第467話 紅月の能力

「それにしてもハンゾウ、どうして呪詛を受けていたんだ?まさか、帰還の途中で死霊使いか呪術師にでも遭遇したのか!?」

「呪術師?」

「死霊使いとは異なる闇属性の魔法系統の魔術師だ。死霊使いは名前の通りに死霊を操るが、こちらの呪術師の場合は他者に対して呪いの類の魔法を得意とする」



初めて聞く単語の称号にレイナは疑問を口にすると、チイが説明する。どちらも闇属性の系統の魔法を得意とするらしいが、ハンゾウは自分に呪詛を与えた相手はそのどちらでもない事を告げる。



「拙者の左手に呪詛を刻んだ相手は……ツルギでござる。奴の持つ魔剣「紅月」で斬られた時、傷口が呪詛で侵されたのは間違いないでござる」

「魔剣……だと!?」

「正確に言えば妖刀といった方が正しいでござる。紅月は元々拙者が生まれた国で作り出された妖刀……名前は知っていたでござるが、具体的な能力までは拙者も知らなったせいで、ここまでの事態に陥ったでござる」



ハンゾウは自分が呪詛を受けたのはツルギによって与えられた傷が原因だと語り、彼女は屋敷を抜け出した後の出来事を思い返す。






――ガームの屋敷を抜け出した後、ハンゾウはすぐに安全な場所に身を隠して傷口を塞ぎ、報告書を記して伝書鳩を放つ。傷の治療よりも先に報告書に専念したのは追跡者が現れた場合を想定し、先に報告書を王都へ送り届けるためだった。


伝書鳩を送った後はハンゾウは傷口の治療を行おうとしたが、ここで予想外の事に彼女の手持ちの回復薬では傷口が塞がらない事が発覚する。最初は毒の類でも仕込まれていたのかと思ったハンゾウは解毒薬も試したが、全く効果はなく、しかも止血しても傷口から血が流れて止まる様子がない。


危機感を抱いたハンゾウは自分が出血多量で死ぬ前に傷口を塞ぐため、火を焚いて傷口を火傷で塞ぐしか方法はなかった。結果から言えばこれが功を奏し、相当な苦痛を味わったが、彼女は傷口を塞ぐ事に成功し、その後は貧血でしばらくは碌に動けなかったという。


どうにか意識を取り戻したハンゾウは数日ほどガームの領地に留まり、軍隊の様子を伺う。そして軍隊が動き出す前に彼女は王都へと向かい、その途中で高原にて陣を構える王都の守備軍を発見して合流を果たす。




「拙者もここまでの道中で体力を使い果たし、正直に言って王都に戻るだけの力は残ってなかったでござる。そういう意味ではここで皆と合流できたのは運が良かったでござる」

「なるほど、そういう事だったのか……ハンゾウ、任務御苦労だった。君の持ち帰った情報は無駄にはしない」

「ははっ!!」



リルの言葉にハンゾウは膝を付き、そして現在の北方軍の正確な位置を教える。彼女は逃走の最中も北方軍の配置を確認し、ここまで逃げてきたという。



「北方軍はここから北に数十キロの場所に滞在しているでござる。恐らくは明日辺りにはこの場所に辿り着くと思われるでござる」

「明日!?我々の予想では少なくともあと2日はかかると思ったが……」

「それにこちらの地形は伏兵には向いていないので北方軍が辿り着いた場合、戦闘となると圧倒的に北方軍が有利でござる」

「そうか……」



北方軍はケモノ王国の最強の精鋭であり、しかも元大将軍のガームが大将を務めている。一方で王都の守備軍は兵数は北方軍の半分、さらに言えば兵の質は北方軍よりも下回っていた。このまま無策で戦えば北方軍が勝利する事は間違いなく、このままでは守備軍が追いつめられてしまう。


このような事態ならば王都に籠城した方が有利だと思われるが、生憎と現在の王都には大量の兵士と民衆を食わせるだけの食料がない。現在のケモノ王国は薬草だけではなく、食料関連に関しても問題があり、だからこそリルは籠城ではなく野外に出向いて戦う事を決めた。



「ふむ……北方軍の兵糧はどの程度存在する?」

「兵糧の方も数か月分は用意してある様子でござる」

「何!?それだけの兵糧をどうやって確保した!?北方領地も我々と同じで食料不足の問題に陥っていたはずだろう?」

「それが……どうやらガーム将軍は常日頃から食料を備蓄し、万が一の事態に備えて保存していたようでござる。だからガーム将軍の領地には少なくとも全ての兵士が半年近く養えるだけの食料があると思われるでござる」



ハンゾウの言葉にリル達は衝撃を受けた表情を浮かべ、現在の守備軍の食料はせいぜいが一か月分しか存在しない。各領地に一応は兵糧の調達を命じているが、それでも圧倒的な兵糧の差にリル達は戦慄する。


これでは持久戦に持ち込んで相手の食料が失われるまでの間は耐え抜くという戦法も扱えず、このままでは短期決戦に持ち込むしかない。しかし、相手は10万の精鋭と将軍歴が長く、古の猛者であるガームが相手と考えると正攻法では勝ち目は薄い。

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