第3話 ある男の業 Ⅲ
式典の始まりを待っていると、地響きが会場一帯に広がっていった。
巨大なゴウレム像の足元から出現する多数の円柱が、大地の守護神を囲むようにそそり建ち、各々の頂きには人影が見える。
造り出された十一の柱に立つ、火傷痕が特徴的な男女。
巨像の眼前に存在する一柱の頂きには、二人の人物が悠然と立っていた。
一人は律業の系譜と呼ばれる者。
そしてもう一人はフォルフヨーゼの統治者であり、絶対的な権力者――フォルネリウス・フォルフヨーゼ王だ。
「ルーラハにより成熟した禍実が実る頃。聖煉者が大地の巨神を慰める」
見た目が植物のようにも見える、不思議な鉱物の柱。その一つに立つフォルネリウス王が、高らかに声を張った。
会場に建造されている反響板を伝わり、その声はガーデン中に木霊していく。
「第1罪徒、擬制のミトロスニアよ。律業の始祖、仮初の巫女となりて、ルーラハを昇華せよ」
フォルネリウス王がイェフナに命じる。
ミトロスニア、それは律業の系譜としてのイェフナの呼称であり、背負う業の名称でもある。
イェフナの立つ柱に実った二つの禍実。それらを手に取ると、禍実に一瞬白い光が揺らめいた。
一呼吸置いた後、イェフナは禍実に齧りつく。
「さぁ、律業の系譜達。汝らの実を口にしろ、グランドマルクティアへ贄を奉げるのだ!」
各柱に生えた、それぞれの禍実。
灰色、黒、青、赤、黄金、緑、橙、紫。
律業の系譜と呼ばれた者達が手に取った禍実から、色とりどりの光が揺らめく。
イェフナと同様に系譜達は禍実を貪っていった。
それぞれの火傷痕が発光し、中央の巨像に鮮やかな色彩が宿る。
無機質だったゴウレムの巨躯を、律業の系譜達は虹色の光で染め上げていく。
「いいぞ、生命の息吹が満ちていく」
フォルフヨーゼの王が先導し、律業の系譜が禍実に含まれる高濃度の業光を大地の守護神へと注ぐ。
これが一年に一度行われている降誕祭の全容だ。遥か昔から、長年に渡って繰り返されてきた伝統の儀式。
それを目の当たりにする市民達は、全員が息をのんで一部始終を見守っていく。
その一連の光景を、男も群衆の中で眺めていた。
「あれ……?」
思わず漏れた小さな呟きが、静謐な空気を震わせる。
フォルネリウス王や律業の系譜達に聞こえてはいなかったが、周りの市民からは白い目を向けられた。
だがそんな視線を向けられていることなど、男は気にしない。
それほど男の意識は、目の前の不可思議な光景に囚われていたのだ。
グランドマルクティアと向かいあう形で浮遊する、人の姿をした正体不明のどす黒い光。
それが何なのか分からない。
だが確かなことは、その誰もが違和感を覚えるはずの光景に、広場にいる全員が気づいていないことだ。
どす黒い光の集合体が、大地の守護神に手を添える。
ゆっくりとグランドマルクティアに浸食していく謎の光。
鮮やかな色で満たされたゴウレムに融けて混ざり合い、汚れた染みを広げていく。
「ぁ…………あの……」
明らかな異常事態を伝えようと、男は口を開く。だがその声がフォルネリウスや律業の系譜達に届くことはなかった。
『――ゃ――メて――だ――――』
男には、苦痛に悶えるような声も聞こえてくる。その訴えを、他の人間は誰ひとり気付いていないのだろう。
もし聞こえているのなら、この異常を伝えようとするに決まっている。
だからこの場でそれを伝えられるのは、男にしか出来ないことだった。
「…………あのっ!」
ガーデンに響き渡った一声。反響粘土版に届いた音の振動により、今度は会場一帯に男の叫びが広がった。
フォルネリウス王や律業の系譜。広場に集まった大勢の人間が男に視線を向ける。
「こ……降誕祭は、中止してください!」
それがどれほど周囲の理解を得られない忠告か、男自身が一番分かっている。
だがそれでも、ありのままを伝えるしかない。
「ぐ、グランドマルクティアに黒い光が触ってて……。苦しそうな声も聞こえて……聞こえるから――」
一瞬静けさに包まれた会場に、微かな失笑と男を非難する声が聞こえ始める。
男は強烈な羞恥を覚えながらも、構わず目の前に広がる異常事態を説明していく。
「やめないと……きっと何か、悪いことが起きる!」
フォルネリウス達を見上げながら男は叫ぶ。
そこから見えるのは、顔を逸らして笑いを堪えている青年。無機質な人形のような少女の姿や、何故か妖しい瞳を向ける芳体の美女。
そして心配そうに男を見つめるイェフナの姿があった。
「だから、早く止めな――」
「それを決めるのは……」
フォルネリウスに寄り添っていた律業の系譜が男を見下ろして言う。
「我が主だ」
黄金の仮面で目元を覆い、白金の羽織に緋色の衣を纏った律業の系譜が続ける。
「その妄言が信じるに値するか、しないのか。全ては、主のご意思によって決定される」
「でも本当で、嘘なんかじゃない……信じてください!」
会話の間にも、ゴウレムへの浸食は進んでいく。頭に繰り返し響く、苦しみを訴える謎の声。
確信はないが、それはグランドマルクティアから聞こえてくるものだ。
男は切羽詰まった声色で、精一杯フォルフヨーゼの王に呼びかけた。
「即刻、口を閉じるがいい。神聖な儀式の邪魔だ」
男に見向きもせず、フォルネリウス王は淡々と言い放つ。
ゴウレムが放つ輝きと同様の光が、樹の根のようにガーデンの地面に広がっていく。
脈打つように胎動を始めた広場。集まった市民は歓喜の声を上げ、儀式の完遂を待ちわびた。
『――や――だ――いや――ィや――ヤ――だ――いヤ――』
その中でたった一人。男だけは言い様のない焦燥感に駆られている。
周りの歓声が聞こえなくなるほど、苦悶の声は男の中で木霊し続けていた。
「王様……フォルネリウス王!」
「――アレクセイ」
フォルネリウスの傍らに控える律業の系譜。アレクセイは小さな火種を消す様に短く息を吐いた。
婉美堕ちたる翼使の業
「
囁くように紡がれた言の葉を乗せ、黄金の旋風が天に昇った。
そうして闇夜の空から現れたのは、黄金の翼を持つ彫刻達だった。
命を持った無機質な彫刻達に、すぐさま拘束された男。
翼使の彫刻に取り押さえられながら、人の形を成すどす黒い光の顔を初めて目の当たりにする。
男女の判別がつかない中性的な顔つき。
濁った光を発する存在とは思えない、黄金の翼にも引けを取らない美しさに、男は息をのんだ。
振り返ったモノは薄い微笑みを男に向け、騒がしい子供を優しく諭すように、人差し指を口元に当てた。
「アレクセイ! あたしの家族だぞ! 今すぐ離さないと――」
「主のご意思だ、偽りし王冠。仮初の巫女による命令権では、王の勅命に釣り合わない」
巫女の力、聖煉を介して禍実の業光は捧げられた。残る工程は、フォルネリウス王が誓約を果たした対価を求めるだけ。
大地の守護神による生命の祝福が始まろうとしていた。
「――此処に降誕し、大地の神に呼応せよ。生命の
歓喜の声と喝采がフォルネリウスと守護神に浴びせられる。
『――――――――――――――――――』
同時に言葉と認識出来ない発狂音が男の脳で弾けた。
大勢の歓声が一転、悲鳴へと変わる。
広場の地面から現れた業光樹によって、男を含めた人間達が奈落へと落ちていった。
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