外し、中から一枚クッキーを取り出す。


「あれ?」


クッキーは「一枚」というより「一個」と言う方が相応しかった。三角錐型に形作られた結構大きなものが、小袋の中に四つ入っていた。


「これってもしかして、フォーチュンクッキーかな」


あの有名なアイドルグループの曲が頭をよぎる。僕はちょっと迷いながらも、誘惑に耐えきれずクッキーの端をかじった。


 おいしい!


 何の変哲もないただのクッキーかと思っていたのに、甘くて、卵の豊かな香りが口いっぱいに広がっていく。焼き加減も堅すぎないし、サクッという感じがとてもくせになる。ほんのりとした甘さが胸をくすぐられるような感じだった。


「あいつ、こんなにお菓子とか作って上手かったかな」


どちらかというと小学校の調理実習で、炒め物のフライパンに揚げ物並みの油を注ぎ入れたときの驚きの方が強烈だったからなあ。いつの間にお菓子なんか作るようになったんだろう。


 僕は何気なく残りのクッキーの小袋を見た。こんなに美味しいクッキーを食べられるなら、他のメンバーも大喜びのはずだ。そう思いながら袋を眺めていた僕は、ふとあることに気づいた。


 途端、血の気が引く。

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