第638話 これからの事

――転移台によってヒトノ帝国とケモノ王国の出入りが自由となり、これで両国は今まで以上に関係を深めることが出来るようになった。これまでは薬草の輸入は一か月以上の月日を費やして旅を行い、王都から帝都にまで運ぶ必要があったが、転移台のお陰で定期的に安全に薬草を運び出す事が出来るようになった。


帝国との交易が再開した事により、両国の関係も改善された。更にケモノ王国には帝国から送り込まれた優秀な人材が入り、彼等のお陰で復興は大分進んだ。



「帝国から来た人達はよく働いてくれますよ。中には帝国に戻らず、このままケモノ王国に暮らしたいという人も意外と多いですね」

「そうか……なら、その人間達はレア君の能力で調べて貰い、本心から残りたいと考えている者だけを残そう」

「大丈夫です、事前に調査済みです。レアさんの解析の前では嘘はつけませんからね」



派遣された人材の中には帝国ではなく、このままケモノ王国に残って雇用して欲しいという物も意外と多かった。理由としては帝国は広大な領地を保有しているので人口も多く、それ故に優秀な人材が有り余るほどに存在したが、人が多すぎる故に埋もれていた人材も多かった。


このまま帝国に引き返すぐらいならば、自分達を重用してくれる王国に残りたいと考える者が出てきておかしくはなく、それらの人材はレアが解析の能力で調べて本心から告げている者だけを採用する。



「ですけど、やっぱり中には王国の内情を帝国に漏らそうとする人もいますね。そういう人は復興が終了次第、帝国へ送り返す予定です」

「なるほど、帝国もそれだけ王国を警戒しているという事か。それは喜ばしい事だ、帝国は王国を恐れている事に変わりはないからな」



帝国から派遣された人材の中にはやはり間者の役割を与えられた人間も存在し、それらの者には重要な仕事は与えず、早急に送り返す準備を行う。復興が終了後は適当な理由を付けて帝国へと引き返して貰い、本当に心からこの場所に残りたい者だけ残しておく予定だった。



「それと農作物に関してなんですけど、そろそろ収穫の時期なんですが問題が起きました」

「問題?何かあったのか?」

「いえ、農作物に何かあったというわけじゃありませんが……想定した以上に農作物の収穫量が多かったんです。森の民の協力で大地に栄養を与える方法も判明しましたし、それにサンが元の姿で地面に栄養を与えてくれましたからね」

「ああ、なるほど……そういう事か」



リリスの報告にリルは安堵するが、例年の農作物の収穫量の10倍近くの収穫に成功したらしい。来年はもっと収穫量が増えると思われ、その場合は問題となるのは帝国との取引だった。



「農作物が大量に収穫できるようになった以上は帝国から食料を分けてもらう必要性は薄まりました。今までは薬草を引きかえに食料の輸入を行っていましたが、今後は輸入量は減らす必要がありますね」

「ふむ……なら帝国には食料以外の物を要求する必要があるか。帝国としては我々の国の薬草を欲しているだろう」

「そこでなんですけど、今度からは帝国には食料の代わりに金銭を要求しましょう。今年は色々とあって国内の予算も残り少ないですし……」

「世知辛いな……まあ、帝国としても薬草の輸入を止められるのは困るだろう」



広大な領地を保有する帝国ではあるが、各国の中で最も薬草の栽培に適した土地を保有しているのはケモノ王国である。しかも森の民の協力で国内の薬草栽培は更に捗り、今まで以上の質と量の薬草を入手できるようになった。今までは帝国から食料を調達するためにケモノ王国は大量の薬草を渡していたが、食料問題が解決した今は堂々と金銭を要求できる。



「だが、いきなり帝国としても金銭を要求されれば反発される可能性もあるな」

「その時は薬草の輸入を止めると言い張ればいいんですよ。あっちだってアリシア皇女が誘拐された時、一時的に国境を封鎖しましたからね。だけど今は立場が違います、薬草を独占しているケモノ王国の方が有利ですからね」

「そうだな……ところで、レア君は今はどうしている?」

「ここの所はずっと働き詰めでしたからね、今は帝国の方で勇者の人たちと交流しているはずですよ」

「そうか……やはり、同郷の人間と一緒だと嬉しいか」

「そんな寂しそうな顔をしなくてもレアさんは戻ってきますよ」

「……そんなに寂しそうな顔をしていたのか?」



リリスの指摘にリルは自分の顔を押し当て、いつの間にかリルは自分の中でレアという存在がどれほど大きいのかを理解する。彼が帝国に戻るといい出したらどうしようという不安を誤魔化しきれず、表情に出ていたらしい。



「まあ、レアさんもここまで頑張りましたからね。今はゆっくりと羽を伸ばさせましょう」

「そうだな……」



ケモノ王国にてリリスとリルはレアが返ってくるのを気長に待つ事にしたが、同時刻の帝国の方では二人にとっては予想外の出来事が起きていた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る