第180話 リルの策

「陛下に約束した以上、男の姿の君を連れてこなければならない。だが、それをギャンが黙っているとは思えないな」

「ではリル様はギャンはどう動くとお考えですか?」

「恐らく、闇討ちを仕掛けて君たち3人が戻ってこれないようにするんだろう」

「ギャンが、私達を殺す?」



リルの言葉にレイナ達は驚くが、ギャンの立場を考えればその手を打つだろうとリルは確信していた。



「ギャンはケマイヌと警備隊長を殺した……恐らく、二人を放置すれば不利になると判断したんだろう」

「でも、どうしてギャンという人は急に現れたんですか?まるで俺達が来ることを事前に知っていたような……」

「私達が連れて来た兵士達の中に内通者が居たのだろう。それで事前に私達が戻ってくる事を察知して、ケマイヌが捕まった事を知った。そう考えるのが妥当だろう」



リルの予想ではケマイヌの配下の中にはギャンと繋がった人間も存在し、万が一の場合を想定して兵士の中に彼は部下を紛れ込ませていたのだろう。それでリルが戻って来た事もケマイヌが捕まった事も知り、病気と称して療養中だったにも関わらずに城に乗り込んだ。


ケマイヌと警備隊長の殺害に関してはギャンにとっても強硬策であった事は間違いなく、実際に上手く誤魔化してはいるが国王もギャンに対して疑問を抱いている。今までに絶対の信頼を置いていた相手だとしても、今回の出来事はあまりにも不自然に思えたのだろう。



「ギャンは私がガオに対して何等かの処罰を望む事を予測し、無理やりにでも屁理屈を通そうとした。兵士達にわざと黒狼騎士団の装備を与えず、まがい物のような装備をさせていたのもギャンの考えだろう。あの弟がここまで姑息な手を思いつくとは考えられないからな」

「では最初から私達はあの男の手のひらで踊らされていたのですか?」



リルの言葉を聞いてチイは驚き、今回の出来事がギャンの罠であったという事に動揺する。しかし、リルの考えではギャンとしても今回の作戦はただの保険でしかなく、リルの突然の帰還は彼にとっても予想外の出来事だと確信していた。



「私達が本当に勇者を連れて来た事に関してはギャンも予想さえしていないだろう。勇者という存在はどんな時代でも大きな存在だ、だから勇者を連れ帰って来た私は大きな手柄を上げたといえる。そして今回の件でギャンも国王との信頼に僅かではあるが亀裂が入った……今が好機だ」

「リル、何か思いついた?」

「ああ、今がギャンの奴を失脚させる最大の好機だ。この好機を逃すわけにはいかない」



今までガオ王子の後ろ盾として自分に圧力をかけてきたギャンだが、今回の出来事はリルにとっても好機だと判断し、彼を追い落とす策を考える。そして彼女はレイナに視線を向け、ある事に気付く。



「……そういえばレイナ君は男の子に戻っても女顔だったな」

「え?急に何の話しですか?」

「リル様、こんな時にふざけるのは……」

「いや、真面目な話をしているんだ。待てよ、もしかしたら……うん、意外と上手く行くかもしれない」

「あの、何の話を……?」



リルは自分の頭に思いついた「奇策」に衝撃を受けた表情を浮かべ、我ながらとんでもない作戦だとは思うが、成功確率は高い。これが上手く行けばギャンを追い落とせるだけではなく、もしかしたら最大の味方が得られる可能性があった。



「……レイナ君、君に頼みたい事がある」

「なんか、嫌な予感がしてきたんですけど……」



妙にうきうきとした表情を浮かべて話しかけてきたリルに対し、レイナは嫌な予感を覚えたのだが、まずは話を聞く事にした――






――それからしばらく経過すると、リルから「奇策」を聞いた3人は王城を抜け出す。この際にレイナ達は同行人は付けず、3人だけで王都の外へ向かう。移動の際は馬車から解放したシロとクロに乗り込み、早急に王都の城門へ向かう。



「……二人とも気を付けて、尾行されている」

「早速か……ギャンめ、私達を始末する気じゃないだろうな」

「リルさんの考えだと、勇者がいる限りは大丈夫だと言ってましたけど……」

「「ウォンッ?」」



ネコミンが鼻を鳴らして後方を振り返ると、屋根の上を移動して尾行する人影が見えた。獣人族の身体能力の高さを生かし、屋根の上を飛び越えて尾行を行い、一定の距離で様子を伺う。


今の所は街中で襲うのはリスクが高いと思っているのか近づいてくる様子はないが、万が一の場合を考えてレイナ達は警戒は怠らない。ちなみにクロミンとサンは外で待機させており、迎えに行くまでは大人しく待機しているように告げていた。



「チイ、どうする?撒く?」

「いや、どうせ私達が外へ出向くのは知っているんだ。それにリル様は王都の外に勇者を待機させていると発言した以上、どちらにしろ外へ出向かなければならない。ここは無視していくぞ。だが、いざという時は戦う覚悟はしておけ」

「戦う……」

「大丈夫、レイナ。私達が守る」



戦う覚悟と言われてレイナは先日の盗賊の件を思い出し、身体が無意識に震えてしまう。そんなレイナを安心させるようにネコミンがレイナの肩に触れて頷く。そんな彼女の優しさにレイナは苦笑いを浮かべる。

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