第544話 銀狼隊を舐めるな

「シャアアッ!?」

「ちょ、落ち着きなさいっ……きゃあっ!?」

「よそ見する暇があるのか?」



顔面に水を浴びた飛竜は体勢を大きく崩し、飛竜の背中に乗っていたジョカは落ちないようにしがみつく。しかし、そんな彼女の耳元にリルの声が響くと、いつの間にか地上から跳躍したリルが迫っていた。


獣人族の身体能力の高さを生かし、彼女は飛竜が怯んでジョカの注意が反れた一瞬の間に迫ると、剣を振り下ろす。彼女の武器は巨塔の大迷宮で発見した「ムラマサ」を振り翳す。




――彼女が所有していたムラマサは火竜との戦闘の際に折れてしまったが、後々にレイナが文字変換の能力で修復を行い、完全復活を遂げる。妖刀を手にしたムラマサの一撃が飛竜の首を切断した。




「牙斬!!」

「ガァッ……!?」

「きゃああっ!?」



首を切り落とされた飛竜は地面へ向けて落下すると、背中に乗っていたジョカも巻き込まれる。その姿を見てチイも動き、彼女は地面に落ちたジョカに対して両手に持ったの刃を構えた。



「動くなっ!!」

「う、ぐぅっ……!?」

「どうやらレイナ君だけを警戒していたようだが、舐めて貰っては困るな。ここにいる僕達はの銀狼隊だ」

「銀狼隊……やはり、私を救ったのは貴方達だったのですね!?」

「ぎ、銀狼隊?」



リルの言葉にアリシアは自分の命を救ったという銀狼隊の正体がリル達である事を確信し、一方で瞬の方は何の話をしているのか訳が分からなかった。取り押さえられたジョカは首元に押し込まれた短剣の刃に顔色を変える。


勇者であるレイナとシュンだけを警戒していたのが彼女の最大の誤算であり、リル達が常人とは比べ物にならない実力者である事を彼女は見落としていた。勇者さえなんとかすればどうにでもなると考えていたジョカだったが、ここにいるリル達も相当な修羅場を潜り抜けた猛者である事は間違いない。



「形勢逆転だ。さあ、牙竜を下がらせろ……それともここで君を斬れば支配から解除されるのかな?」

「くっ……」

「言っておくが、下手な真似をすればこの場で首を斬るぞ。さあ、魔王軍の事を答えて貰おうか」

「ま、待ってくれ!!殺すのは絶対に駄目だ!!」



ジョカを取り押さえたリルとチイの言葉にシュンは驚いた表情を浮かべ、彼は二人を止めようとした。だが、そんな彼の言葉にリルは眉を顰める。



「殺すな?何を言ってるんだ、この女は私達を殺そうとしたんだぞ?」

「そっちこそ、何を言ってるんだ!!人殺しなんて駄目に決まってるだろう!?」



地球人である瞬は現代人の良識から人殺しに対して強い拒否感を抱く。確かに地球での常識で考えれば人殺しはまずいだろう。しかし、この世界の住民であるリルからすれば瞬の考えはあまりにも甘すぎた。



「この女を本当に殺すかどうかはまだ決めていない。だが、この女のせいで何人の罪もない人間が死んだと思っている?君たちも実際に殺されるところを見ていたんだろう?」

「そ、それは……でも、人を殺すのは駄目だ!!」

「それは君の世界の常識か?なら話にならないな、人を殺そうとするのならば殺される覚悟も抱いているはずだ。そうだろう、ジョカ?」

「…………」



リルの言葉にチイに取り押さえられたジョカは黙り、やがて目元を潤ませて怯えた表情を浮かべる。そんな彼女の反応に全員が意表を突かれ、ジョカは先ほどまでの態度はどうしたのかみっともなく泣きわめく。



「いやぁっ!!死にたくない、助けて!!お願い、命令されただけなの!!こんな事、本当はしたくなかったの!!」

「なっ!?この女……!!」

「や、止めろ!!彼女は怯えているじゃないか!!」

「何を言ってるんだ!?君は下がっていろ!!」



子供の様に泣き叫ぶジョカを見て瞬は黙っていられず、彼女に覆いかぶさるチイを退かそうとした。そんな瞬の行動にリルが間に入って止めようとするが、この時に全員の注目が二人に集まっていたのが災いした。


瞬とリルが言い争っている間、チイでさえも二人に気を取られてしまい、その一瞬の隙を逃さずにジョカは口元に笑みを浮かべると懐に隠していた短剣を取り出し、覆いかぶさっているチイの胸元に向けて突き刺す。



「甘いのよ!!」

「がはっ!?」

「チイ!?」

「なっ!?」



リルが振り返ると、チイの胸にジョカが突き出した短剣が突き刺さる光景が映し出され、彼女は後ろ向きに倒れようとするとジョカはすぐに立ち上がり、彼女を蹴飛ばす。その光景を目にしたリルは怒りの表情を浮かべ、ジョカを切り伏せようとした。



「やりなさい!!全員、殺せっ!!」

『シャアアアッ!!』



しかし、リルが動く前にジョカは3体の牙竜に指示を与え、全員を襲うように命じる。その結果、3体の牙竜が三方向から迫り、その対処のためにリルもレイナも動くしかなく、二人は剣を構える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る