「貯金」ならぬ「貯時間」
水谷一志
第1話 「貯金」ならぬ「貯時間」
一
「ああ~今日も疲れたなあ~!」
俺はこの日も、残業に明け暮れていた。
うちの会社は、とにかく資料作成が多い。事務的な作業がとても多く、本当に疲れる職場だ。
さらに電話応対も当然しなければならず、その電話の本数はとても多い。もちろん取引先からもかかってくるが、新規の電話も多いので対応には神経を使う。
そのくせ外回りもあるし、そっちを優先していたらどうしても事務作業が後回しになってしまう。…結果残業となりその業務は跳ね返ってくるというわけだ。
もちろん残業代は多少はつく…のだが、やはりその金額は少ない。それにやはり俺も残業ばかりでなく好きなことをしたい。趣味だって一応あるし、アフター5は飲みに行ったりもしたい。
「もう11時か…。とりあえず帰ろ。」
その日、何とか俺は終電1本前の時間までに仕事を終わらせる。そして電車に乗り込み、スマホを操作する。
すると…。
奇妙な広告が俺の目に留まった。
二
《あなたのその時間の使い方、大丈夫ですか?「貯時間」のご案内》
「…何だこれは!?」
俺は勢いでその広告をタップする。
すると…。
《皆さんは「貯金」に対しては意識がおありかと思います。ただ、「貯時間」という概念はあまり意識をしていないかと思われます。》
胡散臭そうなおっさんの写真とそのおっさんの語りの記事が載っていた。このおっさんはこの会社の社長なのだろうか?
《しかしあなたは、「今仕事と仕事の合間で15分程度余っている。今から何かを始めると15分では短すぎるが、かといってこの15分を無駄にはしたくない。」といった経験をお持ちではないですか?》
「た、確かに…。」
俺の会社でも、2つの取引先を回る時に中途半端に時間が空く時がある。
《そんな時にこそ、弊社の「貯時間」がオススメです!》
《弊社の「貯時間」のサービスでは、そんなあなたの15分を貯めることができます。―具体的には、弊社の会員になって頂き、「貯金」ならぬ「貯時間」をしたい時間帯とその時間の長さをパソコン、またスマホ・タブレット上で入力して頂きます。その後「完了」ボタンをクリック・タップして頂くと、サービス開始になります。
サービス開始直後に、例えば15分の場合はお客様のその15分は「貯時間」され、例えば15時にサービス開始となりましたら直後に15時15分から時刻がスタートとなります。
そして、お客様の好きな時間に、「貯時間を使う」を選択して頂けます。
「貯時間を使う」を選択なさいましたら、例えば17時から18時の残業の場合、通常なら1時間の時間ですが1時間15分後に18時になります。つまり、さっき「貯時間」した15分を時間帯をずらして使用できる、ということになります。
弊社の新サービスは、忙しいあなたにピッタリかもしれません!》
三
「なるほど…。」
このおっさんはどうでもいいが、これはいい商品かもしれない。おれは瞬時にそう思う。
「確かに空き時間を『貯時間』すれば残業は減らせるかもな…。よし、サービス登録してみるか!
料金もこれ見ると安いしな!」
俺は少々軽い気持ちで、サービスの使用を開始する。
四
すると…、そこには劇的な変化があった。
俺は外回りの合間、電話応対の合間の時間を、積極的に「貯時間」した。少ない時は1分、多くても15分。
しかしこうしてみるといわゆる「スキマ時間」はけっこうあるものだ。それを俺はどんどん「貯時間」し、定時以降に使用していく。
するとその時間の使い方が奏功し、俺の残業時間はみるみる短縮される。
すると…。
「田中君、最近君はよくやってるじゃないか。何より効率的に物事を進められてる所が素晴らしいね。」
そう上司から評価され、昇進も決定した。
「それもこれも、この『貯時間』サービスのおかげだよな!
このサービス使用して良かった~!」
俺は、心の中でガッツポーズをする。
そして俺は、これからもこのサービスを使い続けていくのであった。
五
《「貯時間」サービス運営会社にて》
「最近増えてきましたね。このサービスのお客様。」
「ええ、そうね。」
「それで僕、これで5日連続で残業ですよ…。」
「でも残業代は支払われてるじゃない。」
「でもね…。
そうだ!僕も『貯時間』サービス使いたいです!」
「何言ってるの!『貯時間』サービスは社外専用!」
【スキマ時間でも何でも、時間は自分で作って、自分で有効に使うしかないのよ!】 (終)
「貯金」ならぬ「貯時間」 水谷一志 @baker_km
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます