プロローグ

第1話 ある男の業

 肌を焼くような熱気に包まれた作業場。そこで一人、作業着の男が真剣な表情を浮かべている。


 超高熱で液状に溶かした金属を型に注いでいき、使い古された鉄箆で余分な液体を削り取っていく。


 集中して一連の鋳造作業を行っていく姿は神聖さすら感じられた。


 液状の金属を注がれた砂の型を、工房に置かれた特殊な冷却窯で急速に冷やす。


 年期のある室内に蒸気が立ちこめる中、男は窯から型を取りだした。


 行われているのは、特殊な金属を使った鋳造作業。


 それが男の生業だった。


 残る作業は中身を壊さないよう、丁寧に金槌を打ちつけていくだけだ。心なしか、男の口元は嬉しそうに緩んでいる。


 そして、優しく手を振りおろそうとした瞬間――


「やっぱり、ここにいたな」


 突然の来訪者に男の手元が狂った。


「うわ……」


 無情な破砕音と共に型から顔を覗かせたのは、ヒビの入った独特な見た目の人形だ。


「なぁ、もう支度しないと――」


 声をかけられた男は、感情の消えた目を来訪者に向ける。


 ニット帽を被り長いカーディガンをはおった同年代の少女。少女は男の視線を不思議そうに受け止めていた。


「どうした?」

「あ……いや、何でもない」


 ショックから我に返り、男は腰を上げた。


「それ、もしかして!? ご、ごめんな! あたしのせいで」


 来訪者が、たった今壊れた鋳物人形に気付く。


「ううん、また造り直すから気にしないで。それにこれは、予備だったから」


 罪悪感を抱かせない様に振る舞い、改めて用件を窺う。


「何かあったの、イェフナ?」

「今日は大事な日だから迎えに来た……忘れてない、よな?」


 男のたった一人の家族。イェフナは腕を組みながら答えた。


「うん、でもまだ朝だよ? 夕方の降誕祭まではまだ……」


 地下の工房から階段を上がり、煤で汚れた室内の窓を開ける男。


 既に日が昇り、そして暮れていることに初めて気づいたのだった。


 街の広場で行われる式典の時間が迫っていた事に男は気づく。


「ちなみに、いつから作業してたんだ……?」

「えぇっと、確か昨日の夜……くらいか? うん、まぁそれくらいだった」


「寝てないじゃん!」

「寝ずの作業は慣れてるから、大丈夫」


「そういう心配じゃないけど……。まったく、あんま無理するなよ?」


 イェフナは少し呆れたように、けれど優しげな瞳を作業着の男に向ける。


「――ほら、そろそろ出かける支度だ」


 会話を区切り、出かける準備を始める二人。男は独特な見た目をした鋳物人形を一つ布に包み、作業鞄にしまいこんだ。


 そして汚れた上着を作業台に置き、また違う作業着に着替える。 


 この工房から式典が行われる広場まで、今から向かえば十分に間に合う距離だ。


 窯の火を消し、専用の工具を片づけて身支度を整えると、そのまま二人で工房を後にした。


 フォルフヨーゼ。総人口が三億人を超える大国には、複数の栄えた都市が存在する。


 その都市一つ一つで共通の伝統は、様々な材料での鋳造と彫刻が盛んに行われていることだ。


 中でも降誕祭が行われる主要都市マルクティアは、記念碑を含めて数多くの芸術的な鋳物と彫刻品が造り出されている。


 フォルフヨーゼがここまで鋳造と彫刻に力を入れている理由。それは国に古くから伝わる伝承に関係していた。


 かつて荒れ果て、死の大地だったフォルフヨーゼを救った律業の巫女と大地の守護神、ゴウレムの伝説。


 生命の業光樹で大地に恵みを与えた律業の巫女、それを維持し続けたゴウレム。


 グランドマルクティア――


 いつからか、親しみを込めてそう呼ばれ始めていた守護神は、フォルフヨーゼに住む人々に慕われて愛されてきた。


 その偉業を果たした救世主達を後世に語り継ぐため、様々な方法でゴウレムを創造してきたのが伝統の始まりだ。


 平和な街の喧騒の中、男はイェフナと共に活気づく街並みを歩いていく。


 すると道中に飾られた複数の彫刻や鋳物に、人々が集まり賑わう様子が二人の視界に入ってきた。


「あんな風に認められる物、いつか造ってみたいな」


 精巧に造られた人型の銅像。それを眺める人々を見て、男は立ち止まる。


「なら修行! あたしとガチって修行しよ! イェフナ師匠がたっぷりしごいてあげるぞ!」


 目を輝かせたイェフナにグイグイと詰め寄られる。


「う、嬉しいけど……ボクはまず、今の仕事で一人前にならないとだ」


 男が行う鋳造法とは異なる特別な方法で、イェフナは仕事をこなしている。


 以前、一度だけ修行に付き合ってもらった際、あまりの才能の無さに多大な迷惑をかけてしまった事を男は思い出した。


 遠まわしに遠慮され、わずかに不満そうな顔になったイェフナ。だがすぐに顔色を戻すと、笑顔を浮かべる。


「まぁ、確かに。あの天才的な感性は磨くべきだな」


 男が頻繁に造る独特な造形の鋳物人形を、イェフナは思い出しているのだろう。


「ガチで奇抜な見た目。それを造れるのもすごいと思うぞ」

「そ、そうかな!?」


「……うんぁあ!」

「あ、本当は思ってないな」


 イェフナは嘘をつくのが苦手だ。


 男の心に亀裂が入った音が響く。無情な破砕音を聞いたのは二度目だった。

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