第6話 人柱
「擬制同化の進行速度が余りに遅い。我々の同化を阻んでいるのか? クリフォライトに汚染された魂の抵抗とは、なんとも愚かしい。見過ごしてはおけない!」
偽りの律業者に従う数十人の教団騎士達が、一斉に行動を開始する。
「女だ! 彼女からは悪しきルーラハを感じる! グランドマルクティアの意志を阻害する悪業の主に違いない!」
柱の力を抑えている者を特定し、レムに狙いを定めた司教。ヨスガは迫る騎士からレムを守るため、身を挺して盾となる。
全身で受け止めた儀礼剣の刃を両腕で掴むと、そのまま意識を集中させた。
原型鋳造――加工された業欣は、完全な形には戻らない。
腹部の傷を覆うため、男がやってみせたことと同じ要領だ。儀礼剣をリキャストルして、加工された半端な状態へ戻す。
手を覆うように熔けた儀礼剣は一瞬で固まり、騎士の腕を拘束した。ガイアナークの刺客は一瞬の超高熱にうずくまり行動不能になる。
しかしその間も、残りの騎士達はレムを儀礼剣で貫き破壊し続けている。
駆け寄ろうとするヨスガだったが、その行動は直前で止められた。
「鉱物で造られた躯体です……。気に病む必要はない」
教団騎士の剣により、何度も身体を刺し貫かれていくレム。
惨たらしく与えられる暴力に耐えながら、強い意志の宿った瞳を向けている。
「優先するべき相手は、偽りの律業者なのです」
レムに言われ、業光の先に霞む司教を見据えるヨスガ。その両足の踵に、レムと同様の鎧が造り出された。
「王国の残骸――スプレーム・ブラスト。内包するルーラハを放出すれば、ヨスガさんの躰を押し上げてくれます」
一刻も早く、擬制の柱による現象を止めなければならない。
柱を破壊すればレムも自由に行動することが出来る。
「その鎧を、あるべき形へ。解き放たれた力を使い、偽りの律業者の元へ向かってください。その後は、キャストールに出来ることを……」
「……ありがとう、レム」
心からの感謝を口にして、ヨスガは玉座の彫刻に向かって走り出す。再び意識を集中させ、踵の鎧に原型鋳造を行った。
弾けたルーラハのエネルギーを利用し、業光の障壁と白光を抜け、偽りの律業者となった司教と目線が合う。
「同化を受け入れず、なおかつ我々の使命を阻もうとする。愚かな魂に相応しき愚行だ!」
直前にヨスガが飛び超えた、膜のように漂っていた白光。偽りの律業者はそれを操り数本の柱を発生させると、ヨスガに聖煉された業光を直撃させる。
偽りし王冠の業
「擬制の柱――終血惨刺!」
柱の頂きに転げ落ちたヨスガは、鍍金が剥がされたことによる修復の硝煙と微かな光の揺らめきを纏いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「――っ、我々を受け入れることが、ニルヴァースに生きる者への救いとなる! ここで血を流さなければ、いずれ世界は破滅を迎えてしまうんだ! 救済は犠牲なしに成し得ないと分からないのですか!?」
「もしかしたら……あなたの言っていることは、正しいのかもしれない。けどあなたはイェフナと同じ力を使って、たくさんの人達を傷つけた」
巫女の役割を担うイェフナを見てきたヨスガにとって、その責任の重さは他の誰よりも理解している。
だからこそ――
「ボクは、それが許せないんだ」
ミトロスニアとなり、大勢の人々を巻き込んだ司教の暴走を看過することが出来ない。
偽りし王冠――その業を幼い頃に受け継いだイェフナは、その時から律業の巫女としてみなされてきた。
大地を救い、フォルフヨーゼに繁栄をもたらしたゴウレムの契約者。
律業の巫女はあらゆる物事の象徴だ。
些細な幸運と不幸。フォルフヨーゼの繁栄と衰退の原因に至るまで。
全て律業の巫女の名においてイェフナのおかげになり、イェフナのせいにもなる。
この国のあらゆる責任を負わされる人柱、それがイェフナだった。
様々な重荷を、イェフナは幼い頃から一人で背負い続けてきた。
それを受け継ぐ覚悟が、我々と呼称する司教にあるとも思えない。
「もう止めてください……。その業は、あなたには背負えません」
「わ、我々を憐れむだとっ!? 業に塗れた魂が――!」
司教は業欣を表紙にした経典を鈍器として扱い、振り下ろした。
難なく手で受け止めたヨスガは、鍍金の躰になった原因を思い返す。
「ルーラハを使って、形造る……」
グランドマルクティアの修復を行った時の集中力。この局面で原型鋳造を失敗できない。
小さくても、聖煉な光が躰に揺らめく今の状態なら、成功させられるはずだ。
「これは、馬鹿な……新生ガイアナークの経典が!」
「――出来た」
経典の表紙に使われていた天然の業欣は、一瞬のうちに本来の形へ鋳造される――
はずだったのだが、造り出された鋳物は特徴的な見た目をしていた。
ヨスガ自身の趣向が反映されてしまったのか、半分は成功という未熟な結果となる。
「せ、聖煉な経典が……奇妙で不気味な人形に、呪具の類に鋳造されただと!」
「くそっ……!」
悔しさを覚えつつも、目的は果たすことが出来ただろう。
大きな破砕音が聞こえ柱に目をやると、巨大な建造物の全体に大きな亀裂が入り、そのまま轟音を立てて瓦解していく。
「擬制の柱が……」
独特な見た目の鋳物を手に持ったまま、表紙が消えた経典の中身だけを落とし、司教はふらふらと後退する。
これまでの覇気が嘘のように、その表情は動揺していた。
「我々が、受け入れられない……ど、どうすれば……。このままでは、誰も救えない。グランドマルクティアの、巫女の願いが果たされない……」
「……どんな形でも、あなたが世界を救いたい気持ちだけは分かりました。だけど、この方法は間違ってます。少なくとも、ここに集まった人達とグランドマルクティアは望んでない」
「は、ははは……その魂、今気がついた。どこか、彼に似ている。人々のために大地の嘆きを訴えた、あの青年に……」
「――その人は……」
「分かっている。だから我わ――私――は、この力を手に入れた。あの人に選ばれた……それなのに、こんな……志半ばで、膝をつくわけには――いかないのよ――」
司教が修道服の懐から取り出したのは、イェフナが所有していた律業の楔。
「この肉体を聖煉すれば、我々も世界の柵から解き放たれるはずだ! 聖煉な存在となれば――私――の、新生ガイアナークの思想が正しいと証明され……――」
言葉を言い終える前、肉が弾けた音と共に、青い光線が刺突剣を掴む司教の腕を撃ち落とした。
「思わず聞き入っちゃったよ」
状況が掴めないことによる、一瞬の静寂。
静寂を破ったのは、大袈裟に鳴らされる乾いた拍手の音だった。
突如前触れもなく、初めからその場にいたかのように姿を現した男が、ヨスガの隣に立っていた。
「おたくの寒ーい話にさ……」
その男には見覚えがある。フォルネリウスと共に降誕祭の場にいた一人。
ぼさぼさの髪にゆるめのシャツ、左目に火傷痕がある男。業光を操る事が出来る、律業の系譜の一人だ。
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