盲目の死神〜黒い触手は静かに喰らいたい
Deep
第1話 自分
この感覚はなんなのだろうか。まるで、浮かぶように、ゆっくりと、本当に少しずつ、自分というものを理解する。情報が流れ込む。
何かを動かそうとする。景色が急に変わった。だけど、先ほど見ていたものと少し似ている。もう一度、何かを動かす。すると、景色が元に戻った。
ここを動かすと、周りを見ることができる、そう理解する。
次に、別の場所を動かしてみる。目の前に、不思議なものが現れる。少し細いがゴツゴツしていて、先の方が一、二、三、四、五に分かれている。それ全体にぷくりと浮かび上がった、筋のようなものがある。
しばらく、その部分を動かしていると、分かれた部分まで動かすことができることが分かった。一番外側についているものから一本ずつ動かしてみる。もう少し複雑な動きもできそうだ。
それがもう一本、反対側にあることに気づいた。もう片方のそれも同じように動かせる。
何かを動かし、向きを変える。すると、それがついたものが見えた。一番近くに見える部分は一、二つに分かれて、少し盛り上がっている。その向こう側に見えるところは、一、二、三、四、五、六つに分かれている。
なぜ、これらはこんなに分かれているのだろうか?なんらかの用途があってこうなっているのは理解できるが、どのようにこれを使うのか、分からない。
しばらく考えて、考えて、もう少し、これを動かしてみようと決めた。まずは六つに分かれているところからだ。
動かそうと意識すると、何か不思議な感覚がして視点が軽く上がった。この感覚を強めていこうと意識すると、どんどん視点が上がってきて、認識することのできなかった、二本の何かを見つけた。
それも先の方が五つに分かれており、上の方にあるものと少し似ていた。
認識した、その二本の何かも、それぞれが動かせるということに気づいた。
そのような動作を繰り返して、繰り返す。なるほど……
自分が自分という一存在であることを理解する。直後、
完全に情報が頭に入ってくる。なぜ?
自分はなぜ、このような行動をしていたのだろう?
これは手、足、胴体、そして、頭。
なぜ?
忘れていたのだろう?
自分の存在を?
数え方も分かっていた、なのに何故?
自分という存在だけを忘れていたのだろう?
自問自答、答えは出ない。
自分は何者だ?
都合がいいのか悪いのか、なぜか隣に置いてある手紙。
なぜか分かってしまう。自分にとって、大事な存在が書いたものだと。
これを見れば何か分かるような気がする。気がするだけだ。漠然とした予感、それに身を任せ、手紙を手に取る。
紙は少し黄ばんでおり、少し汚れている。
周りを見渡してもそうだ。簡素な石造りの建物の中心に自分はいる。その石は所々が汚れており、何かがいる気配というものがない。不気味だ。生物が生活できるような環境ではない。
手紙の封を切る。紙が二枚、出てきた。
一枚目を見る。少ししか文字が書かれていない。
その部屋を出て、指示に従え
もう一つの紙は、終わってから見ろ
1枚目にこれが書いてあった。
自分は律儀にこのようなことを守る存在ではない。が、従わなければならない、と思った?いや違う。願いが、込められていることが分かった。だから、自分はこれに従おうと思う。
とりあえず、指示された通りに部屋を出ようと、立ち上がる。
部屋はさほど広くなく、自分の正面に扉が見えた。この扉だけ、木でできている。
ゆっくりと、調子を確かめるように、歩いて行く。扉を押す。パキリ、と音を立ててサラサラと崩れ去った。やはり劣化していたのか……建物の状態や、手紙の状態から予測していたが、流石に、こうも簡単に壊れてしまうとは、予想外だった。
扉がなくなって、見えたものは、石壁。前に進み、周りを確認する。左側にだけ道が見える。数メートル先に部屋が二つ、手前の部屋に向かって矢印が伸びている。
部屋に向かう、手で壁に触れながら。ポロポロと、石の破片が落ちてくる。不思議と、落ちた音はしない。少し、ヒンヤリとしている。
扉を開ける、崩れる。
恐らく全ての部屋が、と言っても三部屋しかないが、こういう風に、扉が崩れてしまうのだろう。もはや、驚きもしない。
部屋の中は先ほどまでいたところと同じで簡素。だが、中央に衣服かけが、鎮座していた。木製のそれは、扉とは違い、見た目からしっかりしているものだと分かる。
近くまでいく。足音は立たない。まるで幽霊のように、ユラリと進む。
紙が、一枚落ちていた。手に取って見る。
よかったら、この服は使ってくれ
せめてもの罪滅ぼしだ
何を言っているのか、自分には分からない。記憶が大幅に欠如しているようだ。
だが、そんなことはどうでもいい。今、自分は上裸なのだ。下も下着以外着ていない。
服を一つ一つ、取り出して行く。
黒のインナーを着込み、ピッタリと脚に合う、パンツをはく。二本のベルトを、斜めに巻き、とめる。鎖のついたコートを羽織り、鎖を留める。ブーツを履き、紐を結ぶ。
鏡などという高級品は、当然、ここには無い。自分の姿は、確認しようがない、が動きやすいので、これを着続けようと決めた。
使ってくれ、と言われたのだ。遠慮なく、使わせていただく。
ジャラリ、と鎖が音を立てる。歩き出すと、それは消えた。
なぜだろうか?自分が分からない。
またもや、壁に手をつけ、歩いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます