第156話 牙山

――ケモノ王国に存在する「牙山」標高は1000メートルを超え、劣悪な環境でも適応できるはずのゴブリンさえも近付かない環境の厳しさを誇る。植物は一切存在せず、牙山に近付くような獣人は滅多に存在しない。


リルの予想通り、この岩山付近は弟のガオも自分が率いる騎士団や兵士を伏せている様子はなく、何事もなくレイナ達は牙山の麓まで辿り着く事が出来た。ここから先は慎重に進まなければならず、足元に気を付けてレイナ達は崖道を移動する。



「気を付けてくれ、ここは地上から300メートルはあるはずだ……落ちたら間違いなく死ぬと思った方が良い」

「は、はい……あの、本当にこんな道を通らないといけないんですか?」

「おい、落ちないようにしっかりと岩壁から手を離すな!!壁の凹凸をしっかりと掴んで進め」

「んしょ、んしょっ……下を見ないで進んだ方が良い」

「ぷるるんっ……」



レイナ達は人一人が通れる程度しか存在しない道幅の崖道を移動し、万が一に足を滑らせて崖から落ちれば命はない。レイナは「握力」の技能を最大限に利用して岩壁の凹凸をしっかりと掴みながら山を登る。


この崖道以外に上に続く道は存在せず、しかも標高が400メートルに達するとこの崖道さえも途切れてしまう。そこから先はロッククライミングで岩山を超えるしかなく、体力と気力を出来る限り温存しなければならない。



「雨が降っていないのが幸いしたな。もしも岩壁が濡れていたら流石の私達でもこの岩山を乗り越えるのは不可能だっただろう」

「あの……俺、ロッククライミングなんてやった事ないんですけど」

「そのろっく何とかというのは聞いた事ないが、言いたい事は察するぞ……リル様、本当にレイナにこの岩山を登らせるのですか?」

「大丈夫さ、レイナ君ならきっとやり遂げる」

「ええっ……」

「レイナ、頑張って……ちなみに私は魔爪術を使うからこれぐらいの壁は問題ない」

「あ、ずるい!?」



スラミンを頭に乗せたネコミンはちゃっかりと魔爪術を発動させ、両手に獣の爪の様な形をした魔力を構成し、岩壁に爪を奥深くめり込ませて身体を安定させていた。一方で彼女以外の3人は握力だけでしっかりと岩壁の凹凸を掴み、何の道具も無しに先に進むしかない。


地球のロッククライミングは登山用の道具を使用するが、この世界の獣人は地球の人間よりも身体能力が高く、何の道具も無しに崖を登る事は出来る。それでもわざわざ危険を犯して岩山を乗り越えようとする輩など滅多におらず、牙山に近付く獣人は少ないが。



「むっ……どうやら道はここまでのようだな。よし、ここから先は壁を登って進むぞ」

「あの……誰かが上まで移動してロープを下ろした方が安全じゃないですか?」

「それは無理だな、そこまで長いロープを我々は持っていない。さあ、泣き言を言わずに進もうか」

「えええっ……」

「諦めろレイナ、ここは頑張るしかないんだ……」



レイナはあまりロッククライミングの知識はないが、標高が1000メートルも存在する岩山を素人が登るなど不可能に思えるが、人間よりも身体能力が高い獣人族であるリル達にとっては岩山だろうとそれほど苦難な場所ではないのだろう。


そもそも冷静に考えれば頂上までわざわざ移動する必要はなく、人が通れる場所まで移動すればいいだけなのでレイナも頑張って3人の後に続く。人間であるレイナには一番負担が大きい道のりだが、レイナもこれまでに複数の技能を習得し、レベルも30を迎えている。それにいざという時は解析と文字変換の能力を駆使すればどうにか出来ると信じてレイナは登ろうとした時、ある疑問を抱く。



「……あの一つ聞きたい事があるんですけど、この向かい側の方はどうなってるんですか?」

「ん?ああ、ここと同じように途中までは崖道があるよ。そちらの方は標高500まで続いているはずだ」

「じゃあ、この向かい側にも崖道が存在するんですよね?」

「まあ、そうなるが……何か気になるのか?」

「いや、そもそもこの道はどうやって出来たのかなって……誰かが作り出したのなら普通は反対側まで繋がってるんじゃないですか?」



わざわざ山を越えるのならば断崖絶壁を登るのではなく、回り込むように道を作られいてもおかしくはないのだが、リルによるとサンドワームが住み着いた事が原因で牙山に存在する道の大部分が崩れ去ったという。



「この牙山は大昔は鉱山だった、だから人が通れる道も存在したよ。しかし、サンドワームが住み着く様になって誰も寄りつかず、サンドワームが岩壁や道を荒らしたせいで現在は中途半端に道が途絶えてしまったんだ。だから回り込むように移動する場合は崖を移動しなければならない」

「それぐらいならば崖を乗り越えて人が通れる場所まで辿り着く方が高い。この場所から200メートルほど登ると向かい側まで通じる崖道がまだ残っている。そこまでの辛抱だ」

「うへぇっ……」



説明を受けたレイナはここから崖を登るしかない事を悟り、回り込むにしても登りなれない崖を横渡りで移動するより、崖を登り切って安全な場所を通って向かい側まで下りた方が安全かもしれない。



(けど、やっぱりきついな……少しでも指の力を緩めれば命を落とすかもしれない。あ~あ、トンネルでもあったらな……ん?)



崖を登ろうとしたレイナの手が止まり、先に登り始めようとしたリルが不思議に思って尋ねる。



「どうかしたのかい?」

「いや、気になるというか試したい事があるというか……ちょっと待ってください。えっと、これでいいかな?よし、解析!!」

「……フォーク?」



レイナは岩壁に視線を向け、自分の考えた方法が試す事が出来るのかを考える。鞄の中に手を伸ばしたレイナは「フォーク」を一つ取り出すと、解析の能力を発動させて詳細画面を開く。



「おい、何をする気だレイナ?」

「フォークをどうするの?」

「ぷるるんっ?」

「いや……ちょっと、試したい事があって」

「また何か思いついたのかい?」



詳細画面を確認しながらレイナはフォークを岩壁に向けて近づけ、そのまま勢いを込めて突き刺す。技能の「剛力」のお陰かレイナはフォークを壁に突き刺す事に成功すると、画面に表示されている名前の項目を別の四文字の名前へ変更した。



(上手くいくと良いけど……)



文字変換の能力を発動させ、画面上の名前を変更した瞬間、フォークが光り輝く。やがて岩壁に吸い込まれるように消え去り、直後に岩壁に異変が生じた。

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