第542話 帝都へ

「まあ、レイナ君の事は後で詳しく教えるよ……問題なのはこれからの事だ。牙竜がこの周辺一帯に流れ込んだという事は、捜索隊の兵士も迂闊には近づけないという事か」

「ええ、何度か私達も帝国兵の死体を発見しました。どうやら既に捜索隊は動いてるようですが、牙竜の妨害もあって私達はここから離れられないのです」

「ふむ、しかし君たちが生きている事は魔王軍にはまだ知られていないのか?」

「それは間違いないと思います。もしも生きている事が知られていたとしたら今日まで私達が生きていられるはずがありません。牙竜はともかく、あの恐ろしい雷龍からは逃れられませんから……」



アリシアの予想では魔王軍は自分と瞬が生き延びている事には気づいていないらしく、仮に既に知っていたとしても居場所までは特定できていないのは間違いなかった。


仮に魔王軍が二人が生きていた事を知っていればわざわざ生かす理由はなく、雷龍を呼び寄せて攻撃を行わせた時点で二人が死体も残さずに跡形もなく殺そうとした事からも、魔王軍が生きてい居た二人を野放しにする理由がない。むしろ二人が帝都に戻れば魔王軍の計画の妨げになる事を考えても生きて帰すはずがない。



「雷龍を操るという魔物使い……そして唐突に帝国領地に入り込ん牙竜の群れ、ただの偶然とは思えないな。もしかしたら牙竜を帝国領地へ誘導したのもその魔物使いかもしれない」

「そんな……どうしてそんな真似を?」

「考えられるとしたら君たち二人が生きているのを知り、牙竜に止めを刺すようにさせた。あるいは捜索隊と合流できないように保険として牙竜を呼び寄せて置いた、か?」

「でも、牙竜を帝国領地内に招きよせれば帝国軍も黙ってはいませんよね?それに魔王軍の目的がヒトノ帝国とケモノ王国との戦争を引き起こすためなら牙竜の存在は邪魔になるんじゃないですか?」

「それに話を聞く限りでは魔王軍は二人が死んだと思い込んでいる可能性もあります。その場合は牙竜を帝国領地へ誘導させる理由はないのでは?」

「ふむ……今の時点では魔王軍の動きが読めないな」



魔王軍がアリシアと勇者の瞬を利用してケモノ王国がヒトノ帝国に攻め寄せた様に偽装させ、戦を引き起こさせようとしているのは間違いない。だが、それならば牙路に生息していた牙竜をわざわざヒトノ帝国の領地内の誘導させる理由が分からない。


帝国にとっては牙竜の存在は害悪でしかなく、軍隊を派遣させる際に牙竜の存在は邪魔になるだろう。かつて帝国軍はケモノ王国へ攻め寄せようとした時に大軍を牙路に送り込んだ、結果は牙竜によって大勢の被害者を出してしまい、何の成果も得られぬままに帰還した過去もある。


わざわざ戦争の火種を作り出しておきながら、今度は戦争の妨げになる存在を帝国領地内に引き寄せた事に疑問が残り、全員が考え込むと、ここでクロミンが身体を震わせた。



「ぷるんっ!?ぷるるるんっ!!」

「うわっ!?きゅ、急に何だ!?」

「クロミン、どうしたの?」

「……っ!?まずい、皆建物の外に出て!!」

「ネコミン!?」



クロミンが唐突に身体を震わせ、ネコミンも髪の毛から獣耳を出すと彼女は珍しく大声を上げて建物の外へと出るように指示する。その二人の反応にすぐにリル達は行動を開始しようとするが、アリシアとシュンは戸惑う。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!!何が起きたんだ!?」

「いったい、どうしたというのです!?」

「いいから早く来るんだ!!」

「こっちだ!!」



戸惑う二人の腕をリルとレイナは掴むと、二人を引き寄せてレイナ達は外へ飛び出す。そして既にシロとクロは警戒態勢に入っており、全員が建物の外に出ると2匹は警告するように鳴き声を上げた。



「「ウォンッ!!」」

「シロ、クロ……何かが近づいてきているんだな?」

「……足音が聞こえる、それも人の足音じゃない」

「魔物か!?」

「まさか……」



レイナ達は互いに背を向け合う形で武器を引き抜くと、村のあちこちから崩壊音と煙が巻きあがり、やがて数匹の牙竜の群れが出現した。村の建物を破壊しながら牙竜たちはレイナ達を発見すると取り囲む。




――シャアアアアッ!!




合計で4体の牙竜がレイナ達を取り囲み、牙を剥き出しにして威嚇する。その様子を見てアリシアとシュンは顔色を青くさせ、リル達も緊張の表情を浮かべる。一方でレイナの方は腰のポーチに手を伸ばし、中からアスカロンを取り出す。


ポーチの中から明らかに収納できるはずがない長剣を引き抜いたレイナに瞬は驚いたが、今はそんな事を気にしている場合ではなく、彼は剣を構える。しかし、自分達を取り囲む4体の牙竜を前にして流石に身体が震えていた。



(くそ、こんな時に……守り切れるか!?)



瞬は自分以外の者が女性である事を思い出し、ここは自分の身を犠牲にしてでも彼女達を守ろうと前に出る。しかし、そんな瞬の頭の上にクロミンが飛び乗ると、牙竜たちに対して抗議するように鳴き声を上げる。

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